中西茜③
金曜日になると体が重くなる。蓄積した疲れがどっと押し寄せてくるので、ぼやけながら準備をした。
歯を磨きながら、いつも通りスケジュール帳に目を通す。昼には麻依ちゃんに会うので、今日は変則のスケジュールになる。家を出る前に大まかに当日のスケジュールを見直すのはこの仕事に就いてから続けている習慣だ。
起きてすぐにシャワーを浴びているので、歯磨きを終えると髪を乾かした。ずっと、麻依ちゃんに話すことが錯綜している。
こうやって、平日はほとんどの時間を仕事に充てている状況だ。これを私は変なことだと思っていないし、嫌だという気持ちがない。自然と頭の中に湧いてくる意思を処理しているだけなのだ。
ただ、同級生や同僚の話を聞く限り、それでいいわけではないのも頷ける。一応、二十代後半の女性としての人生もある。結婚願望も実はあるのだ。
思い出すように自分のスマートフォンを拾い上げた。サイネージにメッセージを受診していたのを確認して、額に左手を置いた。
ごめんなさい。仕事が終わったらそのまま寝ちゃった。今日もがんばろうね。
ほとんど彼のメッセージに目を通さないで、返信だけ打った。そのまま、仕事用のスマートフォンを見て、内容を確認した。昨日は夜の十時まではパソコンに向かっていたが、眠気を感じて横になったらそのまま寝てしまっていた。出来れば、彼とチャットもしたかったし、スーツのままで寝ていたので気分の悪い目覚めだった。
明日会う約束をしているので、ゆっくり話そう。楽しみな気持ちもないわけではないが、普段の罪悪感を消したいという後ろめたさが勝っている気がする。
なんか、こういうものではないはず。
ぼんやり考えている暇はない。朝の時間は重要だ。データ確認や連絡、仕事の整理をすることで一日の流れが変わってくる。そして、今日は夜に予定があるのだ。あまり遅くなりたくない。
テーブルに座り、化粧を始めた。そんなに力を入れていないので、時間はかからない。テレビのニュースを耳に流しながら準備を進める。朝のニュースはコーナーで時間が決まっているため、時間の目安にもなるので便利だ。お天気キャスターの数分間のお天気コーナーになると、出ないといけない時間になる。
準備が終わると、鞄に充電をしていたパソコンやタブレットを入れた。今日はお泊りセットをまとめたバックも持って行かないといけない。車で出勤できるメリットとしては、このような荷物をトランクに入れておけることだ。運転もプライベートでの使用は事後で申請すれば問題ない。
私は独身だが、車は持っている。元々直営店で勤務している頃から車の運転が好きだったので、お金をためて中古のマーチを購入していた。この役職の独身者は二台も保管したくないという理由で車を持たない人は少なくない。特に同期の女性陣はほとんど車が無いので、いつも私が運転役をしていた。ただ、今日は会社の車を借りることにした。家に帰ると更に遅くなってしまう。
いつもよりも多い荷物を玄関に置くと、部屋の明かりとテレビを消した。忘れ物が無いか最後に確認をしてから家を出た。
午前中もスケジュール通りこなすと、いつもとは違うルートで麻依ちゃんの店舗へ向かう。少し前までは気軽に話せた仲から、若干の緊張を持って話す相手になっている。ビジネスの付き合いなので当たり前なのだが、正直寂しい気持ちだ。
彼女の本音が分かればいい。問題は、彼女の気持ちを汲み取れないことだ。私の仕事はただの営業ではない。店舗の経営者や従業員の抱える悩みの解決も出来る限りは対応をしていく。普段からのそういった付き合いが信頼に繋がり、店舗で一緒に取り組める関係を構築できるのだ。
