エピローグ:夕暮れの約束
放課後の駅前は、帰宅ラッシュで少しざわついていた。
ぼくは陽葵と並んで歩きながら、手をつないでいた。手のひらに伝わる温かさは、何気ない日常の中でも特別なものだ。
「春斗、今日はちょっと寄り道してもいい?」
陽葵の笑顔に誘われ、商店街の方へと足を向ける。夕陽に染まった街角の景色は、いつもより鮮やかで、二人で歩くこの時間をより特別に感じさせた。
その時、突然背後から声がかかった。
「おい、そこの可愛い姉ちゃんちょっと待てよ!」
振り返ると、陽葵に近づいてくる男の影。
彼女の目が一瞬、大きく見開かれ、肩が震えるのをぼくは見逃さなかった。
「陽葵!」
反射的にぼくは前に出て、彼女と男との間に立つ。
「大丈夫、離れてろ!」
声には自然と力がこもり、ぼく自身も胸の奥から熱いものが込み上げていた。
男は一瞬ためらったが、すぐににやりと笑う。
「へぇ、随分と守ってくれるんだな」
でも周囲の人々の視線が集まり、警戒するように少し距離をとった。
ぼくは腕を伸ばし、陽葵を自分の体の後ろにそっと引き寄せる。
「大丈夫だから……しっかり捕まってて」
小さく囁くと、陽葵は震えながらも頷き、ぼくの手にぎゅっと力を込めた。
「春斗……ありがとう……」
彼女の声はかすかに震えていたが、瞳はぼくをまっすぐに見つめている。
「ちっ、周りが五月蝿そうだな、しゃあねえか」
男はやがて、警戒していた人の視線もあってか、ついに諦めて去っていった。
その背中を見送りながら、ぼくは胸の奥からふっと力が抜けるのを感じた。
「……よかった」
思わず声に出すと、陽葵はぼくの胸に顔をうずめたまま、静かに涙をこぼしていた。
「春斗……怖かったけど、守ってくれて……ありがとう」
その言葉に、ぼくの胸は熱くなる。守ることの喜びと、彼女への想いが、一気に溢れ出した。
ぼくはそっと彼女を抱き寄せ、頭を撫でながら囁いた。
「もう大丈夫。俺が守るから、絶対離れない」
陽葵は涙を拭いながら、でも笑顔を見せる。
「春斗……やっぱり、春斗が私の一番だよ」
その笑顔は夕陽に照らされて、まるで小さな太陽のように輝いていた。
二人で肩を寄せ、駅までの道を歩く。
「ねえ、春斗……怖かったけど、でもなんだか、もっと春斗のこと好きになっちゃったかも」
少し照れた声で陽葵が言う。ぼくは軽く笑い、手をぎゅっと握り返す。
「それは俺も同じだよ」
この一言に、夕暮れの空が少しだけ温かく包まれた気がした。
駅に着くと、電車の音が遠くから聞こえてくる。
二人で並んでホームに立ち、夕陽が線路に反射して金色に輝くのを眺めた。
「春斗、これからも、ずっと……守ってね」
陽葵の声には、少し甘えた響きと決意が混ざっていた。
「もちろん。絶対に、ずっと守る」
ぼくは心の中で誓う。どんなことがあっても、陽葵の笑顔を絶やさないと。
電車が近づき、ライトが線路を照らす。
手をつなぎ、肩を寄せ合いながら乗り込むぼくたち。
車内の景色はいつも通りだけれど、心の中は全く違う世界になっていた。
もう、ぼくは一人じゃない。陽葵が隣にいて、健太も近くにいて、温かく、少しだけドキドキする毎日が始まっている。
その日以来、ぼくたちの絆はさらに深まった。
どんな小さな危険も、困難も、二人で乗り越えられる――そう確信できる、夕暮れの約束だった。




