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山内麻依②

 水曜日はグループミーティングがある。資料は揃えたが、質問が読み切れないのが不安の種だ。気を紛らわせるように納品作業を手伝って十一時まで過ごして、昼ご飯を食べてから会議室のある店舗へ車で向かう。

 茜は忙しいので、会議前の駐車場で会うまでは今日は来ない。最近の気持ちの不安定もあって、本当は彼女と話をしたい気持ちが強くなっていた。それこそ、以前なら別途時間を取ってくれたが、今はそうはいかないらしい。彼女も段々と地域内での評価が上がり、仕事も増えているようだ。それに担当店舗での個別事案も増えており、余裕のなさそうな表情をしている。本人は隠しているつもりなのだろう。しかし、これまでの付き合いでわからないわけがない。

「今日は会議でしょう。もう大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。負担かけますが、よろしくお願い致します」

 穏やかな主婦パート椎木さんに気遣ってもらい、私は事務所に戻った。更衣室を締めると、ユニフォームを脱ぎ、下のスラックスも会議用の綺麗なものに変えた。売場作業をするとどうしても汚れてしまうので、会議用のものと分けて使っていた。

 上は襟なしの淡いピンクのブラウスを着ており、その上にジャケットを羽織った。なるべく社会人らしい格好はしたいと思っており、以前茜に相談したら快く教えてくれた。

 気になっていた新商品の弁当を食べながら、会議資料を確認した。今までになかった雑貨の品揃えを見直そうと進めていた結果が出始めている。伊佐山店長からは伸びた理由を私の感じた内容でまとめてほしいとの話だ。他の店舗に比べて報告の量が多いので不満はあるが、報告が出来ないでひたすら追い込まれていた過去に戻りたいとは思えない。

 時間になると立ち上がり、鞄に資料をしまって事務所を出た。

「じゃあ、行ってきますね。今日は明日のパンのセールがあるので昼の納品は多めにしました。大変だと思いますが、机の上にレイアウト表を置いていますので、そのように並べてください」

「わかりました。やっておきます。副店長も頑張ってね」

 早めに出勤してくれているパートの松本さんに依頼をした。二年前はさぼっていたのがばれて、正直嫌われていた。今はそこまでは嫌われていないはずだが、昔のことがあって接するときに若干緊張している。

「ありがとうございます」

 店舗を出ると、生ぬるい風が吹き抜けてきた。

 もう春か。花粉症いやだな。

 茜は桜が大好きだから写真を送ってくれるが、私は花粉症がひどいので正直桜を見ると嫌な時期になったと思うだけで何も感じない。彼女は私と違って、心が綺麗だ。だから、私は彼女が好きなのだ。

 まっすぐで、相手の痛みを自分の痛みのように感じてくれる。からかってくるが、真面目な性格で嘘をつかずに接してくれる。この業界の中で、こんな人は初めてだった。私が若いから上から接してくる人は多かったけど、同じ視線で話してくれたおかげで私は自分の仕事に自信を持てた。

 古くなった軽自動車のフロントガラスにも、花粉がついて汚れている。この時期は別れの季節。新しい出会いの時期とは思えない自分が嫌だった。せっかく育った人材がこの時期にみんな抜けていく。

 やはり、私の性格はよくないよね。

 希望を持って旅立っていく人間の姿を、素直に喜べない自分の卑屈な性格が嫌いだ。更にその気持ちを偽って、笑顔で見送る。いつでも遊びに来てねと笑顔を向ける。『副店長と働けて良かったです』という言葉をもらう度に、嘘をついている自分の醜さに吐き気を覚える。

 自分の仕事にやりがいを見つけたはずなのに、どこかで認められないもう一人の私が存在している。人の役に立ちたいと思っていたが、実際は目立ちたいだけの人間だったのを認めたくなくて目を背けてしまう。

 最近、おかしいな。

 またもや、大きなため息が出る。新浜さんと一緒に頑張った時期に、自分の仕事を好きになったはずなのに。

 三号店の裏のプレハブが会議室となっている。社員専用としている店舗の隅に車を停めると、習慣的に有料パーキングへ向かう。いつもの場所に、彼女は既に来ていた。

 車内を眺めると、まっすぐにパソコンを見つめる茜がいた。降ったばかりの新雪のような白い肌に、綺麗な長い黒髪を一本に縛っている。助手席にサンドイッチがおかれており、まだ一つ残っていた。