新人の頃に比べて、相談への解決方法の提示が速くなっている。それが私自身の成長でもあるし、店舗にとって必要とされる経営相談員になっているはず。他の店舗では、その信頼を少しずつ実感できるようになっていた。それなのに、矛盾するように麻依ちゃんは私に距離を置いていく。
話しにくく接した記憶はない。確かに、仕事が増えていくうちに以前ほどは彼女の会えなくなっていた。しかし、それが明らかに彼女を不安にさせるほどは離れていないはずだ。
無理やり仕事をさせられているなんて思っていない。ただ、この仕事に中途半端な気持ちで臨んでいるわけではない。だから、麻依ちゃんが私に不満があるのであれば、本音で話してほしい。
考えている間に、店舗近くのコインパーキングについた。昼前には満車になる日が多いのだが、一台だけ空いていた。約束の時間よりは少し早い。駐車したら、パソコンを開いてメールの返信をしながら待った。
会議の際に、アルバイトを二人採用したと聞いた。二人とも女性らしいが、パートの宮田さんの娘ともう一人は知り合いとの話だ。麻依ちゃんの紹介ではなく、偶然この店舗へ面接に来たらしい。
シフトの空きがあったとの話なので、ここで募集が来たのは大きい。宮田さんも真面目なパートで、娘も似たような真面目な子だったと嬉しそうに話していた。
久しぶりに夕方にも顔を出さないとな。
麻依ちゃんが夕方にいられないので、夕方の主力のアルバイトの北村さんへも会いに行っていた。私から直接の指示はできないが、彼女の言葉を聞いて麻依ちゃんに伝えたり、夕方の勤務状況を確認したりしていた。
時間になったので、エンジンを止めて車を出た。鞄にパソコンやタブレットをいれるとそのままトランクにすべてしまい込んだ。手ぶらのまま店舗へ向かった。早めに行くと麻依ちゃんにプレッシャーをかけそうだったので、あえて時間通りの到着だったと思ってもらうためだ。
「おはようございます」
昼だが、いつも通りの挨拶をしながら入っていく。お客様に挨拶と会釈をしながら事務所へ向かう。社員証を首からかけているので、無言で入っていくことはできない。そのまま店舗奥の事務所に入った。
「おはようございます」
入ると、午後一時からのシフトの従業員と麻依ちゃんが朝礼をしている。みんな挨拶をしてくれたが、直ぐに朝礼を再開した。もう少し後に入っても良かったかなと反省をした。
「それでは、よろしくお願いします」
麻依ちゃんが笑顔で話すと、みんなが事務所を出ていった。一呼吸おいてから、こちらを振り返った。ユニフォームは既に脱いでいて、ダークグレーのパンツに彼女のお気に入りであるピンク色の襟なしブラウスを着ていて、その上に同じダークグレーのカーディガンを羽織っている。靴はいつものスニーカーではなく、平たいパンプスを履いていた。
「おはよう。ごめんね、もう少し待てるかな」
「大丈夫だよ。気にしないで」
今度は帰ってきた前のシフトの従業員と話し込んでいる。感情をすぐに出してしまい、周りに気を遣えなかった頃が嘘のように周りを見て行動をしている。もしかしたら、それが辛いのか。疑ってみたものの、目の前で話す彼女の姿に嘘や偽りはなさそうだ。
誰が見ても、彼女ならどの店舗でもやっていけると思うはず。なぜ、この彼女が悩んでいるのだろうか。
「お待たせ」
くるりと振り返ると、私に笑顔を向けた。まだ二十代前半のあどけなさはあるものの、この年代にしては疲労感が見える。大きな目に整った顔立ちの美人で、真っ黒な髪を一本に束ねているがほどくと肩までは届きそうだ。身長は私同様低いが、彼女は素早く動くので小動物のように見えてかわいらしい。しかも、接客が得意で多くの常連さんが彼女目当てで来店しているようだ。
「ごめんね、今日も忙しいのに」
「何言っているの。呼んだのは私だよ。さあ、行こうよ」
首を傾げて見せた。近くにあったハンドバックを持って、彼女は事務所を出た。
