エピローグ:結婚前夜 -「ふたりだけの時間」
結婚式を翌日に控えた夜、春斗の家には、特別な空気が漂っていた。家具や小物には普段通りの生活感がありつつも、どこか華やかさが加わっている。リビングにはキャンドルが灯され、ほのかに揺れる炎が二人の影を壁に映していた。
陽葵は、春斗の手をぎゅっと握りながら、少し照れくさそうに笑っている。彼女の髪からは、シャンプーの柔らかな香りが漂ってきて、春斗の心を温かく包んだ。
「ねえ、春斗……明日、ほんとに結婚式だよね」
陽葵の声は、普段より少しだけ震えていた。
「うん、そうだね……なんだか、まだ実感が湧かないよ」
春斗は笑いながら答える。けれど、胸の奥は高鳴りでいっぱいだった。幼馴染として過ごしてきた日々が、ついに新しいステージへと変わろうとしている。その喜びと少しの緊張が入り混じり、息を飲むほどの感情が体中に広がった。
二人はテーブルに座り、用意された小さなケーキを前にワインで乾杯した。キャンドルの炎がケーキに反射して、まるで小さな星のように輝く。
「ねえ、春斗。今日だけは、なんでも好きにしていいよ」
陽葵がいたずらっぽく笑い、春斗の手に自分の手を重ねた。その柔らかさに、春斗は思わず顔が熱くなる。
「え、なにするの?」
少し照れながら尋ねる春斗に、陽葵は笑いながら頬を赤くした。
「ふふっ……内緒。ちょっとだけのお楽しみ」
陽葵はそう言って、春斗の肩に手を回し、自然と膝の上に頭を乗せた。彼女の温もりと香りに包まれ、春斗の心はゆっくりとほどけていく。
二人は小さなアルバムを開き、これまでの思い出を振り返った。幼馴染として一緒に遊んだ日々、文化祭の準備で遅くまで図書室に残った日々、そして初めて互いに心を告げ合った夕暮れの屋上。写真や手書きのメモを見ながら、二人は思わず笑い、肩を寄せ合った。
「覚えてる?この時、健太がふたりのこと見てて、めっちゃ焦ってたんだよね」
陽葵が写真を指差し、笑いながら話す。
「うわ……ほんとだ。あの時の健太、すごく照れてたな」
春斗も笑い、肩を揺らす。思い出話で盛り上がりながらも、二人の手はしっかりと絡んでいた。
その後、二人はソファに並んで座り、自然とお互いの顔を近づける。目が合うたびに、二人の頬が赤く染まる。小さなキス、肩にもたれかかる、ちょっとしたいたずら。まるで子どものようにじゃれ合いながらも、確かに愛し合っている実感が胸に満ちていった。
「春斗……明日、ちょっと緊張するな」
陽葵がぽつりと呟く。
「俺もだ。でも、二人なら大丈夫だよ」
春斗は彼女の手をぎゅっと握り、額をそっと合わせる。その瞬間、二人の間には言葉を超えた信頼と愛情が流れた。
夜も更け、二人はバスルームへ向かった。結婚前夜の特別な時間を共有するため、二人だけの入浴タイムだ。お湯に浸かりながら、互いの肩や背中を洗い合う。笑い声が小さく響き、温かい湯気の中で二人の距離はさらに縮まる。
「ねえ、春斗……ずっと、こうして一緒にいたいな」
陽葵の声は甘く、でも少し切ない。
「もちろんだよ、陽葵。これからもずっと一緒だ」
春斗も笑顔で答え、手を握り返す。お湯の温もりと、互いの体温が一つに重なる瞬間、二人は未来への確かな約束を胸に刻んだ。
入浴後、パジャマ姿でベッドに入ると、二人は抱き合ったまま夜空を眺める。窓の外には、星がちらほらと輝き、静かな夜に小さな幸せが満ちていた。
「明日、楽しみだね」
陽葵が春斗の胸に顔を埋めながら囁く。
「うん……二人の一番大事な日だもんな」
春斗はそっと彼女の髪を撫で、眠りにつく二人の表情は穏やかで、幸せそのものだった。
結婚前夜は、二人だけの小さな奇跡に満ちていた。互いのぬくもり、笑顔、そして未来への期待。それは、二人の人生の新しい章の幕開けにふさわしい、静かで温かい時間だった。