「おはよう」

 少し大きめの声で声をかけると、驚いたように窓を開けた。

「おはようございます。気が付かなくて、ごめんなさい」

 ビー玉のような大きな目が、私に向いた。化粧はいつも薄いが、整った顔の美人だ。性格は大人しいので、あまり男性から誘いはないと話している。私よりも年上だが、同年代のように話しやすい。

「忙しそうですね」

「最近、報告増えちゃって」

「まだ時間あるから、食べた方がいいよ」

 サンドイッチに気が付き、彼女は少し頬を赤らめた。普段はあまり食事している姿は見せないタイプなので、指摘されて恥ずかしかったのかもしれない。

「いや、食欲なくてね」

 そう言って、袋を密封するようにたたむと、鞄にしまった。

「もう行きますか」

「いや、少し話したかったけど・・・」

 パソコンに視線を向けたので、彼女はハッとしたようにパソコンを閉じた。

「大丈夫ですよ、まだ期限あるからあとでやろうかな」

 そう言って、パソコンを鞄にしまうと、窓を一度締めてエンジンを切った。彼女の時間を邪魔していないか不安になった。

 てきぱきと準備を進めて、彼女は車から出てきた。身長が百五十センチほどしかないので、私とほぼ変わらない。乱れていないにも関わらず、一度髪をほどくと結び直した。

「準備に時間がかかって、ごめんね」

「いや、私こそごめんなさい」

「謝ることないですよ。最近お話出来ていなかったから、よかったよ」

 気を遣っているのを気付いてくれたのか、私の目を見て安心させるように語り掛けた。「そういえば、颯君は風邪治った」

 話を変えるように、私の息子の心配をしてくれた。私には十九歳の頃に生まれた息子がおり、現在四歳になっている。こんなに気持ちが減退している中で、彼の存在が仕事を頑張る原動力になっている。

「長引いたけど、やっとよくなったよ。義実家に迷惑かけたけど」

「治ったなら、よかった」

 仕事以外では、私の意見を否定することもなく接してくれる。自分のプライベートだってあるのに、気持ちや本音を見せようとはしないタイプだ。経営相談員の方にはこれまでにも何人かお仕事させてもらったが、このタイプの人間は初めてだった。

「茜ちゃんは最近、大丈夫なの」

「ぼちぼちやってますよ。少し新しい仕事が増えて困っているけどね」

 結婚の話はおろか、彼氏の話もない。まあ、取引先の人間と線引きして話していないだけかもしれない。ただ、目に見える変化もないので、こういった人間を仕事人間と呼ぶのかもしれない。ただ一つ知っている趣味は野球観戦くらいか。

「今日の会議の資料もさっきできたから、自信ないかも」

「そんなこと言わないでよ。頼りにしているのだから」

「ごめんなさい。でも、ここ数週間は麻依ちゃん主導で話が進んでいるから安心はしている」

 そう言って、会議室へ歩き出した。

「ねえ、聞いてもいい」

「どうしたの」

 思い切って、口に出した。彼女は表情を変えないで、頷いた。

「私って、今の状況で何か成長しているかな」

「していますよ。今も話しましたけど、会議資料もみんなにわかりやすく話していますし、従業員も頼りにしているじゃないですか」

「いや、そうじゃなくて」

 自分の嫌な部分を話したら、流石の茜も私に失望するのではないかと怖くなり、その先を黙ってしまった。彼女の回答は間違っていない。しかし、聞きたいのはそこではない。

「うーん、何か違う話みたいだね」

 困惑したように、彼女は眉間に皺を寄せた。彼女の困り顔は小型犬みたいに見えるので愛らしいが、ここでそんな話はできない。

「ごめんなさい、言葉にするのが難しくて」

「そうか。そうしたら話せるときにいつでも話してほしいな。麻依ちゃんは迷っているのかもしれないけど、私から見たら今は順調に進んでいると思う」

 溜息が漏れそうになってきたが、我慢をした。確かに、副店長山内麻依としては順調に進んでいるのだ。しかし、この選択と性格についての質問をしたのだからこの回答を信じてはいけないと思う。

