第8話「薔薇の実」
謁見の2日後、デイヴィッドの葬儀が執り行われた。
王子マイケルは友の死を受け止められず、葬儀の最中、涙を流し続けた。
王女ジュリアは王妃マリアンジェラと共に参列し、静かに祈りを捧げた。
礼拝堂の前に広がる小さな丘にデイヴィッドの墓標は立てられた。
葬儀の後、マイケルとジュリアはしばらくの間、墓標の前に立ち尽くした。
ジュリアはバッグから種を取り出す。指先に収まるほどの小さな薔薇の種。それを手のひらで転がす。そして、握りしめた。
日が沈みかけた頃、マイケルが口を開く。
「すまなかったな、ジュリア」
突然の謝罪に驚き、ジュリアは兄の顔を見上げる。
「お前が軍人になるって言った時、笑ったりして」
マイケルの指先はわずかに握られ、肩が少し強ばっている。謝罪の言葉を口にするのが簡単ではなかったことを感じ取り、ジュリアはくすりと微笑んだ。
「あの時に謝ってくれたじゃない。
全然気にしてない」
しばらくの沈黙の後、「オレもなろうかな、軍人に」とマイケルが呟く。
「ダメだよ。お兄様は将来、王様になるんだから」
「そうだな。立派な王にならないとな」
二人は自然と手を繋ぎ、マリアンジェラが待つ車に向かう。二人が手を繋いだのは久しぶりのことだった。
「訓練、頑張れよ」
「うん」
「応援してるからな」
「うん」
手のひらから伝わる温もりを感じながら、歩幅を合わせ、静かに歩んでゆく。
***
赤薔薇の王宮、庭園の一角。
ジュリアは訓練の達成を誓い、10年で実がなる植物を育てることにした。
選んだのは、ローズローズ王国だけに生息する特別な薔薇。成長して大木となり、青リンゴに似た実をつける。
庭園の隅でしゃがみ、土の中に薔薇の種子を埋め込む。
芽が出たのは、それから数週間後のことだった。小さな双葉が太陽に向かって精一杯手を伸ばしているかのようにジュリアの目に映る。
しかし、手をかけられたのは、そこまでだった。
訓練に追われ、水をやるのも庭師の手を借りるようになる。
薔薇の苗木は季節を巡るごとに少しずつ成長を見せた。ある年の春、幹はいつの間にか指の太さを超え、葉も濃い緑色に輝くようになった。
やがて、大人の背丈を超え、枝を広げるようになる。
ある時は風雨に耐え、夏の陽射しに耐え、厳しい冬を乗り越えて、黙々と成長を続ける。
そして、9年の時が経った。
薔薇の木はたくましく育ち、すっかり庭園の一部になった。濃い緑の葉が風に揺れ、その影の下では鳥がさえずる。
「来年には、きっと実が採れる」
そう呟き、庭師はふと思う。
いつの間にか時は流れ、季節は巡り、あの小さな種が大木になった。
きっと王女もまた――。
***
赤薔薇の王宮、謁見の間。
とある男が一礼し、国王の前に進み出る。
鍛え抜かれた体つきは並外れた存在感を放っている。
灰色がかった黒髪は短く刈り込まれ、顎には薄く整えられた無精髭が見える。
目つきは鋭く、瞳は漆黒。何かを見抜くかのように鋭く光っている。その視線に射貫かれた者は、自然と背筋を伸ばしてしまう。
額から頬にかけて刻まれた一筋の傷跡は、戦場での過酷な経験を物語っていた。
ヴィクター=ストーン、45歳。
元軍人であり、現在は軍人育成の教官を務める。ジュリアの担当教官も任されていた。
「呼び立ててすまないな、ストーン」
王の言葉に、「陛下からのご用命とあれば、いつでも参上いたします」とストーン教官は忠誠を示し、訓練の進捗を報告する。
「かねてよりお伝えしている通り、王女殿下には素晴らしい潜在能力が備わっています。
そして、誰よりも真剣に訓練に励んでおります。
お戯れには手を焼いておりますが」
王は「相変わらずか」と笑みをこぼす。
「人型戦闘機の操縦士として、驚異的な成長を遂げられております。
しかし、その能力は我々が予想していた以上のものでした」
「と言うと?」
「王女殿下は、模擬戦闘において記録的な快挙を成し遂げられました」
王はその言葉に眉をひそめる。
「模擬戦闘で快挙? 詳しく聞こう」
ストーン教官は間を置き、深く息を吸うと語り始めた。
「今回の模擬戦はペイント弾を用いる点以外は実戦に限りなく近い状況設定で実施しました。
限られたペイント弾で相手を撃破する形式です」
ストーン教官の声は次第に熱を帯びていく。
「参加者には精鋭の軍人や歴戦の猛者も含まれておりました。
王女殿下は初参戦にもかかわらず、全ての敵機を撃破され、無傷で勝利を収めました」
「無傷だと……?」
ストーンは懐から小型のモニターを取り出し、王女の戦闘記録を映し出す。
「これがその記録映像です」
ジュリアが操縦する機体は無駄のない動きで戦場を駆け巡る。敵機の射線を巧みに避け、瞬時に有利な位置を確保する。
王は映像を見つめ、低く唸る。
「敵の動きを完全に読んでいるな」
「殿下の反応速度、判断力、そして戦場全体を見通す洞察力は、まさに天賦の才と言えるでしょう。
しかし、注目すべきはそれだけではありません」
「操縦技術か。
機体をまるで自分の手足のように使いこなしている」
「その通りです。
殿下はこの結果を、日々の鍛錬、努力で勝ち取られたのです」
ジュリアが操る機体の外装が王の目に留まる。外装には無数の擦り傷が刻まれていた。
「天賦の才と弛まぬ努力か」
そう呟いた後、王は顎に手を当てる。
「ネビュラズ軍にも似た動きをする者がいたな。
たしか通り名は“蒼雷”――」
「奴には相当に手を焼いています。
先日も大きな被害があったと聞いております。
しかし、王女殿下は、その“蒼雷”以上の腕前になるやもしれません。
ですが……」
ストーンはそこで言葉を切り、しばし沈黙した。
空気がわずかに張り詰め、王は真剣な表情で彼を見つめる。
「……一点だけ気掛かりがある、そうだな?」
ストーン教官はわずかに眉間に皺を寄せ、頷いた。
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