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第13話「お前らのせいで」

部屋に煙が充満し、そこから先は一瞬だった。


その煙には緩やかに眠りへと誘う効果があり、客もテロリストも段々と頭が働かなくなる。


ジュリアは煙の効果を察知し、息を止めた。



テロリスト達は意識がぼやけたところで、麻酔銃で撃たれ、数秒で眠りにつき倒れてゆく。


耐性があり、麻酔銃が効かない者もいた。その数名に対しては、特殊部隊が煙に乗じて接近し、銃を奪って拘束した。


部屋に充満していた白い煙が、徐々に薄れていく。客達の視界が鮮明になった時、テロリスト達はすでに無力化されていた。


マリアンジェラは部隊に礼を伝え、他の客達を先に誘導するようお願いしていた。


立ち上がれる客から順に誘導されている。


事件は無事に解決した、誰もがそう信じていた。



だが、ジュリアはまだ立ち去れずにいた。彼女の目は、何かを探るように鋭く細められている。


部隊の者が「そろそろお帰りください」と促しても、首を横に振り、動こうとしなかった。



――何かが引っかかる。


部隊が突入すれば事件は終結する、そう思っていた。でも、本当にそうなの?


説明できない感覚が、ジュリアをその場に縛り付けた。


「この違和感は何……?」


小さく(つぶや)き、あたりを見渡した。


足元には割れた皿やグラス、テロリストの銃が転がっている。テロリスト達はヘルメットを外され、武器を奪われて手錠をはめられている。


不審なものは見当たらない。



今度は耳を澄ましてみる。すると、かすかな音が耳に届く。


「……て? どう……?」


誰かが(ささや)く声のように聞こえる。


ジュリアは足音を忍ばせながら、声の主を求めて一歩、また一歩と移動する。



床に転がっているテロリストの一人、ジュリアに話しかけた少女。


ヘルメットを外され、武器になりそうなものは全て奪われて、手錠をはめられている。


少し日焼けした肌が露わになっている。仰向けで倒れており、ショートカットの黒髪が額にかかっている。


彼女の目が薄く開く。


麻酔銃の効果が切れ、目を覚ましていた。眠った振りをして反撃の機会を虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。


手錠をはめられているように見えるが、すでに外してある。


彼女はそっと周囲を見回し、王妃の位置を確認する。


武器になりそうなものを探してみると、近くのテーブルにローストビーフとカットサービス用の包丁がある。


「どうして……? どうして?」


長年(こら)えていた想いが声となって少しずつ(あふ)れ出す。



特殊部隊が客の誘導を始め、王妃の周りには誰もいない状況となる。


少女は立ち上がると同時に叫ぶ。


「どうしてっ⁉︎ 

解放軍なんて支援するんだぁー⁉︎」


その叫び声でジュリアは危機を察知する。


テロリストは包丁を手に取り、王妃に向かって走り出す。


「お前らのせいでっ!! 母さんはぁー!!」


特殊部隊は完全に油断していた。事態を把握するのに時間がかかり、反応が遅れる。


何が起きているのか王妃マリアンジェラが気付いた時には凶刃が近くに迫っていた。


刃が目に入った瞬間から、周囲の音は彼女の耳に届かなくなる。そして、彼女の眼には全てがゆったりと映る。



テロリストがじわりじわりと近付く。彼女の髪が空中に舞い上がってなびく。唇が引き締められている。目からは涙が滴り落ちる。


特殊部隊が麻酔銃を構えようとするが、手間取っている。


そして、ジュリアがマリアンジェラの前に走り込む。髪が大きく弧を描き、ドレスが揺れる。


床には銃が落ちていた。弾は装填されており、安全装置は外されていた。


しかし、ジュリアは銃を拾うことなく走り出したのだった。



王の言葉がマリアンジェラの脳裏をよぎる。



国のため命をかける覚悟はあるが、敵であっても殺したくはない。そんな考えで戦場に出たらどうなるか、少し考えれば分かるだろう。


誰かを守るためならば、お前は命を捨てて盾になる。それしか選択肢がないからだ。



包丁の角度が変わるたびに、光が刃の先端から柄までを覆い、カーブに沿って広がり、一部が白く輝く。


ジュリアは両手を大きく広げ、盾になろうとしている。


――駄目よ、ジュリア!


呼びかけたくても声を出せない。動けない。何もできない。



そんなもの、名誉の戦死ではない!

ただの無駄死にだ!


王の言葉が再びマリアンジェラの脳裏をよぎる。


天井から吊るされたシャンデリアのクリスタルが煌めき、細かい光の粒が部屋中に散らばる。その一つ一つが包丁の表面に映り込む。


テロリストが眼前に迫る。


マリアンジェラは最悪の事態を予感し、目を瞑る。かすかに震える指を握りしめる。



数秒後、マリアンジェラは恐る恐る目を開く。


すると、テロリストは立ち止まっていた。包丁はジュリアの腹部まであと数センチほど。


「何で、庇うの?

……うっ⁉︎」


少女がうめき声を上げると、彼女の身体はふらりと揺れた。そのままゆっくり傾き、そして、倒れる。



ジュリアは急いで振り返り、マリアンジェラの安否を確認する。


「無事ですか⁉︎ お母様⁉︎」


「え、えぇ、大丈夫よ。ありがとう」


ジュリアに声をかけられ、マリアンジェラは自分の鼓動が激しくなっていたことに気付く。


特殊部隊の者達も駆け付けて、マリアンジェラに謝罪する。


彼らにマリアンジェラを託し、ジュリアは少女のそばに歩み寄る。


特殊部隊がテロリストの少女に手錠をかけたが、彼女はピクリとも動かない。再び麻酔銃で撃ち抜かれたのだ。



「お前らのせいで母さんは、だったかな?」


ジュリアはポツリと呟く。そして、倒れている少女のそばにしゃがみ込んだ。彼女のドレスは床に触れて、わずかに広がり、淡い光沢を放つ。


そっと手を伸ばし、少女の頬に触れた。彼女はただ静かにその場にたたずんだ。

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