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山内麻依③

 土曜日は午後に顔を出して、簡単な作業をするだけにしていたのに。

 早朝の電話で一人の欠員を知らされて、急遽出勤する羽目になった。朝から掃除をするために起きていたので準備は間に合ったが、休みだった夫の浩紀を起こしてしまったのが申し訳ない気持ちでいっぱいだった。息子の颯にも一緒にアニメを見る約束をしていたのに、それも出来なかった。

 二人とも慣れているのか、文句も言わないで送り出してくれる。

「ママ、大変だから一緒に留守番しよう」

「うん、ママ頑張って」

 しゃがんで目線を合わせた私の頭を、小さな手で撫でてくれた。

「ごめんね。終わったらすぐに帰るからね。あなたもごめんなさい」

 手を振ってくれる二人に、後ろ髪をひかれながら店へ急いだ。学生の従業員が風邪をひいた欠員。仕方ないが、憂鬱になってしまう。早く治してくれればそれでいい。表向きはそういうしかない。

 くそ、タイミング悪いな。ふざけるなよ。

 本当の私が舌打ちをする。心の中なら、発言に気を遣う必要はない。こうでもしないと、表向きにいい言葉が出なくなる。

 私だって一人の人間だ。休みたい日だってあるし、息子との時間はかけがえのないものとして最優先にしたい。しかし、店舗の責任者をしている限りはそうはいかない。お迎えのために夕方のシフトを免除してもらっているだけ、環境は悪くないと言い聞かせる。

 朝の作業を手伝いながら昼の作業もやりたかったが、お店は混雑していた。売上がいいのはありがたいという気持ちは半分、ヤキモキする気持ち半分でこの時間を過ごした。

 十一時になる前に、事務所に北村が来た。

「おはようございます」

 大きな口で笑う明るい性格で、お店の雰囲気を明るくしてくれる大事なリーダーだ。昔、店舗で困っているところを私が助けたのをずっと覚えており、大学進学でアルバイトを始める際に迷わずこの店舗を選んでくれた。そのため、私への気遣いが強く、頼りにしていた。

「あれ、午後一時からじゃなかった」

「グループのチャット見ていたら、今日欠員出るみたいでしたから。朝は暇だったので早めに入りますよ」

 一本に縛った髪に、いつもかわいらしい髪留めを付けている。高校まで部活を続けていた影響でがっしりしているが、太っているわけでもない。切れ長の目に大きな口で、化粧の仕方次第でもっと美人になるのだろうが、そういったものには興味がないと話していた。

「そんな、私もいるから大丈夫だよ」

「副店長、今日は颯君といる日だったじゃないですか。私が売場出ますから、作業進めてください」

 こんな気遣い見せてくれるのは、彼女位だ。嬉しいが、あまり甘えすぎないようにとためらいが生まれる。

「でも、最近頼りすぎている気がするけど・・・」

「気のせいです。むしろ、もっと頼ってください。大学も落ち着いてきたので」

 嘘はついていないのだろうが、こちらはやはり遠慮してしまう。この性格なだけに、大学でもサークルに入っているし、友達は多いみたいだ。楽しい時期なのは想像できるので、それをアルバイトで邪魔をしたくない。

「北村は信頼しているから、遠慮もせずに話をさせてもらっているよ。だから、北村も困ったら、いつでも相談してほしい」

「そうですか」

 太陽に雲がかかるように、一気に彼女の表情が暗くなった。想定外に、悩みを抱えているようだ。

「今度、お時間を頂いてもよろしいでしょうか」

 こういう切り出しの際は、退職やシフトを短くするような暗い話題が多い。自身の今までの経験上、いい話ではないのは確かだ。それと同時に、このテンションの場合はあまり時間を置かない方がよい。

「もちろん、いつにしようか」

「後程、チャットさせてください」

 おそらく、みんながいる状況を避けたいようだ。そこまでの話なら、外で相談を聞いた方が得策だ。平日になると彼女は夕方にしか時間がなさそうだが、そのあたりは時間を使うしかない。義実家には悪いが、お願いすべき事案だ。

