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第2章:電車に揺れる予感 ③

動かない電車の中で、時間だけがいたずらに過ぎていく。

車内の空気は、徐々に重苦しさを増していた。乗客たちは諦め顔で座り込んだり、スマホを眺めたりしているが、誰もが落ち着かない様子だ。


「はぁ……もうこうなったら、開き直るしかねぇな」


健太が大きくため息をつく。その言葉に、陽葵がハッと顔を上げた。


「健太、何言ってるの!?開き直るって、じゃあ学校どうするのよ!」


「どうするって言ったって、どうしようもねぇだろ。このままここで突っ立ってても仕方ねぇし……いっそ、降りて歩くか?」


健太の言葉に、陽葵は目を丸くする。ぼくも、思わず息を呑んだ。ここは駅と駅の間。線路脇には柵が続き、歩けるような場所ではない。


「ばっかじゃないの!?そんなことできるわけないでしょ!危ないし、どこに行くのよ!」


陽葵が健太に食ってかかる。健太は、少しだけたじろいだ。


「でも、このままだとほんとに遅刻どころじゃねぇぞ。もし、次の駅まででも歩けるなら、そこからバスとかタクシーとか……」


「無理だってば!あんた、本当に状況わかってる!?」


二人の口論が始まる。緊急停車という非日常が、普段のやり取りとは違う緊張感を生んでいた。


(健太は、きっと焦ってるんだ)


ぼくは二人を観察していた。健太は、陽葵に相手にされないことをどこかで諦めつつ、困っている彼女を前にして、行動せずにはいられない衝動に駆られているのだろう。不器用な優しさが、焦りという形で表れている。

陽葵は、頼りになるはずの健太が無謀なことを言い出したことに、苛立ちを感じているようだった。


「二人とも、落ち着いて」


ぼくは思わず口に出した。二人の視線が一斉にこちらに向く。陽葵は驚いた顔で、健太は呆れたようにぼくを見た。


「春斗……」


陽葵が小声で名前を呼ぶ。

健太は「お前、こんな時にのんきなこと言ってんじゃねぇよ」と、吐き捨てるように言う。


「でも、ここで言い争ってても何も解決しない。それに、線路を歩くのは危険すぎる。アナウンスでも、しばらくお待ちくださいって言ってるんだから、待つしかない」


ぼくは、できるだけ落ち着いた声で二人に言った。

普段は観察者に徹するぼくが、こうして仲裁に入るのは珍しいことだ。自分でも少し驚いていた。


陽葵は少し冷静さを取り戻したようだった。健太はまだ不満そうだが、反論はしない。


「だけどよ、春斗。このままじゃほんとヤバいって。今日の午前中、数学の小テストあっただろ?」


健太がはっとしたように言う。その言葉に、陽葵が「あ!」と声を上げる。


「そうよ!小テスト!私、春斗に教えるって約束してたのに……」


ぼくは、昨日陽葵に言われたことを思い出した。


(そうか、小テスト。すっかり忘れてた)


ぼく自身はテストの点数をひどく気にするタイプではないが、陽葵が心配してくれていたことを思うと、少し申し訳ない気持ちになる。


「大丈夫だよ、陽葵。また今度、先生に頼んで受けさせてもらえばいい」


ぼくがそう言うと、陽葵の表情にはまだ不安が残っていた。


その時、スマホが微かに震える。


(電波が……?)


画面を見ると、アンテナ表示がわずかに一本立っている。通知が数件届き、すべてLINEのメッセージだった。クラスグループからの連絡が一気に届いている。


「電波、繋がったかも」


ぼくがそう言うと、健太と陽葵も慌ててスマホを取り出す。三人のスマホが、わずかに電波を拾っている。


クラスグループのLINEを開くと、「電車止まってる人いる!?」「まじかー!」「遅刻確定組、連絡しとけって先生が!」とメッセージが飛び交っていた。


「野崎先生からのメッセージだ!」


陽葵が声を上げる。


「『電車が止まってしまった生徒は、無理に登校せず、安全な場所で待機し、電波が繋がり次第、必ず学校に連絡してください。自宅待機も考慮します』だって!」


野崎先生の言葉に、三人は思わず安堵の息を漏らした。無理に登校しなくていい——今のぼくたちにとって、それは何よりも嬉しい知らせだった。


「よかったぁ……」


陽葵が胸を撫で下ろす。

健太も「まじかよ!神か、野崎先生!」と、普段通りのぶっきらぼうな口調で喜びを露わにした。


(自宅待機、か)


電車の窓の外を見ると、太陽はすでに高く昇り、線路脇の草が朝日にきらめいている。

この場所で待機するのも、少し現実的ではない。ならば、どこか電波の届く場所へ——。


緊急停車というハプニングは、ぼくたちを、いつも通りの日常から少し違う道へと引きずり込もうとしているようだった。

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