第4章:夕暮れの告白と選択
文化祭が間近に迫ったある日の放課後、シナリオ班の作業は佳境を迎えていた。図書室の片隅のテーブルには、謎解きのアイデアが書かれた付箋が無数に貼られ、教室の見取り図には様々な書き込みがされている。ぼくたちの頭の中は、脱出ゲームのことでいっぱいだった。
「よし、これで最後の謎も、ほぼ完成だな!」
健太が満足げに声を上げる。彼の顔には、達成感と少しの疲労が滲んでいた。佐藤さんと田中くんも、安堵の表情で頷き合う。ぼくも、胸の奥で静かな興奮が湧き上がるのを感じていた。リーダーとして、この班をここまで導いてこれたことが、少しだけ誇らしかった。
「すごいですね、春斗くん。まさか、こんなに面白いシナリオができるなんて」
佐藤さんが尊敬の眼差しでぼくを見る。その言葉に、ぼくは少し照れてしまった。
「いや、みんなのおかげだよ。健太のアイデアも、田中くんの世界観も、佐藤さんの冷静な分析も、全部必要だった」
ぼくがそう言うと、健太は「よせやい、照れるだろ」と頭をかく。田中くんも嬉しそうに微笑む。この数週間で、ぼくたちは確かなチームになっていた。
「じゃあ、今日はこれで解散にしようか。あとは、装飾班と連携して、小道具をどう配置するか、だな」
ぼくがそう言い、片付けを始める。
図書室を出て廊下を歩くと、夕焼けの光が窓から差し込み、長い影を作っていた。装飾班の教室を覗くと、陽葵がまだ残って作業をしている。彼女は、壁に貼るための大きなポスターに、最後の仕上げをしているようだった。その真剣な横顔は、とても美しかった。
「陽葵、まだ残ってたんだ」
ぼくが声をかけると、陽葵はハッと顔を上げた。
「春斗!お疲れ様。シナリオ、終わったの?」
「うん、なんとかね。陽葵も、もうすぐ終わりそう?」
「うん、これが終われば、あとは当日を待つだけかな」
陽葵はそう言って筆を置いた。額には、うっすらと汗が滲んでいる。
「そうだ、春斗。この後、少しだけ時間ある?」
陽葵が唐突に尋ねてきた。いつもより少しだけ真剣な響きだ。
「うん、あるよ」
「じゃあ、ちょっとだけ、屋上に付き合ってくれないかな。話したいことがあるの」
屋上。その言葉に、ぼくは少し驚いた。普段は立ち入り禁止になっている場所だ。陽葵の表情は、いつもの明るさとは違い、どこか決意を秘めている。
「……わかった」
ぼくは、陽葵に導かれるまま屋上へと続く階段を上った。扉には鍵がかかっていたが、陽葵は慣れた手つきで隠してあった鍵を取り出し、それを開けた。
屋上には、ひんやりとした夕暮れの風が吹いていた。眼下にはオレンジ色に染まる街並みが広がり、遠くには、ぼくたちが毎日乗っている電車が、ミニチュアのように走っているのが見えた。
陽葵はフェンスの前に立ち、しばらく黙って夕焼けを眺める。ぼくもその隣に立ち、彼女が口を開くのを待った。
「きれいだね、春斗」
「うん、そうだね」
しばらく沈黙が続く。
「ねえ、春斗。私ね、ずっと考えてたんだ」
陽葵がぼくの方を向く。瞳は夕焼けの光を映して、キラキラと輝いている。
「春斗は、私のこと、どう思ってる?」
そのストレートな質問に、ぼくは言葉を失った。二人きりの時に、彼女が好意を示すことはあったが、真正面から気持ちを問われたのは初めてだった。
「どうって……陽葵は、大切な幼馴染だよ」
ぼくが答えると、陽葵は少し寂しそうに微笑む。
「うん、知ってる。でも、それだけ?」
彼女の問いに、ぼくの心がざわつく。彼女の笑顔、優しさ、弱さ、そしてぼくに向ける特別な眼差し。それら全てが、日常を彩っていた。
「私はね、春斗のことが、ずっと好きだったよ」
陽葵の告白は、夕暮れの風に溶けるように響いた。
「物心ついた時から、ずっと。春斗の隣にいるのが当たり前で、春斗が他の女の子と話してると胸が苦しくなった。春斗が笑ってくれると、世界が輝いて見えた」
彼女の言葉が一つ一つ、ぼくの心に突き刺さる。
「文化祭の準備が始まって、春斗がリーダーになって、すごく嬉しかった。頼もしくなった春斗を見て、もっと好きになった。でも、同時に怖くもなったの」
「怖い?」
「うん。春斗が、私の知らない世界に行っちゃうような気がして。佐藤さんや他のクラスメイトと楽しそうに話してるのを見ると、胸がざわつくんだ」
陽葵の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「だから、決めたの。もう幼馴染のままじゃ嫌だって。春斗の、一番になりたい」
陽葵は一歩前に進み、ぼくの胸に顔をうずめた。その震える声と温かい涙が、ぼくのシャツに染み込む。どうすればいいのか分からなかった。ただ、彼女を抱きしめたい衝動だけが、全身を支配していた。
これは、選択の瞬間だ。今までの「いつも通り」の日常を続けるか、それとも、新しい関係性へ一歩踏み出すか。ぼくの答えが、これからの未来を決める。
夕暮れの空の下で、ぼくはそっと陽葵の小さな背中を抱きしめた。