 北村の離脱はきつい。

 彼女のことを心配しているのか、自分の仕事の利益を考えての気持ちなのかわからない。純粋に彼女を心配できていない気がして、そんな自分に嫌悪感を覚える。

「もちろん、早いうちに話しましょう」

「よろしくお願いします」

 それ以上の追及は、この時点では避けることにした。せっかく時間を作ってくれたのに、この話で終わらせるわけにはいかない。颯のことが心配でもあった。

「じゃあ、この後のシフトを任せていいかな。本当に助かる」

「そのために来ましたから。副店長も無理しないでくださいね。あまり人に依頼しないで自分で抱えるところ、みんなも心配していますから」

 そう言い残して、彼女はユニフォームを着ると事務所を出ていった。気を許している関係とはいえ、嫌な予感のする話が続いてしまって疲れた。引き出しを開けて、チョコレートを口に放り込んだ。

 生意気な口を叩くようになったな。

 それでも、彼女の登場はこの切羽詰まった状況でありがたい。集中して仕事にとりかかった。

 ある程度のところまで終わった頃、誰かが事務所の扉をノックした。

「おはようございます」

 紺色のスーツに身を包んだ茜が入ってきた。いつもの格好だが、普段見るはずのない日に現れたせいか、新鮮に感じる。

「おはよう。今日土曜日なのに出勤しているの」

「そうだよ。三連休の初日だから、売場の確認にきました」

 店舗にくるコンビニ本部の経営相談員は、基本的には土日が休みになっているはず。今日は現れると考えていなかったので、想定外の登場に戸惑ってしまう。

 タイミング悪いな。

 話したい気持ちと、今日のスケジュールのジレンマに頭が痛くなる。彼女は鞄も持たないで黄色の折り畳み式のバインダーだけを持っているので、長居する気はないはずだ。

「麻依ちゃんも、今日は午後からじゃなかったの」

「急な欠員発生」

 言葉にすると不快感が戻ってくるので、一言だけにした。何かを悟った彼女は黙って頷いた。

「そうか、忙しいかな。出直そうかな」

「いや、少しだけ話そう。作業しながらになっちゃうけど」

 お互いの会話に不自然な間が生まれる。言いたい本音を話せていないのは私だけではないようだ。

「ありがとう」

 呟くと、私の隣の椅子に腰を下ろした。バインダーを膝に置くと、まっすぐな姿勢でこちらを向いた。当たり前の姿のはずなのにその姿がよそよそしく見えてしまい、気持ちがすっと冷める。

「そんなに改まらないで。深刻な相談とかではないから」

 はっとしたように、茜はバインダーをテーブルに置いた。

「ごめんね、そんなつもりなかった。ちょっと、飲み物買ってきていいかな」

 素早く立ち上がると、私の返事を聞く前に事務所に出ていった。これまでは、嘘を付けない彼女が親しみやすかった。

 疲れたな。心を許せる人に警戒心を持つようになっている。多分、私は気持ちが弱っているに違いない。彼女に気を遣った素振りをさせているのも、私のこの態度が原因なのだろう。

 こうやって、周りに気を遣わせる性格も大嫌いだ。

 胸の奥を締め付けるような気持ちが湧いてきて、嫌悪感が強くなる。人生に強いビジョンは持ち合わせていないが、自分の今の立場や性格は思っていない方向に進んでいるのは確実だ。

 茜が水を買って戻ってくると、改めてパイプ椅子に腰を掛けた。気持ちを整えたのか、落ち着いた表情で笑顔を作っている。彼女は洞察力が優れている。私の表情から、どの態度で話を受けるべきかを考えてきたのだ。

