一つだけ願いが叶うとしたら?
空を飛ぶオニヤンマやクロアゲハに憧れる一匹のクモが、お星さまに一つだけ願いを叶えてもらうお話です。
掲載するジャンルでは『童話』だと思うのですが、若干残酷な描写のある『寓話』です。
小学校中学年くらいの年齢から大人の方を対象に書いたもので、子供の年齢にあわせて、言葉や漢字を使用しています。
リンゴの木が二本、ならんでうわっていました。
そのかた一方のえだ先からもう一方のえだ先に、とうめいな糸がかけられています。
よく見ないとぜんぜん分からないのですけれど、ときおり風が通りすぎると、ゆれてキラリとかがやきます。
雨がふった次の日の、よく晴れた朝はとくにきれいです。
糸にのこった雨つぶが、お日さまのかけらをつかまえて、あたりに光を放つからです。
よく見ると糸は、まっすぐの一本ではありません。
光と水と風でできた、けっしょうのような形をしています。
それは大きくてりっぱなクモのすでした。
じっと見ていると、すきとおった音色まで聞こえてきそうです。
そのすのまん中で、でっぷりと太った黄色と黒のしまもようのクモが、空を見上げていました。
どこまでも広がるすんだ青色の中に、モコモコのにゅうどう雲がゆったりと流れて行きます。
クモの見つめる先はそのもっと手前、でも、クモにはとどかない空の高いところ。
そこには、まぶしいお日さまの光をすいこんだ一つのかげが、自由にとび回っていました。
オニヤンマです。
黒い体に、あざやかな黄色いしましま、エメラルドのような目。
オニヤンマは、クモのあこがれです。
カッコのいいすがたはもちろんですが、何といっても、クモの大すきな大空を、本当に自由にとび回ることができるからです。
オニヤンマは、ときおりクモの上の空にあらわれました。
どこか遠くから急にあらわれたと思えば、そのあたりでしばらく遊んで行ったりするのです。
クモはオニヤンマが来ると、いつもそのすがたをながめていました。
風に乗ってすべるようにとぶすがたは、まるで空のえいゆうでした。
気まぐれに右に左にと回ってみせては、いきなりものすごい速さで下りてきては急に止まる。
その思いもよらない自由な動きは、いつまで見ていてもあきません。
でもさいごにはかならず、大きくぐるーと回って、そのあと、あっというまに遠くの方にとびさってしまうのです。
のこされたクモはいつも、『あんなふうに空をとびたい』って思うのでした。
あるばん、まだ日がしずんでまもない時でした。
クモはおなかがペコペコすぎて、すからおちてしまいそうになっていました。
もう一週間くらい何も、えものがかからなかったのです。
体に力が入らなくなって、もうすにしがみついているのも、やっとだったのです。
「もうダメだ~」そうつぶやいた時でした。
急にすが大きくゆれて、ブルブルとした感じが、足もとにつたわってきたのです。
ようやく、えものがかかったのです。
クモはよろこびました。
もう本当に、うえ死にするところだったのですから。
すのゆれかたから、大物だとわかりました。
急いでえものにおそいかかろうとして、そちらに向きなおって、クモはおどろきました。
見おぼえのあるすがたが、そこでもがいていたからです。
クモの体はいっしゅんこわばりました。
近づかなくても分かります。
オニヤンマがかかっていたのです。
オニヤンマはひめいを上げていました。
空のえいゆうのオニヤンマがです。
クモは何にも考えられなくなって、ただただ、あわててオニヤンマに近づいて行きました。
それを見て、オニヤンマはまたさけびました。
クモがこわいのです。
クモはオニヤンマのそばまで行くと、われに返りました。
それから、オニヤンマをにがしたいと思いました。
でも、クモはおなかがすいていたのです。
もうちょっとでも待てないくらいに。
クモはまた何も考えられなくなりました。
オニヤンマはクモを見て、何かさけびつづけていました。
その声はクモの耳に、とどいていました。それなのにもう、クモには何も聞こえませんでした。
クモはむちゅうだったのです。
そのばん、クモはいつまでも起きていました。
夜がふけて、夜空の星たちが少しづつ東からのぼって来ては、高みをめざし、西の空では地平線へとしずんで行きました。
クモの耳には、さっきのオニヤンマのひめいが聞こえつづけていました。
クモの心の中で、オニヤンマはずっとさけびつづけていました。
『助けて!』
『ぼくを食べないで!』
『いたい! イヤだ!』
『こわい!』
『はねを食べないで!』
クモはずっとないていました。
それからなん日かがたちました。
もういくら待っても、あのオニヤンマは遊びに来ませんでした。
食べてしまったのだから。
クモは悲しみにくれながら、それでも空を見上げていました。
しかたがなかったのです。
食べていなければ、うえ死にしていたのですから。
