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第15話「ジュリアの筋書き」

「いいわよ、話を聞かせて」


マリアンジェラは、ジュリアの顔をじっと見つめる。


ジュリアは(うなず)いた後、机の上の書類に手を伸ばした。


「あの少女がナイフを持って走り出した瞬間、お母様の安全確保が最優先だと思いました」


一旦言葉を切り、ジュリアは書類に目を落とし、印を付けてある箇所を指でなぞる。


マリアンジェラは何も言わず、穏やかなまなざしで続きを待つ。


「テロリストの銃が落ちていることに気付いていました。なので、最初に思い付いたのは、銃を拾って少女の足を撃つことです。


しかし、銃を手に取っても私は撃てないかもしれない。その可能性が高いと判断しました。


そこで別の策を模索し、より安全で有効な一手があることに気付きました」


マリアンジェラはあえて眉をひそめ、話の内容に見過ごせない点があったかのように振る舞う。


「その一手というのが盾になることなの?

安全だったとは思えないわ。

あの少女が立ち止まらなかったら、あなたは……」


しかし、その指摘に対して「問題ありません」とジュリアは微笑む。


「このような場合に備えて格闘術を習得しています。

あの少女が止まらなかった場合は、ナイフを蹴り飛ばして拘束するつもりでした。


傷一つ負わずにお母様を守り切れたと思います」


予想通りの返答だった。しかし、マリアンジェラはしばし言葉を(つむ)ぎ出せなかった。


ふと彼女の視線は机の上へと移る。そこには一輪の薔薇が飾られていた。


それはジュリアが庭に植えた薔薇の木から剪定された花だった。


「そうだったわね。

あなたは――」


ジュリアが埋めた種は9年の時を経て立派な大木となった。見事な花を咲かせ、来年には果実が実ると言われている。


マリアンジェラはいつもの落ち着いた表情に戻り、ジュリアに語りかける。


「あんな状況でもあなたにとっては全く危険ではなかったのね。


いつの間にか、私の予想をはるかに超えて頼もしくなっていたのね」


賞賛の言葉を受け、ジュリアはわずかに微笑む。


指先で用紙の向きを軽く整え、続きを語る。


「私が目指したのは、お母様と自分の安全を確保しつつ、あの少女の安全も確保して生き延びてもらうことです。


なぜならテロリスト達を尋問し、事件の背景を明らかにする必要があると思っていたからです」


「事件の背景?」


「実は、警察からの要請があり、王鎖の監獄に行って参りました」


***


数時間前――。


王都から少し離れた山道をジュリアを乗せた車が駆け抜ける。山道はなめらかな曲線を描きながら続く。


車の窓を開けると澄んだ空気が流れ込み、頬を撫でる。目の前には広大な自然が広がっている。


王都から離れた山間にその監獄は存在する。


通称、王鎖の監獄――。


重罪を犯した者達が収監される厳重な監獄である。


国民の多くはその存在を知らず、地図にもその場所は記されていない。



ジュリアは警察からの要請を受け、監獄へと赴いた。


長い廊下を抜け、黒く分厚い扉の向こうへと案内される。


その部屋の中央には、鉄格子が立ちはだかる。格子の隙間は狭く、腕を差し込むことすらできない。


そこは囚人との面会室だった。



クインテッセンスで事件を起こしたテロリスト達は一向に口を割ろうとしなかった。しかし、たった一人、マリアンジェラに襲いかかったあの少女だけは尋問に応じると約束した。


