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第2話「戯れの王女ジュリア」

10年前――。


長きに渡り世界の頂点に君臨する超大国、ローズローズ王国。


王都の中央に白き王宮がそびえ立つ。幾世紀もの歴史を経た建造物であり、王国の誇りと象徴である。


周囲を城壁に囲まれ、その城壁の上には彫刻が施された塔が立ち並んでいる。


入り口は大理石の階段を上がった先にある。門は純金の装飾が施され、門扉には王家の紋章が刻まれている。


門をくぐると、そこには中庭が広がる。中央には噴水があり、清らかな水が昼夜を問わず流れ続ける。


宮殿の周囲には庭園が広がり、四季折々の花が咲き誇る。春には煌びやかな赤い薔薇が咲き乱れる。


その薔薇の美しさから、赤薔薇の王宮、と呼ばれていた。



王宮の一室、王女ジュリアの部屋――。


部屋の扉は、白い木材に金色の装飾が施されている。扉を開けると、ほのかに甘い花の香りが漂う。


子供の一人部屋としては広すぎる空間に高価な家具の数々が置かれており、天井からシャンデリアが吊るされている。


そして、壁には王女が描いた絵や、王家の肖像画、絵画が飾られている。



「姫様〜、授業の時間ですよ〜!

どこにいるのですか〜?」


丸々と太った男性が王女を探している。豊かに膨らんだ腹部は仕立ての良いベストをぴんと張らせている。


王室専属の教育係トーマス=パターソン、39歳。


落ちそうになるモノクルの位置を直し、部屋中を歩き回る。



ベッドには誰もいない。


ベッドの下を確認するが、何もない。


カーテンの束に隠れていないか確認してみるが、やはり王女はいない。



王女はすでに小学校から帰っているはずだが、個別授業の開始時刻になっても王女は姿を見せない。


トーマスは心配になり王女を探していた。



王女はまだ6歳だが、自分の立場を正しく理解していた。


将来、責任ある仕事ができるよう勉強に励んでいる。そして、稽古事を嫌がることなく真面目に取り組んでいる。


立派な王族になるだろうと周囲から期待されていた。


しかし、トーマスは王室専属の教育係として一つの悩みを抱えていた。


もしかすると、今回もアレか……? 小さな胸騒ぎを覚えつつ、トーマスは王女がいそうな場所を一つひとつ確認する。


「姫様〜、いませんか〜? 姫様〜」


部屋の中央で大きな声を出しても、反応はない。


諦めて部屋を出ようとした時、クローゼットの中を見ていなかったことに気付く。


中は真っ暗なはず、子供がこの中に隠れ続けるのは無理だろう。そう思ったが、念のためクローゼットの扉を開ける。


すると


「ばあぁっ!!」


顔をライトで照らしながら、少女が飛び出してきた。


ドレスの裾がふわりと跳ね上がり、よく手入れされた金髪がなびく。


トーマスは「ひぃ」と小さな悲鳴をあげて尻餅をつく。


飛び出してきた少女は満足げにケタケタと満面の笑みを浮かべる。この少女こそ王女ジュリアである。


「やったー! 大成功ー!」


「姫様、お戯れが過ぎますぞ!」


トーマスに追いかけられ、ジュリアは笑いながら部屋の外へと逃げ出した。



ジュリアのイタズラ衝動は不定期で訪れる。数ヶ月に一度の時もあれば、連日の時もある。


何度注意してもやめる気配はなく、トーマスの悩みの種になっていた。


笑って許せる程度であることがせめてもの救いだった。



赤い薔薇が咲いている広場まで逃げ、ジュリアは後ろを振り返った。トーマスは肩で息をしながらほとんど歩いているようなペースで追いかけてくる。


30代後半でここまで体力が落ちてしまっては将来どうなるのだろうかと危機感を抱きつつ、トーマスは必死に王女を追いかけている。


ジュリアはこのまま逃げ切ろうかとも考えたが、前方から歩いて来る青年に気付き、足を止めた。


「ご機嫌よう、デイヴィッド」


デイヴィッド=パターソン、16歳。トーマスの息子である。


眉は整えられており、瞳は澄んだ琥珀色。髪は金色で、陽光を受けると光沢が浮かび上がる。


襟元のしっかりとしたシャツを着こなし、シンプルながら仕立ての良いジャケットを羽織っている。


「ご機嫌よう、姫様」


デイヴィッドは礼儀正しく挨拶し、「危ないですよ。こんなところで走ったら」と微笑みながら忠告した。


そして、友人から聞いた不思議な話を切り出した。


「そうそう、知っていますか? 先週、宮殿の厨房で怪盗が薔薇の実のスイーツを盗んだそうですよ」


「へ、へぇ〜、そんなことが」


「でも、シェフが誤って腐った食材を使ってしまったそうで」


「えっ?」


「そのスイーツを食べたら命の危機だそうです」


「えー⁉︎ どうしよう!