「ありがとう。そうするよ」

 心配そうにこちらを見ている茜に罪悪感を覚えた。重そうな鞄を抱えて歩く彼女は、頭の中も同じような重い案件を沢山抱えているのだろう。それなのに、仕事に関係のない相談まで彼女に押し付けて、申し訳ない気持ちになった。

 会議室に着くと、他の店舗の社員も既に来ていた。まずはオーナーの涼森さんと店長の伊佐山さん、涼森オーナーの息子の直人さんに挨拶をした。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 伊佐山さんのぶっきらぼうな挨拶はいつも通り。アルバイト時代から可愛がってもらっているので、見ると安心する存在だ。一時期は厳しく接してきたので、苦手だったのもいい思い出だ。

「中西さん、会議の後に時間ありますか」

 横で、涼森オーナーと伊佐山さんから茜が質問を受けていた。

「はい、一時間程度になりますが」

 若干困惑をしているが、しっかりとした口調で話している。担当当初は質問される度に不安そうにしていたが、現在は他の店舗の経営相談員よりもしっかりしているように見える。

「少しだけ相談をしたいので、そうしたら残ってください。よろしくお願いしますね」

 涼森オーナーは淡々と話した。会議終りも一緒に話したかったので、残念ではあるが仕方ない。テーブルのいつもの位置に座ると、茜も横に座った。

 二号店の加藤さんと三号店の佐々木を挟むように、二店の経営相談員の辺見さんも到着した。彼女は茜より先輩ではあるが、茜への対抗心が分かりやすく出ている。一年前までは先輩として茜の出来ないところを会議の際にあからさまに見せつけていたものの、現在は茜の方がリードしているのであまり話をしなくなっている。

 四号店の副店長でもあり、最年長の下田さんが担当の経営相談員の森さんと来たところで、会議が始まった。

 店舗報告は本来、店舗の開店した順番で話をする流れだ。しかし、一号店の私たちの店舗の報告量が多く、現在は四号店からと順番が逆になっていた。

 下田さんは淡々と数値を話して、三号店の佐々木がいつも通り店長たちの質問攻めにあっている。辺見さんとはいい関係で仕事はできているものの、中々改善が進んでいないので店長たちから厳しい質問が飛ぶのだ。

「先週やるって言っていた売場の変更はどうなっている」

「シフトの欠員が多くて、進めておらず・・・」

「もう三週間経っていないか。スケジュールを決めないと、いつまでたっても進まないぞ」

 私の頃はもっと厳しい口調だったが、諭すように話をするとそこで終わってしまう。あまり期待していないのだろう。私を口説こうと普段は格好つけていた佐々木も、今はあまり私に話しかけなくなっていた。

「じゃあ、加藤と山内は合同で進めている内容をそれぞれ報告して」

 佐々木へのコメントが終わると、ここからはこちらの仕事も始まる。二号店の加藤さんが話をしているのを聞きながら、自分の資料を最終整理する。横で各店の資料にメモを取っている茜も、資料を確認しながら話の内容を決めているようだ。いつも使っている三色ボールペンの色を変えながら、何かを書き込んでいた。

「かなり品揃え変更の効果は出ているな。山内はどうだ」

「はい。今日配布した資料にあるのですが・・・」

 そこから、先週までに実施した内容と検証結果を話していった。コンビニの経営にも店舗によって様々だと思うが、私の勤務している店舗は数値変化などを確認して報告する義務がある。商品の流れやお客様のニーズにスピード感を持って対応をする。このために、副店長はお店に立つだけではなく、数値を読み取る能力を求められるのだ。

 この検証が必ずしも正しいとは限らない。しかし、数値の流れを知ることで気が付く課題は確実にあり、私もこの仕事をしている限りは商売の感覚を磨こうとここまで努力してきた。