それでもクモはじぶんがきらいになりました。
イヤでイヤでしかたがありませんでした。
そんな時、いつもオニヤンマが遊んでいたあたりに、とてもうつくしいかげがとびこんできたのです。
とってもすてきなとび方です。
本当にきれいなクロアゲハでした。
オニヤンマとはまったくちがうとび方でしたが、ながめていると、何ともうっとりしてしまうほどなのです。
うつくしい形をしていました。
まぶしい光がつくるかげなんかよりもこい黒、ながめるものすべてを、すいこんでしまいそうな、ずっとふかい黒色です。
クモはたちまち、こいに落ちました。
それからクロアゲハは、毎日なんどもやってきては、クモをうっとりとさせました。
いつしかクモの思いは、『あんなふうに空をとびたい』から、クロアゲハと『いっしょにとびたい』という願いに変わっていました。
それでもクモはクモだったのです。
またえものがすにかからない日びがやって来ました。
もう十日も何も食べていませんでした。
本当に死にそうでした。
おなかがへりすぎて見るものすべてがかすんで、じぶんの手足さえ、食べ物に見えてしまうくらいだったのです。
クモはあまりのひもじさに夜もねむれず、明けがた近く、気をうしなうようにして、ようやくねむりに落ちたのです。
あくる朝早く、クモは、とても大きなゆれで目がさめました。
すはゆれ動き、クモにとってはうれしい、ブルブルとした感じが足もとにつたわって来たのです。
えものがかかったのです。
クモは目を血走らせ、よろこびいさんでとびかかろうとして、動けなくなりました。
あのクロアゲハだったのです。
オニヤンマのことを思い出しました。
もう、あんな思いはしたくありません。
頭がクラクラしていました。それでも強く思いました。
『このクロアゲハだけは、にがさなければならない』と。
その日の夜ふけすぎ、クモは空を見上げていました。
星たちがかすんで見えていました。
でも、ひもじいからではありません。
なみだでかすんでいたのです。
クモの耳には、また、ひめいが聞こえつづけていました。
クロアゲハのひめいです。
おなかはいっぱいでしたが、心はからっぽでした。
クモはなみだにくれました。
もう、どうしようもありませんでした。
次から次へとなみだがあふれてくるのです。
もう、生きて行くのがつらくてつらくてなりませんでした。
その時です。
どこからともなく、声が聞こえてきたのです。
その声は、クモの頭の中でひびきました。
クモは、あたりをキョロキョロと見回しましたが、だれもまわりに見あたりません。
また、あたりを見回していると、その声がこんどは空から聞こえた気がしました。
クモが見上げるとそこには、小さな星が青白くかがやいていました。
星はいいました。
『あなたの願いを一つだけ、かなえてあげる』と。
クモは、じぶんの目と耳をうたがいました。
でもたしかに、星はそういったのです。
クモはじっと星を見つめました。
それからしずかに、じぶんの心のそこをさぐりました。
じぶんの願いが何なのかを。
クモは、ずっとゆめ見てきたのです。空をとびたいと。
オニヤンマにあこがれて、
『あんなふうに空をとびたい』と思いました。
クロアゲハにこいをして、
『いっしょにとびたい』と願いました。
でもクモの見つけ出した本当の願いは、空をとぶことではありませんでした。
クモは星に願いをつたえました。
『ぼくが食べたすべての生き物を、生き返らせてください』
星はしずかに答えました。
『願いは一つだけだよ、すべてを生き返らせることはできない』
クモはうなだれました。
それからしばらく考えたあと、もう一度願いをつたえました。
『今日、ぼくが食べてしまったクロアゲハを生き返らせてください』
あくる朝早く、クモは、またとても大きなゆれで目がさめました。
すはゆれ動き、えもののかかった時のブルブルとした感じが足もとにつたわって来ているのです。
クモはおどろいて、糸から足をすべらせかけました。
クロアゲハがすにかかった朝に、もどっていたのです。
こんどこそ、ぜったいにまちがうことはできません。
(何がどうなろうとにがすんだ!)
クモは、むちゅうになってクロアゲハに向かってとび出しました。
でも、どこか遠くの方でまた、クロアゲハのひめいが聞こえつづけていました。
その夜の夜ふけすぎ、クモはまた、夜空の星を見上げていました。
もうあたりは、なみだでかすんでなどいませんでした。
なみだが、かれはてていたからです。
すのはしの方には、食べのこしたクロアゲハのはねのかけらが、引っかかったままになっていました。
見上げる先に、青白い小さな星が、ただしずかにまたたいていました。
初投稿です。ご感想などを頂けると嬉しいです。また、こちらのサイトを含め投稿サイトを閲覧したことがございませんので、投稿するコツや、楽しみ方など、なにかアドバイスがあれば教えて頂けると幸いです。