病院に行かないと!」


「ふふふ、大丈夫ですよ。今の話は冗談ですから」


「えっ、冗談?」


「やはり姫様の仕業でしたか」


「えへへ。

薔薇の実が美味しそうだったから、つい……」



デイヴィッドと話していると、ジュリアは自然と笑顔になる。そして、いつも長話をしてしまうのだった。


話はデイヴィッドの学校の出来事に移り


「美術の授業でマイケルが描いた絵が……」


「あはは、兄さんったら、本当に……」


ジュリアの同級生の話となり


「それでね、その子のペンが……」


「へぇ〜、最近の文房具はそんな……」


そして、王宮での話に変わる。


「そしたら、トーマスがね。

ん? トーマス?」


自身の発言でトーマスのことを思い出し、ジュリアは振り返った。すると、ちょうどトーマスが追いついたところだった。


トーマスは大粒の汗を流しながら、肩で息をしている。


「大変そうですね、父上」


「はぁはぁ、いつもの……はぁはぁ、お戯れだ」


「ははは。姫様、もっとたくさん父をからかうと良いと思います。

なんだかんだ楽しんでますから」


ジュリアはその冗談を真に受けて目を輝かせる。


モノクルの位置を直し「勘弁してくれ」とトーマス。


「では、私はこれで。

打ち合わせがありますので」


デイヴィッドが立ち去ろうとすると、すかさずトーマスが声をかける。


「例の会議か?」


トーマスの表情にジュリアはたじろいだ。


トーマスはどんな時も笑顔でいることを心掛けている。熱を出した時ですら、優しい笑顔を浮かべていた。


しかし、今、彼はジュリアが見たことのない表情をしている。


「今からでも変更を……」


「本を読んで理論を学ぶだけでは……。

父上はいつも……」


「それはそうだが……」


デイヴィッドが困っていることを察し、ジュリアは助け舟を出そうとした。


しかし、事情が分からず、口を挟めない。ジュリアには馴染みのない単語が飛び交っていた。



デイヴィッドはジュリアの視線に気付き、「続きは家で話しましょう」とトーマスに耳打ちした。


「すまない。何度も同じことを……」


「いえ、大切なことですから……」



デイヴィッドはジュリアに向き直り、頭を下げる。


「姫様、すみませんでした。

えーと、長期の旅行を検討していまして」


「旅行? どこに行くの?」


「実は、ネビュラズに行こうかと」


「えー⁉︎ それはマズイよ!」


「ははは、冗談ですよ」


それを聞いたトーマスは苦笑いを浮かべ、デイヴィッドをたしなめる。


「嘘をつくな、といつも言っているだろ。

バチが当たるぞ」


「嘘ではなくて冗談ですよ、父上。

ジョークです、ジョーク」


デイヴィッドは姿勢を正し、ジュリアの眼をじっと見つめ、告げた。



「フォークリスタルという小国に行こうと考えています」



またしてもジュリアには聞き馴染みのない言葉だった。


「ふーん。フォークリスタルって、どんな国なの?」


暑い国だろうか、寒い国だろうか、美味しい食べ物はあるのだろうか。そんなことをジュリアがぼんやり考えていると、デイヴィッドは何の前触れもなく、その場に跪く。


父であるトーマスが見ていることも気にしていない。デイヴィッドの瞳に迷いはなかった。


「え? え? どうしたの?」


予想外の行動にジュリアは困惑する。


かすかに風が吹き込み、デイヴィッドの髪が揺れる。そして、彼の声が低く響く。


「ジュリア=ローズローズ殿下、私は必ずや国のお役に立ちます。

私の旅立ちを祝福してくださりますか?」


「は、はい、もちろんです。

実りある旅行になることを願っています」


意図を掴めなまま、ジュリアは激励の言葉を贈る。


「ありがとうございます、姫様」


デイヴィッドはゆっくりと立ち上がり、深く頭を下げる。


「では、失礼します。いずれまたどこかで」


そして、デイヴィッドは去ってゆく。



ジュリアは声をかけたい衝動に駆られた。


しかし、言葉を飲み込む。どんな言葉をかけたら良いのか分からなかったから。


遠ざかる彼の後ろ姿を、ただ眺めることしかできなかった。


かすかに吹き込んでいた風が強くなる。ジュリアの髪は風になびき、揺れていた。



「姫様」


「は、はい!」


トーマスからの呼び掛けでジュリアは我に帰る。


「授業をしますよ」とトーマスが促すとジュリアは胸を張って返答する。


「必要ないわ。今日の課題はきちんと終わらせてあるの。イタズラしたかったから」


トーマスはやれやれとため息をつく。


「では、今日の授業範囲で質問はありませんか?」


「デイヴィッドが喜びそうなイタズラってないかしら?」


「それは授業と一切関係がありません」


ジュリアは少し考え、質問をトーマスに投げかける。


「じゃあ……フォークリスタルってどんな国?」


トーマスはほんの一瞬、狼狽の表情を見せた。


「それも授業とは関係ないですね。

しかし、世界情勢に関わる大切な話題です。少し難しい話なので、機会があったら丁寧にお教えいたします」


その後、ジュリアとトーマスはゆっくりと歩きながら学習室に向かった。

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