「最近は最低限の仕事の話だけしかできなかったので、正直心配していたよ」

 口を潤す程度に水を飲むと、彼女は静かに語り掛けた。

「ありがとう」

 作業の手を止めずに返事だけをした。素直に話してしまえばいいのに、反抗的な私が彼女への発言を遮る。

「麻依ちゃん、何に悩んでいるの」

「以前話した通り。このままでいいのかなって」

 意地悪ではなく、自分を知られることへの拒否感。知ってほしいのに、矛盾して私の中身を知られたくないせいで、話がこじれる。

 面倒な人間。大嫌い。

 またもや、自分に嫌悪感を覚える。せっかく私を心配してきてくれたのに、曖昧にされている茜の気持ちを台無しにしているのがわかる。

 茜は表情を変えなかった。もう一度水を口に含むと首を傾げた。

「それは水曜日に答えたけど、私が思っているニュアンスの回答ではなかった気がしたの。麻依ちゃん、仕事の内容に悩んでいるわけではないよね」

 芯を突く質問。彼女なりに考えてきたはずだ。

「まあ、そうだね」

 まとめている書類から視線を移さずに、私は下を向いた。目を合わせたら、絶対に悟られる。大切な人に、こんなくだらない悩みを抱えているのを知られたくない。

「もう少し、聞かせてほしいな。一緒にいられなかったから、何があったのかもわからなくて。麻依ちゃんの悩みを一緒に考えたいから」

 嘘のないまっすぐな視線。見ないようにしているが、彼女の表情は容易に想像できる。このまっすぐな姿勢に私は支えてもらっていたのだ。

「いつもありがとう」

 切り替えて、私は彼女を見た。やはり、想像通りだ。まっすぐな瞳が私をしっかり捉えていた。

「沢山話したいことはあるけど、時間が足りないしここでは話したくない」

「それって・・・」

「別に辞めるって話じゃないよ。でも、今後のキャリアに正直迷ってはいるの。でもさ、それってこういう場所で話すものでもないし、そもそも経営相談員にする話でもないと思うの。自分の道は自分で決める。茜ちゃんにばかり頼ってはいられない」

 若干驚きと戸惑いを含んだ表情で、彼女少しの間無言で下を向いた。想定はしていたに違いないが、実際に言われると反応に困るのは当然だ。

「そうか・・・でも・・・」

「茜ちゃんは今も頼りにしている。それは本当だから。だからこそ、少し甘えすぎていたのかなって反省したの」

 そう言って、彼女の細い右肩に手を置いた。

「無駄に悩んでごめんね。安心してほしい。ちゃんと自分で決めて動くから」

 先ほどと違って曇っている彼女の表情を見て、安心させるために話を締めた。

「あの・・・麻依ちゃん」

 歯切れの悪い口調で、茜は話しかけた。

「どうしたの」

「力になれないかもしれない。確かに役割とは違うかもしれない。でも、私は麻依ちゃんの力になれるのであれば、なんでも力になりたい。だから、遠慮しないで話してね」

 力強く言わないといけないはずの言葉が、なんとも弱々しい。思わず吹き出した。

「ありがとう。そんなに心配しないで。実は今日ね、同窓会に行くの。そこで同級生に会って色々話して発散してこようとか考えているから」

 若干大袈裟に笑って見せた。

「だから、抱えてもうダメだって思っているような感じではないの。心配しないで。今回は一人で解決しそうだから、今度厳しくなったら遠慮せずに甘えるよ」

 いつも以上に小さく見える彼女が、なんだか可哀想に感じた。何事にも真剣で必死なのだろう。そこまで器用ではないので、負荷はかかっているはず。彼女にも悩みはあるはずなのだ。

