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第1章:いつも通りの朝といつもの三人 ⑤

午後の授業が終わり、終業のチャイムが鳴ると、教室は一気に解放感に包まれた。

部活動に向かう生徒、友達と遊びの予定を立てる生徒──それぞれの放課後が始まっていく。

ぼくはゆっくりと教科書を鞄にしまい、机の上を片付け始めた。


「春斗、健太! 行くよ!」


陽葵が女子たちの輪から抜け出し、ぼくたちの席までやってきた。

鞄を肩にかけ、いつでも出発できるような姿。顔には、三人で過ごす放課後への期待が滲んでいる。


「おう、すぐ行く」


健太は机に伏せたまま、だるそうに返事をする。

隣の席の男子が、ぼくの数学ノートを返しながら「サンキュー、助かった!」と笑った。

ぼくは曖昧に頷き、健太に声をかける。


「健太、起きろよ。陽葵が待ってる」


「んー……」


健太はゆっくり体を起こし、眠そうに伸びをした。


「陽葵、そんな急かさなくてもいいだろ。どうせ春斗ん家行くんだし」


「何それ! 私が楽しみにしてるって言ってるの! 早くしないと置いてくわよ!」


「はいはい、わかったよ」


健太はため息をつきながらも急いで準備を始めた。

そのやり取りは、いつもの三人組の風景だった。ぼくは思わず小さく笑ってしまう。


校舎を出て駅へ向かう道も、生徒たちで賑わっている。

健太は「ゲーセン寄ろうぜ」と言っていたが、陽葵の「今日は春斗の家で動画見る!」という一言で却下された。


電車に揺られ、地元へと戻る。

一駅先の健太の最寄りで彼が降りると、陽葵はちらりと彼を見送った。

健太も、一瞬だけぼくたちを振り返ったが、すぐに人混みの中に消えていった。


(健太は、陽葵がぼくの家に行くの、嫌なのかな)


そんな思いがふと浮かぶ。

陽葵は、健太がいなくなった車内で、窓の外を見つめながらぼくの隣に立っていた。

二人きりになると、彼女の表情はどこか柔らかくなる。


「ねえ、春斗。今日の数学の先生、いつもよりテンション高くなかった?」


陽葵がぼくの腕をコツンと叩く。

その声は、健太がいる時よりも少し甘い響きを帯びていた。


「そうかな。ぼくはいつも通りだと思ったけど」


「もう、鈍いんだから。あれは絶対、週末になんかあった顔よ!」


陽葵は楽しそうに笑い、先生の私生活を想像して盛り上がる。

その無邪気な笑顔を見ていると、ぼくの胸もほんのり温かくなった。


最寄り駅に着き、電車を降りる。

陽葵はぼくの袖をそっと掴み、並んで歩き出した。


「あ、そうだ。春斗、今日ね、お母さんが『晩ご飯一緒にどう?』って言ってた。カレー作ってるんだって」


「本当? 母さんに聞いてみるよ」


「うん! 春斗のお母さん、私のカレー好きだから、きっと喜ぶよ!」


隣同士の家。家族ぐるみの付き合いも、もう何年になるだろう。

まるでひとつの家族みたいだと、時々思う。


家に着くと、ぼくたちはリビングのソファに並んで腰を下ろした。

陽葵は慣れた手つきでリモコンを取り、動画配信サービスを開く。


「さーて、今日は何見る? この前春斗が言ってた映画、もう公開されてるよ」


「そうだね。じゃあ、それにしようか」


「やった! お菓子と飲み物取ってくるね!」


陽葵は嬉しそうに立ち上がり、キッチンへ向かった。

その背中を見送りながら、ぼくはソファに深く体を預ける。


(いつも通りの日常。でも、少しだけ違う)


電車の中で見た“高額アルバイト”の広告。

健太の陽葵を見る複雑な視線。

そして、二人きりの時にだけ見せる陽葵の甘い笑顔。


ぼくの観察眼は、何気ない日常の中に潜む小さな違和感を探し始めていた。


この「いつも通り」が、永遠じゃないことは、もうわかっていた。

何かが変わり始めている──そんな予感を、夕焼けの光が静かに告げていた。


オレンジ色に染まる空の下、今日という日が終わっていく。

そして明日は、また新しい「いつも通り」が始まる。

その日常がどんな色に染まるのか、ぼくはまだ知らない。

次から2章です!

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