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第3章:クラスの風景、友人の横顔 ③

文化祭の準備が始まってから、ぼくたちの日常は一変した。放課後は毎日、シナリオ班のミーティングが日課となり、図書室の片隅のテーブルがぼくたちの定位置になった。


「よし、じゃあ、昨日の続きからだ。第一の部屋の謎、もう少しヒントを分かりやすくするか?」

健太が、机に広げられたノートを指差しながら言った。彼のノートには、子供が描いたような見取り図と殴り書きのアイデアがぎっしり。考えるより先に体が動くタイプの健太が、じっと机に向かって唸っている姿は、どこか新鮮だった。


「そうですね。最初の謎で時間を使いすぎると、全体のテンポが悪くなるかもしれません」

佐藤さんが、小さな声で的確な意見を述べる。物静かだが、本質を見抜く力がある。彼女が推薦してくれたミステリー小説のトリックが、ぼくたちの謎解きに大きなヒントを与えてくれた。


「いっそ、最初のヒントは壁にでかでかと書いちゃうとか?『全ての始まりは、あの日の記憶』みたいな!」

田中くんが、目を輝かせながら提案した。物語世界の構築が得意で、脱出ゲームに壮大なファンタジーの要素を加えようとしている。


ぼくは三人の意見を聞きながら、全体の構成を組み立てる。リーダーとして慣れない役割だが、それぞれの個性がぶつかり合い、一つの物語が形作られていく過程は、驚くほど面白かった。


(みんな、すごいな)

普段あまり話したことのなかったクラスメイトの、知られざる一面に触れる。健太の意外な集中力、佐藤さんの鋭い洞察力、田中くんの豊かな発想力。ぼくの観察眼は、彼らの輝きを一つ一つ見つけ出していく。


「春斗、どう思う?」

健太が問いかける。少し考えてから、口を開いた。


「最初の謎はもう少し分かりやすくしよう。でも、田中くんのアイデアも面白い。ヒントの文章を物語の導入として、少し詩的にしてみるのはどうかな」

三人は頷く。リーダーとして意見を言うのは少し緊張するが、自分の言葉で物語が良い方向へ進む感覚は心地よかった。


図書室を出る頃には、窓の外は夕焼けに染まっていた。廊下を歩くと、装飾班の教室から陽葵の声が聞こえる。


「ちょっと、そこの色合い、明るくできない?暗いと脱出ゲームっていうより、お化け屋敷みたいになっちゃうでしょ!」


陽葵は装飾班の中心として指示を出していた。周りには自然と人が集まり、そのリーダーシップは、ぼくにはないものだ。少し眩しい気持ちでその光景を眺めていると、陽葵が廊下にいるぼくに気づき手を振った。


「春斗!お疲れ様!シナリオ、進んでる?」

「うん、まあまあかな」

ぼくが答えると、陽葵は微笑む。そして健太の方をちらりと見て言った。


「あんたも、ちゃんとやってるわけね」

「当たり前だろ!おれを誰だと思ってんだよ」

健太が胸を張る。陽葵は、ふん、と鼻を鳴らして教室に戻っていった。


「陽葵のやつ、相変わらずだな」

健太が小声で呟く。その横顔は、少しだけ寂しそうだ。


(健太は、陽葵に認められたいんだな)

彼がシナリオ班に立候補したのも、陽葵がぼくを推薦したからかもしれない。陽葵の近くで、何かを成し遂げたい。不器用な思いが、健太を突き動かしているのだろう。


帰り道、ぼくと健太は二人で電車に乗った。陽葵は装飾班の仕事で別の帰りだ。健太は珍しくスマホをいじらず、窓の外をぼんやり眺めている。


「なあ、春斗」

「何?」

「おれ、シナリオ作り、結構楽しいかも」

「そうだな。ぼくも、面白いと思う」


健太は少し照れくさそうに笑った。


「お前がリーダーで、よかったよ。お前の言うことなら素直に聞けるっていうか」

「そんなことないよ。ぼくは、みんなの意見をまとめているだけ」


謙遜ではなく、本心だ。ぼくの役割は、みんなの輝きを一つに束ねること。それだけ。


「それにしても、陽葵のやつ、すげぇな。女子たちをまとめ上げて、どんどん装飾進めてる。やっぱ、あいつは太陽みてぇなやつだ」

健太の言葉に、ぼくは頷く。窓の外の夜景に向かう彼の瞳には、陽葵への憧れと、届かない想いが入り混じっている。


文化祭の準備期間は、ぼくたちに新しい風景を見せてくれていた。クラスメイトたちの横顔、友人の意外な一面、そして自分自身の新たな可能性。ぼくの日常は、もう「いつも通り」ではなかった。少しずつ、しかし確実に、未来へと続く新しい線路の上を、走り始めている。

3章も終わりで、次が4章とそして最終章です。

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