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第2章:電車に揺れる予感 ②

緊急停車した電車内は、ざわめきと静寂が入り混じっていた。

数人の乗客がスマホで状況を調べようとするが、電波が悪いのか、なかなか繋がらないようだ。吊革を掴んでいた人々は、まだわずかに体を揺らしている。


「おいおい、まじかよ。遅刻確定じゃねぇか」


健太がぼやいた。顔には苛立ちと焦りの色が混じっている。

いつもは陽葵に文句を言われても軽く受け流す彼だが、こういう予期せぬ事態には案外弱いのかもしれない。


陽葵は、不安そうにぼくを見上げていた。大きな瞳が、状況を理解しようと瞬く。


「ねぇ、春斗……大丈夫だよね?」


その声は、三人でいる時のツンとした調子ではなく、二人きりの時に見せる少し弱気な響きを帯びていた。

ぼくの手を、そっと握ろうとしているのがわかる。

その小さな揺らぎに気づかないふりをして、ぼくは正面のドアを見つめた。


「うん、大丈夫。きっとすぐ動き出すよ」


確かな根拠はない。ただ、陽葵の不安そうな顔を前にすれば、そう言うしかなかった。


車内アナウンスが再び流れる。


「ご迷惑をおかけしております。線路内に人立ち入りの情報があり、安全確認のため緊急停車いたしました。現在、係員が状況を確認しております。運転再開まで今しばらくお待ちください」


“人立ち入り”。

その言葉に、車内のざわめきが一段と大きくなる。

まさか、そんなことが自分たちの日常のすぐそばで起きているなんて——胸の奥で、じわりと嫌な汗が滲む。


「人立ち入りって……やべぇな」


健太が小さく呟く。

苛立ちの奥に、かすかな恐怖の色が見えた。

陽葵はぼくの袖をそっと掴む。その指先がかすかに震えている。


(陽葵も、怖がってるのか)


普段の強気な彼女からは想像できない仕草に、ぼくは微かに動揺した。

もちろん、ぼく自身もこんな状況は初めてだ。

何が起こっているのか、本当に大丈夫なのか——漠然とした不安がじわじわと広がっていく。


数分後、再びアナウンスが響いた。


「誠に恐れ入ります。安全確認には時間を要する見込みです。運転再開まで、大幅な遅れが見込まれます。お急ぎのお客様は、代替交通手段のご検討をお願いいたします」


——大幅な遅れ。代替交通手段。

つまり、今日は確実に遅刻するということだ。

健太はがっくりと肩を落とした。


「はぁ……まじかよ。これじゃ午前中の授業、全部アウトじゃねぇか」


「どうしよう、春斗。担任の先生、厳しいのに……」


陽葵が不安そうに見上げる。

いつも強気な彼女の瞳が、今は完全に頼りを失っている。


ぼくは冷静さを取り戻そうと努めた。

いつもなら、他人の反応を観察して、そこから何かを読み取るのが癖になっている。

けれど今は、自分もその「観察される側」になっていた。


(野崎先生か……)


担任の野崎先生は明るく親身な人だが、遅刻や欠席にはきちんと厳しい。

ましてや連絡もできずに遅れれば、何を言われるかわからない。


ぼくはスマホを取り出した。

健太も陽葵も、それぞれスマホを操作している。

だが、いくら試しても電波は戻らない。ネットも通じず、学校に連絡することもできなかった。


「だめだ、電波が全然入らない」


健太が苛立たしげにスマホを振る。

陽葵も困ったようにぼくを見る。


「どうしよう、春斗……」


その声は、さっきよりも小さく、少し震えていた。

ぼくは窓の外に目を向ける。

止まったままの電車。動かない日常。

この“ちょっとしたハプニング”は、確かにぼくたちの日常に、大きな波紋を投げかけ始めていた。

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