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第9話「成人の義」

その夜、ジュリアは夢を見た。幼き日の思い出が夢の中で再現される。



ジュリアは7歳くらいの少女だった。ほんの出来心で謁見(えっけん)の間に忍び込む。


王座の脇机に深い色合いのテーブルクロスがかけられている。机の下に子供が隠れられるくらいの空間ができていた。


ジュリアはそこに潜り込み、膝を抱える。


10分くらい隠れていよう。そんな軽い気持ちで息を潜めていると、急に扉が開き、複数の足音が重々しく響く。ジュリアは驚いて息を呑む。


「本気で王室専属の教育係を目指しているのだな?」


聞き覚えのある低い声を耳にして、ジュリアは声を漏らしそうになる。


王が誰かに質問している。その質問に男性が何やら答えている。しかし、距離があり、男性の声はジュリアにはよく聞こえない。


「お前が考える教育者の定義とは?」


「教育者に求められる資質とは?」


「理想の教育者とは?」


王が次々と質問を畳み掛けるが、どうやら男性はしどろもどろになっている。


張り詰めた空気が伝わり、ジュリアは冷や汗をかく。終いには、小さく震え、半泣きになった。


「甘いな、たるんでいる。

あと1年は修練を積み、出直してこい」


その言葉をもって会話は終了した。



後日、ジュリアは知った。一連のやり取りは、見習いの教育係を昇格させるかどうかの口頭試問だった。



ジュリアは目を覚まし、しばらく仰向けのまま、天井をぼんやり眺めた。


そして、ゆっくり起き上がる。


「あの時のお父様、怖かったな」


額には汗が(にじ)んでおり、喉が渇き切っていた。


***


赤薔薇の王宮、大広間。


天井には無数の金細工が施されている。中央には巨大なシャンデリアが備え付けられ、まばゆい光を放っている。


広間の両側には、柱が等間隔に立ち並び、彫刻が施されている。多くの天使像が彫られており、その一本一本が芸術品として高く評価されている。


床には大理石が敷き詰められている。白が基調の石面には、わずかに灰色の筋が走る。床の中央に深紅の絨毯が一本、王座へと続く。


そして、大窓から光が降り注ぐ。差し込む光の中に王女ジュリア=ローズローズは立っていた。


髪は三つ編みをベースにしつつも、複雑に編み上げられている。編み目の間には小さな銀の花飾りが差し込まれている。


耳元では真珠のイヤリングが揺れ、首元には一粒のダイヤが輝く。華美な装飾は一切なく、プラチナの鎖に真珠とただ一粒のダイヤが飾られている。


肩を包むのは、シフォンのケープ。その縁には銀糸で天使の羽を模した刺繍(ししゅう)を施してある。


そして、その身を包むのは純白のドレス。布地は絹と銀糸で織られている。胸元から腰にかけては、銀の刺繍(ししゅう)が広がる。一針一針、職人の手によって丹念に縫い込まれた逸品である。


足元には、ハイヒールの白い靴。歩を進めると、ケープがわずかにふわりと舞い、トレーンの表面に光の波が広がる。



ジュリアは成人の儀を迎えていた。


ローズローズ王国において法律上の成人は16歳だが、昔からの慣習が残っており、王族は15歳で成人の儀を執り行う。



参列者たちの視線が集まるなか、ジュリアは王座へと進む。彼女の一つひとつの所作は力強く、そして流れるようだった。参列者は彼女から目を離せない。


王からティアラを拝受した後、ジュリアのスピーチが始まる。


「皆さま、本日はお集まりいただき、心から感謝申し上げます」


大広間全体にゆっくりと視線を巡らせる。


「成人の儀を迎えるにあたり、私は自分の人生を振り返りました。


そして、気付いたのです。

これまで、父、母、兄弟、友人、周りの方々から数えきれない愛を与えていただいていたのだと。

感謝で胸が溢れました。


そして、大自然に目を向ければ、天からも多くを与えられていることに気付きます。

偉大なる太陽の恵み、清らかなる水、果てなき大気。

いずれかが欠けても生命活動を続けることはできません。

天から与えられた大自然に私は生かされていたのです。


まだまだ未熟な私ではありますが、これからは恩返しの人生を送りたいと思うのです。


私、ジュリア=ローズローズは

縁ある皆様に

偉大なる我が祖国に

そして、この世界に対して

奉仕する人生を送ることを誓います」


ジュリアが深く一礼すると、割れんばかりの拍手が大広間に広がった。


***


式典後、王から声がかかり、ジュリアは謁話室(えつわしつ)に赴く。


部屋の中央のテーブルには王とジュリアそれぞれに別のお菓子が用意されていた。


ジュリアにはふんわりと膨らんだシフォンケーキ。


ケーキから漂う香りは軽やかで、甘すぎない。一口でも食べれば、きっと思わず微笑んでしまうだろう。


そして、王の大好物、バラの実のタルト。


薄く切られたバラの実が花弁のように丁寧に並べられ、黄金色に焼き上げられている。一枚一枚に光沢があり、宝石のように煌めいていた。



ジュリアが席につき、フォークに手を伸ばそうとした、その時――。


「お前が軍人になると言ってからもう9年か。早いものだな。順調か?」


王は大好物に見向きもせず、ジュリアに言葉を投げかける。


「はい、おかげさまで首尾よく進んでおります」


ジュリアは顔を上げて今までの経験を王に語る。


十分に体力をつけた後、陸軍、海軍、空軍の訓練を経験した。そして、人型戦闘機のパイロットを志願した。


人型戦闘機が戦争の最重要兵器であるからだ。



「まだ本気で軍人を目指しているのだな?」


「はい、もちろんです」


王からの問いにジュリアは即答した。


「ストーン教官が言っていました。


戦場に勝利などない。

そこにあるのは戦いに次ぐ戦いだ。

祝杯をあげるなど、たわけのすること。

酒を呑むのは家に帰った後にしろ、と。


戦場とは実に厳しいものです。しかし、その厳しさを理解したうえで私は軍人になることを希望いたします」


「では、お前が考える軍人の定義とは?」


王は何気ない様子で問い続ける。しかし、その目には鋭い光が宿っている。


ジュリアは悟った、これは王からの口頭試問なのだと。

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