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第2章:電車に揺れる予感 ④

「自宅待機、か……」


健太がスマホの画面を眺めながら呟く。顔には安堵の色がある一方で、どこか浮かない表情も浮かんでいた。

陽葵もほっとした様子ではあるが、まだ不安げにぼくの袖を掴んだままだ。


「でも、どうするの?この電車、いつ動くか分からないんでしょ?このままここにいたら、いつまでも家に帰れないよ」


陽葵の声には、焦りが少し残っていた。野崎先生の指示は出たものの、この場所で待機し続けるわけにはいかない。窓の外を見ると、線路の途中で、次の駅まではかなり距離がありそうだ。


「そうだな……」


ぼくは車内を見回す。多くの乗客が諦めてスマホをいじったり、文庫本を読んだりしている。しかし、誰もがこの状況に苛立ちを感じているのは明白だった。


(どこか、電波が安定して繋がる場所まで行かないと)


再びアナウンスが流れた。


「大変恐縮ではございますが、安全確認に相当な時間を要するため、一部のドアを開放し、お客様を最寄り駅までご案内する準備を進めております。係員の指示に従い、順次降車していただきますよう、お願いいたします」


一部のドアを開放し、最寄り駅まで案内——。そのアナウンスに車内はざわめく。

健太が「マジかよ!」と声を上げる。陽葵もぼくを見つめ、戸惑いが隠せない。


「降車、だって……」


陽葵の瞳が揺れる。線路上を歩くなんて、想像もしていなかった。


「よっしゃ!これで学校にも連絡できるし、家にも帰れる!」


健太は興奮気味だ。先ほどまでの苛立ちや焦りは消え、まるで冒険に出かける少年のようだ。


陽葵は、健太の様子を複雑そうに見つめる。


「でも、危なくないの?線路の上歩くなんて……」


「大丈夫だって!係員の人が誘導してくれるんだろ?それに、早くこの電車から出たかったんだよ!」


健太は、ぼくたちのいるドア付近から、すでに降車準備を始めている人たちのほうへ視線を向けた。


やがて、ぼくたちの車両のドアも係員によって開放された。ひんやりとした朝の空気が車内に流れ込む。簡易ステップが設置され、線路への降車が始まる。


「お客様、足元にお気をつけください。係員の指示に従い、ゆっくり降りてください」


乗客が一人、また一人と線路へ降りていく。ぼくたちの番が来た。


「春斗、行こう」


陽葵が腕を握る。その手はまだ少し震えている。ぼくはそっと握り返した。


「うん」


ぼくたちは健太に続き、ステップを降りて線路へ足を踏み入れる。

足元にはバラストと呼ばれる砕石が敷かれ、不安定で歩きにくい。陽葵は何度かよろめいたが、ぼくが手を握って支える。


「陽葵、大丈夫か?」


「うん…ごめん、春斗」


陽葵は申し訳なさそうだが、少し安心しているように見えた。健太は前をスタスタと楽しそうに歩く。


「陽葵、俺が支えてやるよ!」


健太が手を差し伸べる。陽葵は一瞬手を見て、ぼくを見つめ、小さく首を横に振った。


「大丈夫。春斗がいるから」


陽葵の言葉に、健太は差し伸べた手を引っ込め、少し寂しそうな表情をした。しかしすぐに気を取り直し、前を向いて歩き出す。


(健太は、優しいな)


ぼくは不器用な彼の優しさを、改めて感じる。陽葵のことを常に気にかけながら、無理に表に出さずにいる。


線路脇を歩くこと約十分。ようやく次の駅のホームが見えてきた。駅員や警察官が降車した乗客を誘導している。構内に入ると、人々は一斉にスマホを取り出し、連絡を始めた。電波はしっかり繋がっている。


「よっしゃ!電波繋がった!」


健太が歓声を上げ、陽葵もほっとしてスマホを取り出す。


「私も、お母さんと野崎先生に連絡しなきゃ……」


陽葵がメッセージを打ち、ぼくも母と野崎先生に状況を報告する。すぐに母から「大丈夫!?無理しないでね」、陽葵の母さんからも「陽葵ちゃん、春斗くんも、ゆっくり休んでね」という返信が届く。


「先生にも連絡したわ。自宅待機で大丈夫だって」


陽葵は安堵の表情で告げ、健太も「おれも連絡した!今日は一日オフだぜ、ラッキー!」と浮かれた様子だ。


(一日オフ、か)


突然訪れた予期せぬ休日。このハプニングは、ぼくたちの日常に、思いがけない「空白の時間」をもたらした。


駅のホームには、この駅から乗車しようとしていた生徒たちが、困惑した表情で立ち尽くしている。彼らにとって、この電車遅延はこれから始まる一日を大きく変えることになるだろう。ぼくたちの日常は、まだ知らない波紋を広げ始めたばかりだった。

これで2章が終わって3章に入ります。

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