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推しの母  作者: 佐藤謙羊
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08 推しの母、そして

 ユニコーンはさすが伝説の聖獣だけあって、疾風(かぜ)のような速さだった。

 王都に張り巡らされた非常線をひとっ飛びで乗り越え、なみいる軍馬をやすやすと蹴散らす。


 街の人たちは「リュミエラ様が回復なされた!」と大喜びで、わたしたちの逃走を手助けしてくれた。


 わたしたちは流れるように、校外にあるトルマリア様のお屋敷に逃げ込む。

 そこは多くの兵士たちがいて守りを固めているので、ここまで来ればもう安全だろう。


 トルマリア様は、涙ながらにリュミエラ様を出迎えてくれた。


「おお、リュミエラ……! 赤ん坊のあなたと引き離されてから、ひと時たりともその顔を忘れたことはありません……! こうして相まみえることを、夢見なかった夜はありませんでした……! ひとりで辛く、寂しかったでしょう? 今日からは、私があなたの母ですからね」


 しかしリュミエラ様は「いいえ」と即答。


「わたしの母は、こちらにいるメイリア様です」


 いやいやいや、わたしはただのメイドですって。

 でもリュミエラ様はいちど言いだしたら聞かない。


 わたしはとりあえず乳母ということで、トルマリア様のお屋敷に住まわせてもらえることになった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから2年の月日が過ぎ、リュミエラ様は18歳になられた。


 エスアモは本来のルートだと、王位継承者のリュミエラ様が亡くなったことがキッカケで権力争いが起こる。

 それは近隣諸国をも巻き込んで、世界を大いに揺るがす歴史的大事件に発展する。


 でもいまはリュミエラ様が生きておられるので、ファイウォード王国は平和そのもの。

 混沌の仕掛け人となるはずのクインアント様とウイドリアン様は、どちらもリュミエラ様を亡きものにしようとしていたことがバレて、仲良く処刑された。


 ホワイトアリスは例の地下室で、リュミエラ様と同じように監禁拷問に処されて死亡。

 彼女によく似た悪霊が、龍宮の森の中をさまよっているという。


 そしてわたしはというと、最後の大仕事のために奔走していた。


 それは、リュミエラ様の戴冠式の準備と、ご結婚……!


 リュミエラ様が生存していた場合、彼の結末はふたつに分れる。


 ひとつは、ヒロインのホワイトアリスと結ばれるというエンド。

 ホワイトアリスと結ばれなかった場合は、隣国のカマセーヌ王女と結ばれるというエンドになるんだ。


 リュミエラ様は戴冠式の前に、隣国を表敬訪問する予定になっている。

 わたしは裏から手を回し、訪問のスケジュールにカマセーヌ王女とのサプライズお見合いを仕込んでおいた。


 シナリオの強制力みたいなのがあるはずだから、出会いさえすれば、ふたりはすぐに恋に落ちるだろう。

 そうすれば、リュミエラ様の幸せは不動なものとなるはず。


 わたしの前世からの悔み種が、ついに花開く時がきたのだ……!


 兵士を多勢引きつれて、隣国へと出発なさるリュミエラ様。

 見送るわたしは万感の思いで、気づくとひとりでに頬が濡れていた。


 わたしは推しが幸せになったら、きっと泣いてしまうだろうと思っていた。

 だからこれは、いい涙。そう、いい涙なんだ。


 そのはずなのに、おかしいな……?

 推しが幸せになるんだから、わたしも幸せな気持ちじゃなくちゃおかしいのに……?