「山内の方も、かなり変わってきたみたいだな。じゃあ、続けていこう」

 伊佐山さんの言葉で安心した。今日もあとは落ち着いて会議を聞ける。自分のパートが終了したので、ほっとしたように息を吐いた。

 茜を見ると、お疲れさまと小さく口を動かしてくれた。これもいつもの流れだ。何かこちらが追いつめられると助け舟を出してくれる。

「そういえば、今年の接客コンテストは誰か出すのか」

 思い出したように、直人店長が私に質問した。接客コンテストは、コンビニ本部が主催している店舗の代表の従業員が自身の接客を発表する大会だ。代表を立てるかは店舗の自由になるが、昨年は新浜さんが出場して地区で二位になっていた。

「本年は夕方のエースの北村を出そうかと思っています。多分大学も夏休みですので、いけるとはみていますが」

「楽しみだね。期待してるよ」

「去年の雪辱、ちゃんと果たせるのか」

 意地悪な言い方で、伊佐山さんが訊ねた。

「ええ、出るからには一番いい場所に立ってもらうつもりです」

 嫌な言われ方をしたので、わざと冷たく返した。

「そうか、なら頑張れ」

 若干私の態度に焦ったのか、伊佐山さんはトーンを落として返事をした。まだ早い話ではあるが、候補は早くに考えた方がいいと茜から散々提案を受けていた。北村の成長は期待充分なので、今年はあまり心配していない。昨年はぎりぎりの準備だったせいで新浜さんを優勝に持っていけなかった反省もあるので、対策はきっちりして優勝を狙いたいと思う。

 直接の売上とは結び付かないと思われがちだが、このコンテストの出ることで周りの意識も大きく変わっていくのを感じた。自分と一緒に働く仲間が頑張っている姿を見て、仕事への意識を変えてくれた従業員が多くいたおかげで、今の店舗成績につながっているのだ。そのため、新浜さんがいなくても、今年も挑戦するつもりで茜とは話していた。

 その後は経営相談員が分担して、今週と次週で営業面での実施してほしいことへの提案をして会議は終わった。

「お疲れ様、山内副店長」

 書類を片付けながら、茜が笑顔を作った。みんなの前では、彼女は私を名字で呼ぶ。

「お疲れ様。今週もやること一杯だね」

 スケジュール帳を眺めながら、ため息をついた。

「そうだね。金曜日に行くから、一緒に出来るところは進めようね」

「ありがとう。私も進められるところはやっておくね」

 息子の送迎がある分、基本的には十七時過ぎまでしかいられない状況がもどかしい。しかし、颯の顔を見ることで自分の気持ちを軽くしているので、そこまで仕事に没頭できないのもわかっている。

 茜がバインダーを再び鞄から出すと、周りは察して会議室を出る準備を始めた。私は一人で駐車場に向かった。

 帰りの車の中で、今週のやるべき作業を反芻する。会議から帰っても、少しは時間があるが残務をこなすので水曜日はそのまま仕事が終わってしまう。追い立てられるように仕事をするのは嫌いではないが、もう少しゆっくりしたい気もする。

 あまり話せなかったな。

 茜とのコミュニケーション量が少ないのは、やはりストレスだ。昨年は新浜さんとの取り組みもあったので、茜だけではなく新浜さんも話を聞いてくれた。それなのに、今年になって孤独に悩まされている。

 今後を考えるならば、慣れなければいけないとわかっているのに、やはり悲しくなってくる。

 やはり、まだまだ自分は未熟なのだ。

 店舗の駐車場に着いた時、スマートフォンに通知が来た。高校時代のグループチャットで、私宛のメッセージが入っている。

 私の通っていた高校は、公立ではあったが県内でも学力は高かった。そのため、ほとんどの生徒が大学に進学をしており、最近は各自の大学での近況報告や雑談が多かったこのチャットはほとんど内容を読まずに既読だけつけていた。

 どうやら、みんな就職して一年経ったタイミングなので集まろうとなったみたいだ。昨年の同窓会はスケジュールを理由にキャンセルしていた。

 昨年は学生だが、今は社会人。それなら、少しは話も合わせられるかな。

 本来なら、有無を言わさずに欠席の返事をするところだったが、今回は出席にして返信を送ってみた。開催も土曜日なので、夫の浩紀にその日は颯の面倒を見てもらうのも可能だ。

 客観的にはうまくいっている状況。その中で無駄に悩んでいる自分の答えを探そうと、私は躍起になっていた。

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