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神「人間の欲望には際限がない。だから寿命で制限を設けたが試しに一度取り払おうと思う。」

作者: TOYA

西暦二×××年。

 ある朝、世界中で同じ夢を見たと証言する人々が現れた。


 夢の中で、巨大な光の存在が語りかけてきたという。


「人間の欲望には際限がない。

だから寿命で制限を設けた。

だが試しに、一度それを取り払おうと思う」


 その言葉とともに目を覚ました人類は、すぐに理解することになる。


 ――寿命が消えたのだ。


・・・


第一章:混乱


 最初に変化を実感したのは医療の現場だった。

 末期がん患者が突然立ち上がり、衰えていた細胞が若返る。

 難病に苦しんでいた子供が一晩で回復する。


 ただし、奇跡には条件があった。

 肉体は三十歳で完全に固定される。

 それ以上、若返ることも老けることもない。


 三十歳未満の子供や青年は普通に成長を続け、やがて三十歳で止まる。

 すでに三十を過ぎていた者はその年齢の姿で固定された。

 七十歳の老人は七十歳のまま、しわも弱った筋肉もそのまま――ただしそれ以上の衰えは訪れない。


 はじめに訪れたのは、喜びだった。


 「死の恐怖」から解放された人々は、笑い合い、宴を開いた。

 ニュースは連日、不老の奇跡を讃え、評論家は「人類の黄金時代が到来した」と宣言した。


 だが、一年も経たないうちに社会は歪みを見せ始める。


 人口が減らなくなった。

 死者がほとんどいなくなり、毎日のように新しい命だけが増え続ける。

 都市は瞬く間に人であふれ、住宅価格は暴騰し、食料供給は追いつかなくなった。


 そして何より深刻だったのは――老人の固定化である。


 七十歳で止まった老人は、衰え切った体を抱えながら、さらに数百年を生き続ける。

 死に救われることもなく、治療を施しても若返らない。

 「不老」と「若さ」は別物だと、誰もがようやく気づいたのだ。


 老人たちの不満は次第に爆発していった。


 「若者ばかりが得をしている」


 「我々は生き地獄を強いられている」


 社会は分断され、暴力沙汰やテロ事件まで起きるようになった。


・・・


第二章:適応


 それから数十年が過ぎた。


 世界は混乱を経て、ようやく適応を始めた。


 各国政府は出生制限を導入した。子を望む夫婦は抽選に参加し、当選したわずかな数だけが親になれる。

 これに反発した者は地下へ潜り、非合法に子供を作ったが、国家の管理機構は容赦なく摘発していった。


 都市は超高層化し、海上には浮遊都市、地下には巨大な空洞都市が建設された。

 地球は人で埋め尽くされ、地平線を見渡しても住宅しか見えない時代が到来した。


 産業も変わった。

 不老を前提とした職業ローテーションが導入され、数十年単位で仕事を変え続ける人々が現れた。

 芸術は果てしなく洗練され、学問は積み重ねに積み重ねを重ねた。

 かつての天才の業績は、学生の課題にすぎなくなった。


 人類は一見、限界を超えて成長し続けているように思えた。


・・・


第三章:停滞


 だが、数百年が過ぎるころ、人々は異変に気づく。


 人は死ななくても、心は摩耗する。


 五百年を生きた者は、すべてに飽きてしまう。

 千年を生きた者は、記憶を抱えきれず、自分が誰なのかを忘れていった。


 「老い」は消えたが、「惰性」は消えなかったのだ。


 やがて街には、ただ座り込むだけの人々が増えていった。

 話しかけても返事をせず、食事を口に運べば咀嚼するが、それ以上の意思を見せない。


 働くのも、学ぶのも、ほんの一握りの好奇心に突き動かされた者たちだけ。

 文明は膨大な人口を支えるために膠着し、発展は緩やかに止まっていった。


 人類は、死なないだけの「漂う存在」となった。


・・・


終章:神の声


 そして――二千年後。


 静まり返った都市の上空に、あの日と同じ光が再び現れた。


 まるで空そのものが裂けたように、世界中の人間が同じ光景を目撃する。


「やはりな」


 光の存在が告げる。


「人間の欲望には際限がない。

だが、際限をなくせば心は空虚に溶けていく」


 何千年も生きてきた老人が、涙を流しながら空を見上げた。

 その背後で、若者の姿をした老人も膝を折って嗚咽した。


「寿命とは、終わりがあるからこそ意味を持つ枠だ。

枠があるからこそ、限られた時を燃やし、次の世代へと渡す。

それを外した結果、人はただ漂うだけの存在となった」


 その言葉とともに、世界に再び変化が訪れた。


 三十で止まっていた肉体が動き出す。

 百歳を超えれば老い、やがて死へ至る。


 泣き叫ぶ者も、笑う者もいた。

 絶望する者も、ようやく安堵する者もいた。


 確かなことは一つ。


 人類は「終わり」という贈り物を取り戻したのだ。


・・・


エピローグ


 数世紀後。


 人類は再び、限りある時を燃やす生き物となった。


 誰も神の声を覚えていない。

 だが人は本能で知っている。


 終わりがあるからこそ、人生は尊いのだと。

見ていただきありがとうございます。

息抜きに短編を書かせていただきました。

良ければ連載中の

異世界に逃げ込んだ犯罪者をPKするのが仕事です――ヒデンスター・ノヴァで命を狩る者

https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2731845/

もご覧ください!

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