中西茜①
カーステレオからは推しのアイドルグループの新曲が流れている。今回の曲調も明るくて、真っ先にプレイリストに入れて何度も聞いていた。
近所にあるコンビニエンスストアの大半は、フランチャイズ契約を結んでいるオーナーが独自で経営をしているとはあまり知られていない。フランチャイズ契約を結びロイヤリティを支払うことで、看板や商品の仕入れ、会計簿記などのサービス、そして経営に対しての悩みを相談する各店の経営相談員の派遣などを受けることが出来る。
私はその経営相談員。いわゆるコンビニ本部の社員だ。現在は八店舗の担当店舗を巡回して、様々な悩みの相談から商品提案をしている。
コンビニ本部と聞いて、いい印象を持たれることはあまりない。搾取している側という印象も強く、私たちの印象も偉そうと言われることが多々ある。確かに、先輩の話を聞く限りそんなこともあったとは聞いた。
しかし、実際の現場ではオーナーと本部の板挟みになり、厳しい状況に置かれるような案件にストレスを感じている。相談員という言葉とは違い、営業職としての仕事が多いのが実情なのだ。
経営をしているオーナーの生活を支える存在。そういう言葉でこの会社を選んだ。直営店舗での研修を経て、憧れていた職に就いた。
だが、実際は数値の管理や報告書に追われて、自分を見失ってしまっていた。出来ないことも多く、先輩へのきちんと質問が出来ない悶々とした日々。そんなときに、担当店舗に入ってきたアルバイトの新浜さんに救われたのだった。
彼女は事情があり、経営相談員を退職してアルバイトとして入社していた。本当は身分を隠して静かに働くつもりが、持ち前の正義感で店舗の改善に手を貸していたのだ。その際、その店舗の副店長だった山内麻依さんが私の悩みにも相談に乗ってあげてほしいと紹介をしてくれたのだ。
積極的ではなかったものの、私の悩みを親身になって聞いてくれて、改善へのアドバイスをいくつも頂いた。それに自身の同期であった現役の相談員の松原さんを紹介していただき、現在も悩んだときは松原さんに相談して話を聞いてもらっている。
彼女のおかげでただ追われる仕事が変わり、副店長の麻依ちゃんと一緒に店舗の売上改善へ向けて一緒に取り組めるようになった。その一つの形が、昨年の接客コンテストだった。
新浜さんへの意識改善を図っていくために、麻依ちゃんと新浜さんが一緒に頑張っていくのをサポートした。途中何度もぶつかってしまったが、最終的には二位という成績を残すことが出来た。本当は優勝したかったが、あの時の成果は確かなものだった。
気持ちの変化は仕事の変化に変わり、周りからも信頼を少しずつだが獲得しつつある。以前までは地域の相談員とのかかわりも薄かったが、私にも相談が来るようになった。それに、地域全体を動かすための勉強会や取り組みの報告書作成にも加わる機会も増えて、自分自身のキャリアは着実に上がっている。
次の店舗との約束の時間までの間に、いくつかの報告を作成しないといけない。同じ曲が何度もリピートされているが、運転中以外は頭に入って来ない。普段から音が無いと集中できないタイプだったので流しているが、頭の中は仕事に追われて余裕がなくなっている。
これを望んでいたのか。そう言われれば、答えはノーだ。お店と一緒に商売を考えたいとこの仕事を選んだ。しかし、やはり会社の人間である限りそれだけでは済まされない。
私に求められている役割をもちろん果たす必要があるのだ。
まっすぐにお店に通って得た信頼。そのおかげで変化した数値が現在の評価につながった。もちろん、新しい挑戦を出来る環境は嬉しい。ただ、その環境変化でお店に通う量が減ってしまうとは。
こんなの、社会に出れば当たり前なのかもしれない。しかし、求めていた先にあったものが理想とは違ったので、こうやって悩んでいるのだ。
気になっているのは、麻依ちゃんの状況だった。彼女は悩みだすと、表情にわかりく現れる。今までは何に悩んでいるのかも簡単にわかるほど一緒にいた。それなのに、今は全くわからない。
個人用のスマートフォンが震えた。サイネージを確認して、ため息をついた。
あとにしよう。今はそれどころじゃない。
思いながらも、後ろ髪をひかれる気がしたので『これからお店にいくので、後程連絡するね』と絵文字を語尾に入れて返信をした。
ノートパソコンを閉じると、縛っている髪を一度ほどいて結び直した。気持ちを整えるときにわざとすることにしており、気持ちを引き締め直す。持っていく資料と話をもう一度確認して車から出た。
三月も下旬となり、暖かい風が吹いている。春休みの子供たちの声がして、こちらも学生時代を思い出した。この並木道ももう三年目になるのか。通常ならば、そろそろ担当する店舗も交代の時期となる。
麻依ちゃんとは様々なことがあったが、私も彼女も大きく変わった。本音をぶつけ合うことでパートナーとして仕事もできたはず。いつかは来る別れの時期は覚悟しているが、もっと一緒に仕事をしたいと強く願っている。
あと数日でここも桜が満開になる。麻依ちゃんのいるお店とは違うので、昨年は満開になった桜並木の写真を彼女に送った。今年も綺麗な写真が撮れたら送ろうかな。
仕事外の話は基本的にしていいのかはわからない。しかし、こうやって同じ景色を同じ気持ちで見られたのが、今につながっている。
状況に応じて、自分を変えるしかない。
溜息ではなく、力を入れる意味で大きく息を吐いた。