「では、少し出てきます。何かあれば電話ください」
柔らかい口調で従業員に話しかけた。
駅に近い店舗なので、大体の施設はここから歩いた先にある。二人でよく行く喫茶店も店舗から五分とかからない場所に位置している。平日の午後だが、そこは人気のチェーン店。ぎりぎり空いている席に座ることが出来た。
店内は賑やかだった。子供の声も聞こえる。比較的入りやすい店舗のため、子供連れの母親たちの集まりもちらほらいた。
「このくらいの方が話しやすいね」
笑顔を崩さずに、麻依ちゃんは呟いた。
「茜ちゃんはお昼ご飯食べる。私、お腹すいちゃったよ」
あどけない笑顔で、彼女は私に問いかけた。ここまでは、いつもの麻依ちゃんだ。
「うん、私もまだお昼ご飯食べていないから」
そう言って、二人でナポリタンスパゲッティを頼んだ。飲み物は、麻依ちゃんはコーヒーで私はお気に入りのクリームソーダにした。
「そういえば、茜ちゃんはパソコン持ってきていないけど平気なの」
気が付いた彼女が心配そうに答えた。
「大丈夫。緊急時は電話くるから。この時間は麻依ちゃんと話すのに集中したいからおいてきた」
私なりの姿勢を示すため、わざと置いてきた。別に持っていても使う気はなかったが、相手にもわかりやすく見せるにはこの方がいいと感じたのだ。
「そんなにシリアスなものじゃないよ」
「そうではないの。最近一緒に色々話せなかったのが、私として嫌だったから。他に邪魔されないように仕事してきたから、この時間は二人で話そうよ」
申し訳なさそうに、彼女は下を向いた。そこまで深刻になる必要はないのに、最近の彼女は余計に物事を考え過ぎているように見える。
「別に仕事がうまくいっていないわけじゃないし、茜ちゃんに心配させているのが申し訳ないだけだよ。私は大丈夫」
「プライベートな話ってことかな。私も麻依ちゃんとは長く仕事をしているから、言わなくても悩んでいるのくらいわかるからね」
じっと彼女に視線を向けた。ばつが悪そうに、彼女は目を逸らした。
「いや、だから、茜ちゃんに相談することではない」
「麻依ちゃん、それは違うよ。私は麻依ちゃんとここまで一緒にやってきた自覚があるの。だから、麻依ちゃんが迷っていれば最大限力になりたい」
ここは力を込めて話した。自分の成績のためではない。麻依ちゃんの気持ちを少しでも軽くしたかった。
「うーん」
麻依ちゃんは腕を組んで、唸り声をあげた。やはりこの人は頑固だ。
「麻依ちゃん、いい加減にして。隠し事はなしでしょう」
本当は経営相談員のままで進めたかったが、ここまで来たら仕方ない。いつもの口調に崩してため息をついて見せた。彼女にはこちらの方が効果はある。
「わかったよ」
やはり、この方法が良かったようだ。口元が緩んでいる。このタイミングでちょうどよく、ナポリタンが運ばれてきた。
「食べながら話そうよ」
そう言って、しばらく二人はパスタを口に入れた。麻依ちゃんは頭に考えを巡らせるタイプなので、答えるまで時間がかかることがある。しばらく食べながら、彼女の発言を待つことにした。本音を言えば、かなり空腹だったので無心で目の前のパスタを食べたかったのもあるのだが。
「ねえ、茜ちゃんはこの先どうなっていこうと思う」
想定外の質問に、一瞬ためらった。しかし、話を逸らそうとしているようには見えない。彼女の悩みに関連しているのだろう。
「この先って、将来の話」
「そう、茜ちゃんのこれからの理想のキャリア」
偶然なのか、この質問が出るなんて。私も悩んでいる中で、なんと答えていいのかわからない。私が逆に悩みを話すのもおかしいが、嘘はつけない。
「いいにくいよね。でも、茜ちゃんたちはずっと経営相談員をするわけじゃなくて、本社で仕事したり地区のマネージャーになったりするわけだよね。昔の相談員の人から教えてもらったから何となくは分かるよ」