「それよりも、茜ちゃんの私生活は大丈夫なの」

 話を変えようと、話題を茜に移した。彼女はハッとしたように肩を動かした。

「いや、私は変わりないよ。そもそも、麻依ちゃんの話をしに来たのだから、私の話はいいでしょう」

 普段より否定が強い気がする。

「別にいいじゃない。隠し事でもあるの」

「ないよ。ただ、私のプライベートなんてつまらないよ」

 嘘の付けない人。

「そうか、じゃあ面白い話が出来たら、絶対に話してよね。私ばかり話しても、つまらないじゃない」

「約束する」

 言葉少なに返した。あまり話す気はないのだろう。嘘を付けないが、私を気遣ってわざと話さないことは多いはずだ。最近は伊佐山店長だけではなく、涼森オーナーにも一人で呼ばれる回数が増えている。内容を教えてくれるものもあれば、あえて何も話さない日もある。想像はつかないが、おそらく私に影響がある話も少なくはないはず。

「そうしたら、麻依ちゃん今日は忙しいよね。今度ゆっくり時間もらおうか。久しぶりに駅前の喫茶店でメロンソーダを飲みたい気分」

 そう言って、彼女は立ち上がった。

「本当に茜ちゃんはあのお店のメロンソーダ好きだよね。メロンソーダなんて、どこでも一緒でしょう」

「違うの。あのお店の炭酸がちょうどいいの」

 わざとらしく、むくれて見せた。いつもかわいらしい茜に戻っているようで、安心した。やはり、彼女とはこういった話で笑っていたい。

「わかったよ、じゃあ近いうちに行こうね。お互い忙しいけど、スケジュール立てようよ」

「じゃあ、来週の金曜日のお昼はどうかな。その日は、いつもの店舗のオーナーさんが予定あって、時間空いているの」

「いいね。じゃあ、そこで決まり。時間空いたら店舗に来てくれたら、向かおうか」

「楽しみにしているね。じゃあ、今日はありがとう」

 そう言い残して、彼女は事務所を後にした。時間はなかったが、彼女と少しでも話せたので気持ちが軽くなる。それと同時に、自分の嫌悪感が日増しに強くなっているのに驚いた。

 今は深く考えるのはやめよう。言い聞かせるように首を振った。作業を終わらせて、時間通りに同窓会へ向かう。無駄に後ろ向きになっていくのは得策ではない。

 その後は淡々と仕事を済ませた。一度家に帰ると残りの仕事を終わらせるために戻ったが、常連のお客様に掴まり、結局店舗を出るころには同窓会は始まっていた。

 場所は一駅先のため、電車で急いで向かった。ちょうど三十分程過ぎたあたりだが、なんとか間に合った。

「ごめんなさい」

 懐かしい気持ちになる顔がいくつか見受けられる。久しぶり過ぎて、あまり名前が出てこないのが本音だった。

「ああ、麻依ちゃん久しぶり」

「あれ、山内じゃないか」

 様々なところから声が聞こえてくる。私はお客様向けの笑顔を作った。

「久しぶり。今日はありがとう」

「珍しいね、麻依こっちきてよ」

 聞き覚えのある声がした。その方向に顔を向けると、由奈が座っていた。

「由奈、久しぶり」

 高校時代、私は由奈と美咲の二人といつも行動を共にしていた。学級委員で大変な時も相談に乗ってくれたのが、彼女たちだった。

「あれ、美咲はどうしたの」

 場所を開けてもらったので、由奈の隣に座った。

「今日は出勤だって。あんたたち、本当に忙しいよね」

 由奈はメーカーの営業職に就いていたと聞いている。そして、美咲は私の夢だった警察官になっていた。

 どちらかと言えば活発的だった私と違い、静かであまり社交的ではなかった美咲だが、小さな頃から習っていた剣道では県大会にも進んでいる。本当は大学進学も考えていたらしいが、先輩からの強い誘いで、卒業と同時に就職をしていた。

「私なんかと比べたら、美咲に失礼だよ」

「何言っているの。立派な仕事じゃない」

「山内って、コンビニの社員まだやっているの」

 近くにいた同級生が話しかけてきた。

「というか、今は山内じゃないよな」

「そうだよ。今は佐々岡だけど、仕事先では山内で通しているから山内でいいよ」

 公式の書類は名字を変えているが、お客様などに説明するのも面倒なので、名札の名字は変更せずに通していた。私の意向を知っているので、伊佐山店長や茜も私を旧姓で呼んでくれているのだ。