 なんでだろう、なんでこんなに胸が苦しいんだろう……。


 それから数日が経ち、リュミエラ様がお戻りになられた。

 ふたりは仲睦まじく、馬車から降りる時にもリュミエラ様はカマセーヌ王女を抱いていて……。


 わたしはお屋敷の窓からその様子を眺めていたんだけど、馬車から降りるリュミエラ様はおひとりだった。

 外遊から戻られたとは思えないほどに肩をいからせ、足早にお屋敷に入っていく。


 すぐに、わたしの部屋の扉が蹴破られるように開かれた。


「あっ、おかえりなさい、リュミエラ様」


 いつもの「はい!」という元気な返事はない。

 彼は真剣なまなざしで、ひと振りの剣をわたしに突き出していた。


 それは、練習用の剣。

 柄はすり減っていて鞘は傷だらけで、豪奢な服装のリュミエラ様には不釣り合いなものだった。


「この剣は、僕の宝物です。どこに行くときも、ずっと持ち歩いてきました。寝る時も枕元に置いて、肌身離さず……」


 わたしは心臓を急襲される。

 彼が不意に、いまにも泣き出しそうな子供のような顔をしたからだ。


「僕の気持ち……わかってくださっていると……思っていたのに……」


 礼装用のマントを翻し、去っていくリュミエラ様。

 こんなに怒り、こんなに悲しんでいる彼を見るのは初めてだった。


「お……お待ちください!」


 しかしわたしの目の前で、扉は閉じられた。

 追いすがるわたしを振り払い、これまでの関係を断ち切るかのように。


「わ……わたしはただ、あなた様の幸せのために……!」


 その日の夜は、一睡もできなかった。

 そして次の日の朝、わたしは化粧台の前で、いつもよりおめかしをする。


 今日は、リュミエラ様の戴冠式。

 心待ちにしていた日のはずなのに、昨日あんなことがあったせいで、ちょっと心が重い。


 わたしは鏡の向こうにいる、もうひとりのわたしに向かって問う。


 リュミエラ様のことを、どう思ってるの……?


 それは初めて見た時の印象のまま、いまも変わっていない。


 彼は、わたしのお星様……!


 手に取ろうなんて思いもしない。

 ただ眺めているだけで幸せでいられる、そんな存在。


 だからわたしは、あの地下室で会った時に決めたんだ。


 推しの母になる、って……!


 この尊い命を全身全霊をかけて、すべての邪悪から守るって……。

 ううん、わたしの命にかえても、この世の誰よりも幸せにしてみせる、って……!


 だから、わたしの答えは明白だ。


 彼にとっての【最高の幸せ】という名のプレゼントになるには、わたしじゃ力不足。

 箱から出てくるのはカマセーヌ王女みたいな綺麗な方じゃないと、みんなガッカリするよね。


 そうだ、そうだよね。

 だから、これでいいんだ。


 わたしは化粧台からスックと立ち上がる。

 母らしい堂々とした足どりで、部屋を出ようとしたんだけど……。


 扉を開けたら、彼がいた。

 王子から国王になったその姿は、もうかつての弱々しさは微塵もない。


「りゅ……リュミエラ、様……?」


「僕と結婚してください」


「へっ!?」


 そのままずんずん近づいてくるリュミエラ様。

 ただならぬ迫力に、わたしは気圧されてあとずさり、気づくと部屋の壁に追いつめられていた。


 横に逃げようとしたら壁に手を付かれて、彼の腕のなかに閉じ込められてしまう。


「もう耐えられない、誰にも渡したくない。もっと早く、こうするべきでした」


 芳香が近づいてくる。

 すっかり固まってしまったわたしの耳元で、彼はささやいた。


「もちろん、無理やりにはしません。嫌なら、はね除けてくださって結構ですからね?」


 ……!!


「あなたがくれた言葉は、一句たりとも忘れません。でももう、それだけでは足りなくなってしまった。あなたの言葉すらも、すべて僕のものにしたい」


 前世を含めてはじめての口づけは、身も心もとろけるほどに甘美だった。

 骨抜きになって崩れ落ちそうなったわたしの身体を、彼はお姫様のように抱き上げてくれる。


 身体がふわふわして、雲の上にいるみたいだった。

 歩きだす彼に、わたしは夢見心地で尋ねる。


「ど……どちら……に……?」


「これから戴冠式ですから、民に示すのです。星に手を伸ばし、ついに掴んだことを。この美しき星を手にできるのは、この国の王である私だけであると」


 謁見台に出ると、民の歓声が沸き上がる。


「これから、みなの前で誓います。あなたは命を賭けて私を愛してくれた。だから今度は私が生涯を掛けて愛し抜くことを」


 彼はまたわたしにキスをしようとした。でも今度はわたしから、腕を回して彼に抱きついた。


「愛してくれて、ありがとう……! 最高のファンサです!」

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