麻依ちゃんは私の無言を、気を遣ってのものだったと誤解したようだ。本当は言葉に詰まっていただけに、ここは助かった。
「まだ、細かくは自分では決めていないけど・・・」
「でも、茜ちゃんは次のステージがあるよね。新浜さんも旅立っていった。じゃあ、私のこの先は何があるのかな」
言葉が一度出ると、あっという間に話した。つまり、彼女は自分自身のキャリアに悩んでいるのだ。ただ、仕事を辞めたいとか、そういった話ではなさそうなので安心した。
「麻依ちゃんのこれからか」
「そう。別にこの仕事が嫌いなわけではない。でも、みんな私を置いて次の世界に飛び立っていくのに私だけこの世界に取り残されてしまって」
「そんなことないよ・・・」
ここでいい答えを出さないといけないのは分かっていた。しかし、私自身も悩んでいるので的確な言葉が出ないまま、詰まってしまった。
「茜ちゃんにはわかりにくいかもしれないけど、この仕事は何年も同じことの繰り返し。みんなは次々に巣立っていく中で、私は同じ世界の中でみんなの背中を見守るだけ」
アイスコーヒーをストローで混ぜながら、彼女は淡々と話した。ある程度仕事が出来るようになってきたからこそ出てくる悩み。彼女はわかっているはず。本当はそうではないと感じているが、自分を納得させられる答えが見つかっていないからこそ悩んでいるのだ。
「そんな風に感じていたの」
「毎日は楽しいよ。それに、やりがいも充分ある。まだまだ成長しないといけないと感じているけど、もっと先を考えた時に、私はみんなとこれからも同じ目線で話を出来るようになるのかなって不安になるの。おかしいよね」
「そんなことないよ・・・私だって・・・」
同じ言葉しか返せないのがもどかしい。これでは、せっかく相談をしてくれた麻依ちゃんの期待に応えられない。
「気持ちをわかろうとしてくれるだけで嬉しいよ。ありがとう」
彼女は優しく私に笑顔を向けた。この笑顔に諦めが含まれているのも十分わかっている。だから、今日の麻依ちゃんとの話し合いは失敗だ。
「茜ちゃんが悩まないで。聞いてもらっただけでも気持ちが楽になったよ。いつも親身になってくれるから、本当に感謝している」
気を遣ってもらっているのが更に私の心を締め付ける。慰めてほしいわけではない。私の仕事は問題を解決しなければならない。結果に繋がらないのであれば私の存在価値はないに等しい。
「ごめんね。聞いておいて全然力になれなかった」
「本当に大丈夫。茜ちゃんは心配し過ぎだよ」
お互いに神経質。だから気が合うのかもしれないが、これは短所なのかもしれない。お互いの気持ちを考え過ぎて、結局こうやって悩んだ時に本音が言えないのだ。
「むしろ、茜ちゃんは最近どうなの。彼氏とかできたの」
話を逸らそうと、私に話題を切り替えてきた。どうしてか、今日の麻依ちゃんは私が聞かれたくない話ばかりを持ってくる。
「変わりないよ。毎日仕事で手一杯」
「せっかく美人なんだから、もったいないよ」
「お世辞ってわかっているけど嬉しいよ。ありがとう」
わざとらしく、手を振って見せた。仕事漬けなのは半分本当なので、素直に答えられた。彼女は不満そうな表情を浮かべる。
「お世辞じゃないよ。茜ちゃんだって、やりたいことあるでしょう。いつも仕事ばかりに見えるから心配だよ」
「意外と遊びにいっているよ。最近はプライベートも結構充実してきたの。だから、私は大丈夫だよ」
早めにこの話題を切ろうと、言葉を最小限に話す。余計なことは言わないように気を付けよう。言葉を繕えない性格なのは重々承知している。
「そういえば、お知り合いは採用したの」
何とか、話題を逸らせた。しばらく私を見つめていた彼女も、諦めて息を吐いた。
