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第1章:いつも通りの朝といつもの三人 ③

ホームに滑り込んできた電車は、ぼくたちの目の前で静かに停車した。

ドアが開き、乗客たちが一斉に流れ出る。思ったより混んではいないが、座席はすでに埋まっている。ぼくたちは空いているドアから車内へ足を踏み入れた。


「げっ、混んでんじゃねぇか」


健太が不満げに呟く。

陽葵はそんな彼を横目で見て、「当たり前でしょ、この時間だもの」と、軽く鼻を鳴らした。

ぼくは二人の後ろを歩きながら、車内を見回す。近くのドア付近に、三人並んで立てそうなスペースを見つけた。


「あっち、空いてる」


ぼくが指差すと、陽葵と健太もそちらを見る。

三人でその場所に移動し、ドアに背を預けるようにして立った。

左右には吊革を掴んだ乗客たち。朝の匂いと微かな電車のモーター音が混ざり合う。


健太はすぐにスマホを取り出し、ゲームを始める。

指先が画面をタップする軽快な音が、車内の揺れと混ざって響いた。

陽葵はイヤホンを耳に差し、窓の外へ視線を向ける。

その横顔は、さっきまで見せていた明るい笑顔とは違い、どこか静かで大人びていた。


ぼくは特にすることもなく、窓の外をぼんやりと眺めていた。

電車がゆっくりと動き出す。住宅街の屋根瓦、青い空、遠くの山。

何でもない風景が、まるで映画のワンシーンのように流れていく。


(いつもと同じ電車。いつもと同じ三人。いつもと同じ朝)


心の中で呟きながら、ふと車内の人々に目を向ける。

吊革を掴んだまま眠るサラリーマン。雑誌を真剣に読む女性。

ランドセルを背負い、眠たげな目をした小学生。

それぞれの人生が、ほんの一瞬、この車両の中で交差している。


陽葵の髪が、窓から差し込む光に揺れていた。

その細い髪が頬や首筋をかすめるたび、ぼくの胸の奥が微かにざわめく。

健太は相変わらずゲームに夢中で、時折「ちっ」と舌打ちをする。


(陽葵は、健太のことをどう思ってるんだろう)


そんなことを考えていると、視界の端にひとりの乗客が映った。

ぼくたちの少し前、座席の端に座る若い女性。

大学生くらいだろうか。長い髪を揺らし、疲れたような表情でスマホを操作している。

膝の上には学校指定らしきトートバッグ。

ただそれだけの光景なのに、なぜかその手元から目が離せなかった。


画面には検索画面が映っている。

そこに、一瞬だけ「アルバイト 高額」という文字が見えた気がした。


(高額アルバイト、か……)


ぼくは目を逸らす。

見間違いだったかもしれない。でも、もし本当なら――

あの人にも、何か事情があるのだろう。

誰も知らない、他人の日常の影。


電車が最初の駅に停車する。

数人が降り、また別の人が乗り込んでくる。

入れ替わる空気の中で、ぼくは再び二人の方に意識を戻した。


「おい、陽葵」


健太がゲームの手を止め、陽葵に声をかける。

陽葵はイヤホンを片方外して「何?」と少し不機嫌そうに返した。


「今日の放課後さ、新作ゲームの発売日だろ? ゲーセン寄ってかねぇか?」


その言葉に、陽葵は小さくため息をついた。


「はぁ? 今日、春斗の家で動画見る約束してるでしょ?」


「だからさ、その前にちょっとだけ! 春斗もいいだろ? な?」


健太はぼくに期待混じりの視線を向けてくる。


(ゲームか……まあ、別にいいけど)


ぼくは曖昧に頷いた。陽葵は不満そうに健太を睨む。


「あんた、また私の予定に割り込もうとしてるでしょ。ほんと、懲りないんだから」


「いやいや、割り込みじゃねぇって! ちょっとだけだって!」


「……春斗、行く?」


陽葵は健太を見ず、ぼくだけに視線を向けて問いかける。

その声のトーンは少し柔らかく、健太はその様子に明らかにむっとした。


「あーもう、わかったよ! 好きにしなよ、私は行かないから!」


陽葵がそう言い捨てると、健太は「やった!」と小さくガッツポーズをした。

彼の顔はどこか嬉しそうで、ぼくは心の中で少しだけ複雑な気持ちになった。


(健太は、陽葵に相手にされてないって、分かってるのかな)


電車の揺れが、ぼくの思考を微かに揺らす。

気がつけば、窓の外の風景は住宅地からビル群へと変わっていた。

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