だが、彼女は条件を出した。その条件とは、尋問の相手を指名すること。


彼女は王女ジュリア=ローズローズを指名したのだ。



面会室に扉が軋む音が響き、少女が姿を現す。手枷をはめられており、着ているのは粗末な囚人服。


鉄格子を隔てて、二人の視線が交差する。


***


「少女への尋問により事件の背景が少しだけ明らかになりました」


今回の一件は小国フォークリスタルの過激派による犯行。


滅ぶべきは解放軍。そして、ローズローズ王国が解放軍を支援したせいで戦いが長引き、祖国は甚大な被害を被っている。それが彼らの主張だった。


国王と直接の交渉するため、テロを起こして王妃への接触を図った。


残念ながら、作戦立案の経緯について少女は知らされておらず、何の情報も得られなかった。


「少女への尋問を終え、王宮に舞い戻った次第です」


「あんなところまで行ってきたのね」


「先ほど申し上げた通り、奴らの正体はフォークリスタルの過激派でした。


お母様、おかしいと思いませんか?」


突然の問いかけに驚き、マリアンジェラは何度もまばたきをする。


「……おかしい?」


彼女は必死に話を振り返った。


どこかに矛盾はなかったか。見落としはなかったか。


しかし、どれだけ思い返しても、不審な点は見つけられない。


「ごめんなさい、おかしなところはなかったように思うのだけれど」


すると、ジュリアは身を乗り出す。


「彼らは我が国の警察や軍を出し抜いてテロを成功させました。


今回の事件は小国の一勢力だけで起こせるものではありません。


彼らを手引きした黒幕が存在するはずです」


その指摘に、マリアンジェラは思わず目を見開く。


「たしかに……」


「その黒幕は我が国と同等の力を持っている組織であることは間違いありません」


敵対する大国の存在がマリアンジェラの脳裏をよぎる。


「共和国ネビュラズ」


マリアンジェラの声が部屋に響き、ジュリアは深く頷く。


「今回のテロ事件、フォークリスタル過激派から我が国への交渉としては無意味な愚策です。


しかし、黒幕による我が国への何らかの攻撃であった可能性が高い、私はそう考えます。


そこにはどのような思惑があったのかは分かりません。その狙いを早急に突き止める必要があります。


一人が尋問に応じた以上、他のテロリストも尋問に応じるはずです。

次第に事件の背景も明らかになると思います。


私の行動は黒幕に対する最大限のカウンターとなった、そう自負しています。


お母様、どうでしょう?」


ジュリアの澄んだ瞳には確かな光が宿っていた。


マリアンジェラは黙考し、ジュリアの説明を反芻する。


やがて、顔を上げ、ジュリアを見つめる。


「筋は通っていると思う。

あなたの行動は適切だった。あの少女を安全に確保した功績はたしかに大きいわ」


その言葉を聞いた瞬間、ジュリアの肩から力が抜ける。


「良かったぁ」


小さな声で呟く彼女に、マリアンジェラは微笑みかける。


「でも、あの少女が尋問に応じてくれるって良く分かったわね」


「何とな〜く、あの子とは分かり合えると思ったんです、えへへへ」


ジュリアは頬を染めながら言葉を紡ぐ。



その表情からマリアンジェラは思い出す。


ジュリアが自分を母だと認めてくれた日のことを――。



そして、気付く。


王鎖の監獄でジュリアが少女と話した内容、ジュリアが少女と分かり合えると思った理由、それはおそらく――。


***


鉄格子を隔てて、二人の視線が交差する。


そして、少女はジュリアに問う。


「何であんなことを?」


「あんなことって?」


「王妃の盾になろうとした。

自分の身を挺して」


少女は淡々と言葉を続ける。それに対し、ジュリアも淡々と答える。


「大切な母だからよ」


「母のためなら死んでもいいって思ったの?」


ジュリアはすぐには答えなかった。少し考えを整理する。


そして返答する。


「あの時は……一瞬の内に色々と考えた。

それで、あなたは私と同じだって思った」


「同じ? 私とあなたが?」


「あなたはお母さんのことが大好き。

そして、本当は誰も殺したくない。

それがあなたの本心。


私が母の盾になったら、きっと自分の本心を思い出す。

きっと踏み止まってくれる、そう思った」


「自分勝手な妄想ね」


「そうだね、ただの妄想だ。

愚かな選択だったかもしれない」


「……でも、私は立ち止まった」


そう言ったきり、少女は反応を示さない。無表情で目を伏せる。


少女の口が開くのをジュリアはじっと待ち続ける。



やがて、少女は静かに息を吐いた。


「私は立ち止まった。

だから、王妃もあなたも生きてる。

そして、私自身も」


少女は語る。ジュリアの言う通りだと。


「母のことが大好きだった。だから、母の命を奪った反乱軍が許せなくて、作戦に協力した。


作戦が失敗して、ショックで自暴自棄になった。もう王妃を殺してしまおうって思った。


でも、あなたが盾になった時、気付いたの。

私が殺そうとしている相手もあなた達の大切なお母さんなんだって」


少女はまた少し沈黙した後、ふっ、と小さく笑う。


「質問に答えるわ、何でも聞いて。

ただし、私はそれほど詳しくは知らないけどね」


***

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