「菊川さんは働いてもらっているよ。今川さんとも仲良くやれているし、物覚えが速くて気遣いが出来るから採用してよかったよ」
言葉とは裏腹に、目線は下を向いた。あまり採用したくなかったという本音が、態度からも出ている。
「どういう関係なの」
「そこまでは深くないの。高校時代の教育実習生で、学園祭の手伝いや学級委員をその時は私もしていたからよく話す機会も多かったんだ。彼女も明るくてみんなとすぐに打ち解けていたから、すごく慕われていたし」
教育実習か。私はほとんど記憶にない。とはいっても、麻依ちゃんと違って学生時代は大人しくて友達も最低限にしかいなかった学生時代を過ごした私には、きらきらした思い出はないのだが。
「そうか、やりにくいのかな」
「本心はやりにくい。でも、手放すにはもったいない人材だよ。ただでさえ、軸になる従業員が抜けたのだから」
新浜さんの名前をあえて出さなかった。彼女は麻依ちゃんの気持ちを理解して、周りのパート従業員とのパイプ役になってくれていた。意見のぶつかり合いはあっても、嘘が無くお互いに遠慮をしないで意見が出来る関係の人間が消えたのだ。コンビニは人の入れ替えが頻繁にあるが、そういった貴重な存在が離れるのは店舗を経営している人間からすれば精神的にも辛いものだ。
「そうだね。どうなるかわからないよね。頑張ってくれているなら、よかったよ」
「せっかく理想のお店が出来てきたところでしょう。ここで崩すわけにはいかないよ」
麻依ちゃんは、残りのコーヒーを飲みほした。そろそろ戻る時間だ。私は既に飲み終わっていたので、最初に運ばれてきた水を口に含んだ。
会計を済ませて、外に出た。今日は晴れていて日差しも強い。これから更に気温も上がっていく予報だ。
「ありがとう、茜ちゃん」
外に出ると、伸びをしながら私に麻依ちゃんが言った。
「いや、私こそ久しぶりにこうやってお話出来てよかったよ」
うまくはいかなかったが、麻依ちゃんの本心が分かったのは大きな成果だ。あとは、その悩みに適した回答を考えればいいのだ。
でも、それには自分自身を見つめ直す必要があるな。
「どうしたの」
私の表情に気が付いて、彼女は怪訝そうに訊ねた。
「いや、なんでもない。でもね、麻依ちゃんも今までみたいに私のスケジュールを気にしなくていいから、なんでも話してほしいな。もちろん、そうやって話しにくくしてしまった私の行動がいけなかったのだけど」
「そんなことないよ。でも、茜ちゃんが忙しそうにしているのを見て、寂しくなっていたのは事実かな。私がこれまでやって来られたのは、茜ちゃんなしでは考えられないから」
照れ臭かったのか、彼女は俯きながら話した。胸の奥がゆっくりと熱を帯びてくる。この言葉が一番言われると嬉しい。ただ、これで有頂天になっていてはいけない。
「また一緒に頑張ろう。これからもよろしくね」
駅前で解散となり、店舗に歩く麻依ちゃんの背中を見送ってから駐車場に戻った。
鍵を開けて、エンジンキーを回した。そのまま一度出ると今度は後部座席に座った。置いてある大きな猫の顔型クッションを抱き寄せると、目をつぶった。
完全に失敗だ。私自身が迷っていては、彼女に寄り添うなんて不可能だ。
悔しさや悲しさを感じると、このクッションを抱きしめてこうやって考えるようにしていた。小さな頃は、悲しいことがあると実家で飼っている猫を抱きしめて気持ちを静めていた。触られるのが嫌いな猫だったが、私の表情が暗いといつも自分から寄ってきて励ましてくれた。その癖から、猫のクッションをこうやって抱きしめるようにしていた。
仕事中にこんなになるなんて、まだまだ未熟だ。
改善を促していく存在として、勝手に理由を付けて逃げている私自身の今を変えていかなければならない。一度強く瞑ってから、ゆっくりと目を開けた。