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第18話「墓参り」

赤薔薇の王宮を離れた後、ジュリアは其の足で礼拝堂に向かった。


かつて憧れた青年に出発の報告をするためだ。


彼の墓碑は年月を経てもなお美しく、手入れが行き届いている。傷ひとつなく、光沢が残っていた。


「あなたがいたから、今の私がある。

本当にありがとう」


ジュリアはそっと目を閉じる。耳を澄ますと風の音が聞こえる。


「あなたの志は私が受け継ぐよ。

じゃあね、デイヴィッド」


そして、微笑み、一輪の薔薇を供えた。



ジュリアは次に礼拝堂内の王室墓所に向かった。厳重に管理される一室であり、限られた者しか入室を許されない。


王家の紋章が刻まれた扉をくぐると、広々とした廊下が続く。壁には王家の歴史を描いたレリーフが彫られている。


最後の扉をくぐると、白、黄色、紫、青、緑、そこには、思いがけないほど多くの花々が供えられていた。


ジュリアはその光景に思わず足を止める。


「何で、こんなに?

一体誰が……」


カーネーション、カスミソウ、チューリップ、マーガレット、ラナンキュラス、アネモネ。


さらに、菫、パンジー、ポピーまでもが丁寧に添えられている。それぞれに誰かの想いが込められているようだった。


ジュリアは墓前に一輪の赤薔薇を供え、微笑む。


「行ってくるよ、ママ。

見守っていてね」


これで心残りはもうない。いや、本当はあと一つだけ……。


その心残りを振り払い、ジュリアは礼拝堂を後にして車に乗り込む。


彼女がシートベルトを装着したことを確認し、秘書は車を発進させる。目的地は郊外の軍事基地。


市街地を抜け、街の喧騒が少しずつ遠ざかる。建物は次第に低くなり、古びた民家が見え始める。


そして、やわらかな緑の田園風景が眼前に広がる。


ジュリアが向かう基地は自然保護区を兼ねており、広大な森林や山々を所有している。その大自然の中で希少な植物や野生動物が生息している。



ジュリアは後部座席に深く座り、流れていく景色を静かに眺めた。


やがて、前方に灰色の巨大な建造物が現れると、背筋を伸ばして目を凝らす。肩がわずかに強張っている。


「あれが、白薔薇基地か」


軍の旗が高く掲げられて風にたなびき、外壁は日差しを浴びて鈍く光る。建物と門の正面に刻まれた軍のエンブレム、薔薇の蔓と棘の紋章も輝いていた。


太い蔓は防衛を、鋭い棘は進撃を意味する。敵の攻撃を阻む絶対の防御力と、敵を粉砕して道を切り拓く強大な攻撃力を象徴していた。



基地の入り口には金属製のゲートが設置されており、その両脇には衛兵が立っている。


自動小銃を構え、一瞬たりとも気を抜かず警備にあたる。


基地の外周は鉄柵によって囲まれている。高さは三メートルを超え、常に電流が流れている。


さらに、その柵に沿って等間隔に設置された監視カメラが昼夜を問わず周囲を見張っている。


たとえ監視カメラの目を()(くぐ)って鉄柵をよじ登れたとしても、最後の関門が侵入者を阻む。


基地の外周に沿って見えない壁、対空バリアが設置されているのだ。人型戦闘機や飛行艇が飛び立つ時はバリアの一部が解除される仕組みになっている。



ジュリアが乗っている車が入り口近くに停止すると、衛兵が駆け寄った。


運転席の窓に顔を近付けて敬礼し、運転手に何点か確認をする。


腰のホルダーから無線機を取り出して短いやり取りを繰り返し、車内に目を配って同乗者の確認もしていた。


衛兵が無線機をホルダーに戻し、車に向かって再度の敬礼すると、重厚な門が静かに開き始めた。



その門の向こうには広大な飛行場、訓練場が広がっていた。


「うわぁ、広いな」


あまりの広さにジュリアは思わず声を上げる。


基地の敷地がどれほどのものか数値としては把握していた。しかし、その広さを目の当たりにして、数字では伝わらない実感が胸に迫った。



いくつもの飛行艇が並んでおり、作業員達が飛行艇から物資を運び出したり、運び入れたりしている。


人型戦闘機も多数並んでいる。隊列を組んで行進している機体もある。



建物近くの駐車場に車が停まり、ジュリアは車を降りる。すると、案内係の兵士がすぐに駆け付けた。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


建物の玄関には、セキュリティゲートが二重に設置されている。


ゲートの左右には、武装した衛兵二名が控えており、無言のまま訪問者に鋭い視線を送る。


無事に入館すると、ジュリアは会議室に通される。


会議室ではスーツ姿の男性が待ち構えていた。


「ようこそ、姫さ……いや、ジュリア=イプシロン少尉」


ジュリア=イプシロン。それが彼女のコードネームだった。



「この首飾りは転彩機(てんさいき)という装置です。通称、カメレオン。

常に身につけて髪色と瞳の色を変えておいてください。

それから……」


いくつか事務的な話をした後、本題に入る。


「新型、ですか?」


まだ実戦投入されていない新型が自分に託されると伝えられ、ジュリアは思わず目をしばたいた。


彼女の表情が変化しても男は全く気遣う様子を見せず、チップをすっと差し出す。


「えぇ、新型です。

少尉が搭乗される飛行艇に格納済みです。


お手数をおかけしますが、詳細はマニュアルでご確認ください」


ホログラムは苦手なんだよな、紙の本が良かったのに。心の中で不平を言いつつも、無言でチップを受け取り、自分の腕時計型デバイスに対応していることは確認した。


「なぜ、私に新型を?」


「少尉ならうまく使いこなせるから、だそうです。

あなたは選ばれたのですよ、機体そのものにね」


男が退室し、静まり返った部屋の中でジュリアはマニュアルを起動した。


腕時計からオレンジ色の光が放たれ、機体の全体像と補足説明が現れる。


何だ、この機体は――ジュリアは声を漏らしそうになる。


新型の性能はローズローズ軍の主力戦闘機のそれをはるかに凌駕(りょうが)していた。


姿勢を正し、説明の一つひとつを熟読する。


「とんでもない性能だ。

でも、実際に乗ってみないと何とも言えないな」


ジュリアは唇を強く結び、飛行艇へと向かう。


搭乗予定の飛行艇は建物から少し距離のある場所に停められていた。受付の兵士から車を出すと言われたが、ジュリアはそれを断って徒歩で向かう。


何となく一人で歩きたい気分だった。


ジュリアは無表情のまま歩を進める。


一歩、また一歩と近付くにつれ、飛行艇と戦闘機の姿が徐々に明らかになる。


新型は仰向けにされて飛行艇に格納されていた。しっかりと固定されているが足や腕など一部が飛び出している。


「あれが私の機体」


純白の外装が日差しを受けて光輝き、その光を眺めるうちにジュリアは不意に立ち止まった。


吹き抜ける風が、彼女の髪を揺らす。


ジュリアはしばらくそのまま立ち尽くした。そして、深く息をしてから笑みを浮かべる。


「大丈夫だ。

できる、私なら。

必ず……」


ジュリアは大きく踏み出した。

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