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うつくしいひとをかく

作者: 調彩雨
掲載日:2026/01/03

 わたしのクラスを受け持つ現代文教師は、少し変わったひとなのだと思う。

「うつくしいひと、を、かいて持って来て下さい」

 県立の女子高に入って初めての夏、長期休暇中の現代文の課題として出されたのは、それっきり。

「どうせみなさん、塾だ夏期講習だ部活だ合宿だって、忙しいんでしょう?現代文くらいサボっても良いですよ。サボったって日本で暮らす限り、日本語からは逃げられませんから」

 でも夏期休暇の課題をなにも出さないと僕も怒られるので、苦笑して彼は語った。

「うつくしいひとをかいて提出して下さい。方法は問いませんが、腐るものと黴びるものはやめて下さいね。あと、かさばるものと重たいものも僕が大変なので、そんな感じで」

 言うだけ言って、質問も受け付けず、じゃあ今学期はこれで終わりと言い置いて立ち去った。

 なんだそれ、と言う空気が漂うなか、今年もかあ、と呟いたクラスメイトがいた。

 去年の秋に大怪我で入院し、半年間休んで留年となった生徒。つまり、一年生の夏期休暇は二回目。

「去年もだったの?」

 その子の隣の生徒が問い掛ける。

「てか、あのひとの一年夏に出す課題は毎年そうらしいよ。先輩に訊いてみ」

 毎年この、よくわからない課題を出し続けて、よくクビにならないものだ。

「この課題、なにが正解なんですか?」

 真面目なひとりが、困惑顔で留年生徒に問う。クラス中の注目が、留年生徒に集まった。

「正解はないよ。と言うか、『自分なりの正解を提出すること』が正解、かな。全か無か、提出さえすればなんでも満点だよ。なんなら去年、未使用のノートに名前だけ書いて提出した子も、とくに怒られも評価を下げられもしなかったから」

 じゃあ、本当になにも出さないと怒られるから、適当に出しているだけなのか。

「変なの出す子はすごかったよ。写真部の子は、夏休み中に撮った写真をアルバムにして提出していたし、家庭科部は浴衣作ったり、人形の服作ったり。もちろん、普通に作文した子もいたし、美術部は絵を描いてたね。あとは、夏休み中の食事の写真を撮って、美味しいご飯を毎日作ってくれる母こそ世界一美しい!って言った子とか、一曲作曲した子とか。ああ!映研は合作で、映像作品作って提出してたなあ」

 留年生徒は楽しそうに笑う。

「本気でやると結構楽しいよ。『うつくしい』ってなんなのか、『かく』ってどうやって?いくらでもやり方はある。それにね」

 ひとつ歳上の彼女は、ふとした瞬間、ひどく大人びて見える。二年生の先輩たちに、とても追い付ける気がしないのと同じように。

「『学校の課題だから』って、最強の言い訳だよ。実際、学校の課題だからって言って、夏休みだけで映画100本視た子がいた」

「100本!」

「まあ、ほとんどは見放題のサブスクで視れるやつだったらしいけど。それで、一本一本、その映画の表現しようとした人間の美しさとはって、批評書いてさあ。すごいよね」

 まあ、もちろん、くだらない課題だとか迷惑だとか、ノリの悪いこと言う親も生徒もいるんだけど。

「それでもガッコがこの課題出すのやめさせないのは、それも大事だって、認めてくれてるってことなんじゃないかな。ほら、うちのガッコ、進学校な割に部活も力入れてんじゃん?」

 怪我をして、一年ダブった。そんな彼女を、可哀想だと同情して見せる親もいる。けれど実際の彼女は、ちっとも可哀想なんかじゃない。

「勉強は大事。でも、それだけが大事なわけじゃない。大学受験が、人生のすべてじゃない。『学校生活を通じて、生きる力を育む』って、お題目として言ってるんじゃないんだよ、このガッコは」

 いつかの、現代文の授業を思い出す。

「学校の勉強なんてなんの意味があるんだって、あなた方はよく言いますけどね。教養は大事ですよ。教養のない人間は、切り捨てる層もありますから。切り捨てられないためにも、いま、身に付けて置きましょうね。

 それに、たとえ知識そのものがこの先役立たなかったとしても、考え方や思考の仕方、学び方や知識の探し方は、必ず役に立ちますから。なにせ、大人になったら、自分でなにをどう学ぶか決めて知識や技術を得なきゃいけなくなります。立場によっては誰も教えてくれない。だから、教えてくれるひとがいるうちに、勉強する技術を身に付けて置きなさい」

