エピローグ:健太の小さな勇気
文化祭が終わり、日常が戻ってきたある日の放課後。
ぼくと陽葵は手をつないで帰宅しているが、健太はいつも通り、部活の用具を抱えて少し遅れて駅に向かっていた。
「春斗!お前ら、ちょっと待ってろ!」
後ろから健太の声が聞こえ、ぼくたちは振り返ると、彼は両手に荷物を抱えながら必死に走ってきた。少し息を切らしながら、でも笑顔で。
「やっぱり、あいつ元気だな」
ぼくは陽葵に小さく囁くと、陽葵も笑って頷いた。
「……なあ、春斗」
「ん?」
「おれもさ、そろそろ、ちょっと勇気出してみようかなって思ってるんだ」
健太の声は、普段より少し真剣で、でも少し照れくさい響きがあった。
「勇気って、何の?」
「……あのさ、バスケ部のマネージャーの女子、最近ちょっと話せるようになったんだよな。だから……おれ、今度、ちゃんと誘ってみようかなって」
健太の目は真っ直ぐで、いつものぶっきらぼうな笑顔とは少し違う、希望に満ちた光を帯びていた。
「おお、いいじゃん!応援するよ」
ぼくがそう言うと、健太は少し照れくさそうに笑った。
「でも……あいつ、春斗や陽葵みたいに簡単にはいかないんだよな」
「健太なら大丈夫だよ。お前、素直で真っ直ぐだから、ちゃんと伝わると思う」
ぼくの言葉に、健太は力強く頷いた。
その日の放課後、健太は小さく深呼吸をして、自分の一歩を踏み出す決意を胸に抱えていた。
文化祭で見せた、ぼくたちの協力や友情が、彼にも少し勇気をくれたのだろう。
駅のホームで別れ際、健太はぼくに軽く手を振った。
「じゃあな、春斗。あいつとうまくいったら、報告するわ」
「楽しみにしてるよ」
ぼくは笑い返す。健太の背中には、少しの不安と、大きな希望が混ざっているように見えた。
その夜、健太は自分の部屋で、バスケ部のマネージャーのことを考えながら、ノートに小さなメモを取った。
「明日は、勇気出す」
何度も書き直したその文字には、不器用だけど真剣な想いが込められていた。
翌日、健太は少しだけ胸を張って、いつもより自信なさげに、でも確かに前を向いて歩いていた。
春斗や陽葵のように、特別な恋人はいないけれど、自分なりの一歩を踏み出す健太の日常も、少しずつ、輝き始めていた。




