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第5話「謁見」

赤薔薇の王宮、謁見(えっけん)の間――。


王女ジュリアは深い青のドレスを身にまとっていた。ドレスの裾には銀糸の刺繍(ししゅう)が施され、光の加減で輝きを放つ。


髪は後ろでゆるやかにまとめられ、首元には白金のネックレスが光を受ける。


「お時間をいただきありがとうございます、お父様」


彼女が深くお辞儀をすると、王は柔和な笑みを浮かべる。



秘書に連絡を取ったところ、珍しく都合がつき、すぐに謁見(えっけん)を許可された。


ジュリアは急いで相応しい服装に着替え、謁見(えっけん)の間に向かったという次第だ。



謁見(えっけん)の間には王妃マリアンジュラ、10歳年上の兄、王子マイケルがいた。


マリアンジェラは王座の傍らで手を膝の上に重ねて静かに座っている。


身につけているのは、淡いピンクのドレス。首元には王家の象徴である薔薇のペンダントが飾られている。



マリアンジェラから少し離れた椅子にマイケルは座っている。


上着の肩から胸にかけて金糸で繊細な刺繍(ししゅう)が施されているが、一部ほつれている。


足元に目を向ければ、磨かれた靴にわずかに泥がついている。


しかし、髪だけはしっかりと整えられていた。



そして、ジュリアの父、国王エドワード=ローズローズ。


その身を包む重厚なローブは深紅。肩には雪のように白い毛皮があしらわれている。


顎には短く刈り揃えられた髭が蓄えられ、瞳は灰色。


手は大きく、指は長い。ローブ越しに浮かび上がる筋肉の線は、若い頃の鍛錬の名残を感じさせる。



王は微笑み、ジュリアに問いかける。


「何かな? 話というのは?」


「なぜ、我が国は……」


ジュリアは一旦言葉を切り、深く息を吸ってから質問をする。


「畏れながら質問させていただきます。

なぜ我が国は世界各地の戦争、紛争に武器を支援し続けるのでしょうか?」



世界についての本を読み、ジュリアは多くのことを学んだ。


大小様々な紛争、戦争が世界各地で続いている。その多くにローズローズ王国は関わっていた。



マイケルは眉をひそめ、「何が言いたいんだ?」とジュリアに問いかける。


「戦争が終わらないのは我が国の支援が原因ではないでしょうか?

我が国が支援し続ける限り、戦争は終わらないのでは?」


「ジュリア、発言には気をつけろ!

それは王への侮辱だ!」


ジュリアが言い終わるや否や、マイケルは血相を変えて怒り始める。


しかし、王はマイケルの叱責を制止した。


マイケルは大人しく引き下がり、王は机に置かれたティーカップを手に取る。


「どうやら、いつものイタズラという訳ではないようだな」


紅茶を一口飲んだ後、気遣いは不要だとジュリアに発言を促した。


ジュリアは礼を述べ、さらに質問を投げかける。


「我が国と共和国ネビュラズは戦争をしているのでしょうか?

フォークリスタルなど他の国を戦場に使って……」


王はそれでもまだ微笑んでいる。


マイケルは固唾(かたず)を呑んで見守り、王妃マリアンジュラはただ静かにじっとジュリアを見つめていた。



共和国ネビュラズ――。


世界第二位の経済大国。


経済だけでなく、あらゆる分野で世界第二位の座を獲得している。


ローズローズ王国が各分野において世界一の座に君臨しているものの、ネビュラズは徐々にその差を詰めつつあった。


そして、軍事技術についてはどちらが上か専門家の意見が分かれることもある。



「世界各地の争いに乗じてネビュラズと力比べをしている、と言っても間違いではないな」


謁見(えっけん)は順調に和やかに進んでいるかに見えた。


「彼らと仲良くする道はないのでしょうか?」


だが、ジュリアが勇気を振り絞って投げかけたこの問いかけが空気を一変させた。



「ジュリア、お前は何も分かっていないな」


「……え?」


頼りない声がジュリアの口から不意にこぼれた。口の中は急速に乾き、喉の奥で痛みが走る。



ジュリアはまだ知らなかった。


謁見(えっけん)の間――。


そこでは、臣下の一挙手一投足が王の視線にさらされ、一言が国の行く末を左右することを。


そこでは、父エドワード=ローズローズは王としての姿を見せることを。


その空間に漂う、張り詰めた空気にジュリアはようやく気が付いた。


「そんなものは存在しないのだ」


王はジュリアの発言を一蹴し、語気を強めて語る。



ネビュラズは自由の大国を標榜(ひょうぼう)しているが、その実態は真の自由からかけ離れている。


あの国には深い深い闇がある。


奴らの躍進を許せば世界は崩壊する。



王は最後に強い意志を示す。


「我々は一歩たりとも引いてはならないのだ」


それは、一国だけでなく世界に責任を持つ者としての言葉だった。



ジュリアの胸の奥でドクンと心臓が強く鳴った。さらに続けて二度、心臓が跳ねる。


鼓動は急速に速まり、心音が耳の奥で響き渡る。


王としては己の考えを述べただけであり、ジュリアを威圧するつもりはなかった。


しかし、その迫力に彼女は気圧され、用意していた言葉は霧のように散ってゆく。


何か言わないと――。口を開きかけるが、言葉は出てこなかった。


ジュリアは口を閉じ、俯いてしまう。王の目をまともに見ることすらできなかった。


「ジュリア、まだ話したいことがあったのではないのか?」


王からの問いかけに、ジュリアは何かを答えようとする。しかし、言いかけて止まる。


もう一度試みるが、結果は同じ。何も出てこない。



王はしばらくジュリアの発言を待っていたが、やがて見切りをつけた。


「今日はここまでだ。

また話したいことがあれば、秘書に連絡しなさい」


王は立ち上がり、扉に向かって歩き出す。


横を通り過ぎる時、王が自分に視線を送るのをジュリアは感じ取った。


だが、彼女は発言しようとする素振りも見せなかった。



沈黙の中、マイケルは静かにジュリアを見つめる。


謁見は終わりだな、とりあえず最悪のシナリオは回避できたようで良かった。初めての謁見にしては上出来だと胸を撫で下ろす。


謁見はもう終わりだ。ジュリアもまた同じように考えていた。

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