 あまり、説教臭いことは言わない教師が、珍しく吐いた説教だったからか、印象に残っている。

「とくに数学は頑張った方が良いですよ。数学は生きる力を育てます。計算が得意なだけじゃ数学は出来ません。読解力、思考力、そして、自分の考えを説明する力。どれも、この先あなた方が生きて行く上で必要になる力です」

 現代文教師が数学を持ち上げてどうするのか。

 そう思ったのは、わたしだけではなかったようで。

「おーい、現代文教師ー!」

 誰かが飛ばしたヤジに、笑い声が起きた。

「現代文ももちろん必要ですよ。あなた方が日本で暮らすならば、日本語から逃れることは出来ません。誰かの文章や話を理解すること。他人から正しく理解して貰える言葉で表現すること。どちらも出来なければ困りますよ。そして、他人の語る内容を理解するために最も必要なものは、知識量です。まず、ひとつひとつの言葉の意味が理解出来なければ、文章の意味なんて理解出来るはずがありません」

 たとえば僕は現代文教師として、ここで偉そうに講釈をたれていますが、英語は死ぬほど苦手です、と威張ることじゃない発言を、なぜか胸を張って言っていた。

「英語の文章を見ても全く理解出来ません。知っている単語がほとんどないからです。日本語だって同じですよ。知らない言葉は読んでもわからないし、聞いても聞き取れません。共通の知識を持つこと。わかり合う上で、これがいちばん大事なことです。つまり、こうして学校で全国統一の知識を学ぶことは、日本国民がわかり合うために大いに役立つと言うことです。流行は案外触れずに生きられますが、竹取物語の冒頭を知らずに生きるのは、授業をサボらない限り難しいですよ。みなさん、冒頭数行くらい、暗唱出来るでしょう。ほら、今は昔、」

 竹取の翁と言う者ありけり。

 そう、思い浮かべた生徒が、いったいなんにんいるだろう。

「あるいは、英語の教科書の登場人物の名前とか、語呂合わせとかね。あまり親しくない相手と会話しなくちゃいけなくなって、話題に困ったときに、役立ちますよ。歴史上人物で誰が一番好きかとか、誰の顔に落書きしたとかね」

 一拍置いて、僕は教科書に落書きしたりしませんけど、と言うものだから、みんなドッと笑った。

「とにかく、なにが言いたいかと言えば」

 鎮まれとでも言うように手を振りながら、現代文教師は続けた。

「生かすも殺すも考え方次第ってことですよ。生きる上で、なにが無駄でなにが無駄じゃないかなんて、わかりはしないのですから、なんだってやってみて、楽しんだ方が得でしょう。役に立つと思って必死に覚えた知識が、新しい発見や発明で役に立たなくなることもあれば、なんの役にも立たないと思われていた研究が、突然脚光を浴びることもあります」

 なにやったって良いのですよ、ほんとうは。

 語る声は、とても優しかった。

「誰かに無駄と言われようが、自分が無駄と思わないなら、無駄ではないのです。誰が無駄と言おうが、僕は現代文を学ぶことに意味があると思っているから、現代文教師としてここに立っています。

 と言うわけで、あなた方がなんと言おうと、たった十数年しか生きていないあなた方より、人生において一日の長のある僕を揺らせはしませんので、諦めて下さい。そして、せっかくなので、なにかに役立てて頂けると嬉しいですね」

 結局、勉強しろってことー?と、誰かはヤジを飛ばしていたけれど。

 あれはきっと、先生なりの励ましと言うか、後押し、だったのではないかと、わたしは思う。

 誰に否定されても、どんな回り道に見えても。

 決して無駄ではないのだと。価値を決めるのは、自分で良いのだと。

 『うつくしいひとをかく』と言う課題は、あのときの言葉と同じく、わたしたちへの励ましなのだ。

 未来からは、逃れられない。

 塾に行けば、まるで、受験で人生のすべてが決まるかのように感じさえする。

 けれど、そうではないのだと。

 そんなもの、人生の一部分でしかないのだと。

 そう、言われたように感じた。

 とたん、なんだそれ、と思っていた課題が、なんだかとても素晴らしいものに感じ始めるのだから、わたしも単純だ。

 それでも、そう、せっかくだから。

 せっかくだから、ちゃんとやって、無駄にしないようにしよう。

 教室を見渡せば、わたしと同じく、単純な生徒が幾人もいるようだ。

 さて、わたしはどうやって『うつくしいひとをかく』か。

拙いお話をお読み頂きありがとうございました

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主人公のモノローグに高1らしいピュアを感じました。 二年生の先輩たちに、とても追い付ける気がしないとか、 言うだけ言って、質問も受け付けず、と言い立ち去ってしまうマイペースな教師とか、 竹取の翁と言う…
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