「コンビニ社員って、何するの」

「今は副店長。普段はレジも打ったりするけど、店舗の運営の方が多いかな」

 おそらく、ここの人は私がフリーターのようなものだと思っているに違いない。仕方ないとここは理解できる。私もこの世界に身を置かなければ、認識はその程度なはずだ。

「大変だよね。中々休みもないし、トラブルも多そうだものね」

 由奈がかばう様に付け加えた。

「そうだね。でも、厳しいことも多いけどアルバイトの成長やお客様からの言葉をもらえるのはすごく嬉しいかな」

 半分本音、半分は見栄を張るように話した。私自身、そこまで綺麗な仕事だとは感じていない。しかし、周りから低い目線で見られるのは抵抗があった。

 この仕事は、どうしても見下されがちな業種である。確かに、由奈のように大卒でメーカーに就職している方が響きもいいが、そこまで下に見られるのは違うと言いたかった。

「すごいよ、麻依は。私なんて、美咲や麻依のように高校出てから働いていたわけではないから、いまさらになって社会に出る大変さを噛み締めているよ」

「これから大変だろうけど、一緒に頑張ろうね」

「あと、息子は元気にしているの」

「うん、写真見る。この間いった動物園の写真あるよ」

 周りの同級生も興味深く見てくれて、可愛いというコメントをもらった。親としては、それだけで満足だ。

 意外と楽しいものだな。

 少し前まで自然と遠ざけていた世界だったが、やはり一緒に学生時代を過ごした友人は話しやすい。職場のように変な気遣いも必要ないうえに、世代間の摩擦もないので思い出話も弾む。つかの間の休息には、ちょうどよかったのかもしれない。

 由奈が呼ばれたタイミングで、横に男が座った。

 ウルフカットと呼ばれるようなガサツなヘアスタイルで、さっきから私をじろじろ見ていたのも気付いていた。しかし、この男とは出来れば会話をする気が無いので、席を立とうか悩んだ。

「山内、久しぶり」

 顔は整っていて、学生時代も彼女を切らせたことのなかったはず。勉強も運動も平均以上出来るスクールカーストの上位だった。

「久しぶりだね」

 冷たく返して、目の前のグラスに口を付けた。帰宅後は颯とお風呂に入りたかったので、コーラを飲んでいる。

「なんだよ、昔と変わらないな」

「ごめんね、つまらなくて」

 不快感。いつも構ってくるが、嫌いで仕方なかった。真面目に頑張っている人間を小馬鹿にするような態度が生理的に受けつけない。

「みんなで話していたけど、まだコンビニの社員なんてやってんだ」

「そうですけど」

 あくまでも視線を向けずに、目の前の料理に箸をつけた。酒が進んでいるせいか、唐揚げもフライドポテトもほとんど手を付けられずに残っている。大きな唐揚げが魅力的に見えて、一つ取って小皿に置いた。

「俺もバイト先に社員がいたけど、なんか偉そうでむかついたなあ。どうせ、働いているっていっても底辺職なのに、社会を知ったように説教してきてさ」

 わざと煽っているのか。聞かないようにして、唐揚げにかじりついた。こいつの挑発に乗りたくない。

「お前はそんなやつとは違うと思うけど、はやくそんな世界抜ければいいじゃん。お前だったら・・・」

「そんな世界って何」

 無意識に口から言葉が出てきた。手も震えている。

「だって、コンビニだろう。誰でも出来るような・・・」

「お前が何知ってんだよ」

 私の裏側が表に出ている。良くないのは分かっていたが、止められなかった。騒がしかった飲み会の席に静寂が訪れる。全員の視線は一斉に自分に向かっているのは分かっていたが、もう抑えられない。

「お前さあ、社会知っているようにさっきから偉そうにしているけど、今何してんだよ」

「まだ、学生だけ・・・」

「じゃあ、偉そうに語るな。私は単なる妄想で薄っぺらい会話をする気はないんだよ」

 目の前にあるコップを掴んで、一気に飲んだ。水だと思っていたが、熱が体中を通過する感覚でこれがアルコールだと気が付いた。

「山内、お前も偉そうに・・・」

「だから、喋んな。私は偉いなんて思ってはいない。でも、お前みたいなやつが私だけじゃなくて、私の仲間まで馬鹿にするのが許せないだけ。ああ、不愉快、最低、やってられない」

 疲れと怒りで、酔いが速い。意識が遠のいている。私はバックから財布を出すと、一万円を引き抜きテーブルに置いた。

「雰囲気壊してごめんなさい。息子をお風呂に入れるから、失礼するね」

 誰からの返事も聞くことなく、立ち上がって店の出口に向かって歩き出した。外に出たところで、由奈が追い付いた。

「麻依、待ってよ」

「最低、ほんとに最低。ああ、来るんじゃなかった。美咲もいないし」

 口調もめちゃくちゃで、視界もぼやけている。目線も合わせずに歩き続ける私の肩を由奈が掴んだ。

「落ち着きなよ。せっかく来てくれて、私は嬉しかったよ。麻依に会うの、数年ぶりだし。麻依は私に会いたくなかった」

「いや、由奈に会えたのは嬉しい」

「じゃあ、それでいいでしょう。みんなにはうまく話しておくから、落ち込まないでまた来てよね。あとさ、今度は美咲も含めて三人で会おうよ」

「・・・うん」

「変わんないね。そういう麻依が私も美咲も好きだったのだから、気にすんな。白石は相変わらず麻依が好きなんだよ。でも、アプローチがガキだね。あんな奴、忘れよう。さっきも言った通り、お互い頑張ろうぜ」

 いつも、こうやって励ましてもらってばかり。私が苦しんでいると、二人はいつも私のそばにいてくれた。まるで、茜のようだ。こうやって、いつも私は誰かの力を借りないと生きていけないのだ。

 もう、本当に大嫌いだ。

 自分を見つめ直すための同窓会だったのに、更に自分を追い込む結果になるなんて。

 由奈と別れて、駅前の公園まで来た。アルコールがかなり回ってしまっている。先ほど一気に飲んだのは、焼酎のロックだった模様。普段からアルコールの摂取はないが、昔からそんなに強くないのは理解していた。

 これでは帰宅できない。酔いを醒まそうと、自動販売機でミネラルウォーターを購入してベンチに腰かけた。

 段々、私を嫌いになっていく。

 みんなと比較しているわけではない。単純に、人と接する中で私の悪い部分が見えて嫌になっているだけだ。周りに取り繕い、本当は汚いことを考えて楽に生きていたいのに真面目を演じて周りの評価ばかりを気にする。

 優しい人に甘えて、自分の力では何もできない。そのせいで、みんなが飛び立っていく中で一人取り残されてしまっている。

 水を一気に喉に流し込んだ。その反動で、吐き気が襲ってきて近くの側溝に戻した。

 苦しさと自分の醜さに、涙が溢れてくる。体中の水分が顔から流れていく感触が気持ち悪い。今の私は誰にも見せられない。

 ふらつきながらベンチに戻ると、少しだけ残っていた水を飲んだ。

 何やってんだよ。

 確実に迷走をしている。別に、ここまで悲観する状況ではないのは私自身が一番わかっている。しかし、この頭なのか体なのか私の隅にいる黒い感情が私の気持ちを蝕んでいる。

 やはり、相談なんてできない。

 深みに落ちているのはわかっているものの、相談の道を自ら断つと、砂漠のような漠然とした道を一人で歩こうと決意した。

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