07 血の目覚め
エスアモにリュミエラ様のルートが追加された場合、攻略対象となるから、ホワイトアリスと結ばれるのは何らおかしいことではない。
しかし野望に飢えた豚のような彼女の本性を知ってしまった以上、なんだか釈然としない。
でもわたしとリュミエラ様には、選択の余地など無かった。
だってまわりには、ざっと数えても200人以上の兵士たちがいたから。
トルマリア様の援軍も無い状態で、この包囲網を突破するのは不可能に近いだろう。
ただ、兵士たちは突然の命令変更で足並みが乱れている様子だった。
彼らはクインアント派だから、ここでリュミエラ様を捕らえてトルマリア様に引き渡すことに及び腰のようだ。
そこを突けば、まだチャンスはある……!?
と思ってたんだけど、ホワイトアリスはすかさず彼らの目の前にアメをぶらさげた。
「アリスちゃんが女王になったら、ここにいる全員を取り立ててあげるわ! 外勤じゃなくて内勤にしてあげる!」
内勤はすべての兵士の憧れ。それはまだ手に入れていないはずのアメなのに、効果はてきめんだった。
それどころか、兵士たちはバースデーケーキをチラつかされたように色めきたっている。
「な、内勤、ですか……!?」
「それだけじゃないよ! がんばった子には騎士団に推薦してあげる!」
ホワイトアリスはほんの数秒で、兵士たちを統率してしまった。
「や、やります!」「俺も!」「一生、ホワイトアリス様に忠誠を誓います!」
「俺たちの新しい主、ホワイトアリス様のご命令だ! リュミエラ様を捕らえるぞ!」
「あっ、痛めつけてもいいけど、顔は傷つけちゃダメだよ! メイリアちゃんは好きにしていいけど、殺しちゃダメだからね!」
「おおーーーーっ!!」
兵士たちは一致団結。アリの子一匹すら通さないような隊列を組んだかと思うと、軍靴を響かせ迫ってきた。
ああ、最後の望みも潰えてしまった……。
あとできることといえば、なるべく痛くないように捕まることだけ……。
わたしは斬首を待つ罪人のようにうなだれる。
彼もそうに違いない、と思っていた。
「リュミエラ様、神妙にしてください! 俺たちに刃を向けるのは、ホワイトアリス女王に刃を向けるのも同じですよ!」
「それが、そうなのか」
「えっ?」
「それがお前たちの信じるものの名か、なんと空虚な」
「なっ!? いくらリュミエラ様でも、我らが女王を侮辱するのは許しませんよ!」
「かまわん! 少し痛めつけてやれ! 我らが女王もお許しくださっている!」
兵士たちは一斉に剣を構えた。
「や……やめ……!」
顔をあげたわたしは、思わず目を見張っていた。
彼の背中に、とんでもないものを見てしまったから。
なんと、薄氷の翼が翻っていたんだ……!
「見えるだろう……? 僕の信じるものが……! それはこの世でもっとも強く、気高く、美しい……!」
こっ、この台詞は!? たしか、設定資料集に書いてあった!
リュミエラ様はスポットライトのような光に照らされていた。
天を仰いだわたしは見た。月の光が、彼だけに降り注いでいるのを。
そっか! たったいま日付が変わって、リュミエラ様が16歳になられたんだ!
そうだ、思いだした! さっきのはリュミエラ様が水龍の血に目覚められて、ゲーム中最強の技を体得するイベントの台詞だ!
「見えなければ、教えてやろう! 音にも聞け、その御名を! 玉音にも等しきその名に、ひれ伏すがいいっ!!」
そうそう! このあとリュミエラ様は、水龍ウインディの名を叫ぶんだよね。
それが【ドラゴンシャウト】っていう技になるんだ。
夢にまで見た名シーンを間近で見られて、わたしはこんな時だというのにワクワクしていた。
しかし直後に憧れの君から発せられたのは、頭の片隅にも無かった名前だった。
「……メイリアさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」
えっ、わたし!? 違う違う違う! って……うわあっ!?
わたしがツッコミを入れるより早く、リュミエラ様は目もくらむような閃光とともに、爆発的なエネルギーを放った。
白い衝撃波が波紋状に広がる。地面が逆巻き、そのまま凍りついていく。
まわりにいた兵士たちはホワイトアリスも含めて、引き剥がされるように吹っ飛び、夜空を舞っていた。
「な……なんでぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ホワイトアリスの絶叫が尾を引くように消えていったあと、静寂が戻った。
あたりはすっかり銀世界に変わっている。
月明かりを受けて白く輝く大地や木々は幻想的で、まるで雪の王の森みたい。
信じられない出来事の連続に、わたしはすっかり思考停止。
まるで雪の王子に会った小さな子供みたいに、彼のお姿を「はえ~」と目に映していた。
そんな憧れの君は、なにを思ったのか口笛を吹き、甲高い音をこだまさせていた。
もしかして、なにかを呼んでいる……?
まあなにが来るにしても、これ以上すごいことは起こらないだろう。
驚きすぎて、もう何があっても抜かれないと思っていたわたしの度肝。
しかし近づいてきた蹄の正体に、やすやすとブチ抜かれてしまった。
「ゆっ……ユニコーンっ!?」
いまの景色に似合いすぎるユニコーンは、現われるなりリュミエラ様に擦り寄っていた。
「い……いつの間に飼い慣らしたんですか!?」
「メイリア様とお昼寝している時に、見つけたんです。そのまま仲良くなって、つい……。その、ごめんなさい……」
拾った子猫をこっそり飼っていたのを母親に見つかってしまった子供のように、しおらしくなるリュミエラ様。
先ほどのまでの無双っぷりから一転、ウソのような愛らしさで、そのギャップにわたしは思わず変な声をあげてしまった。
「う……ウヒョーッ! あっ……! そ……そんなことより、いまのうちに逃げましょう! 」
「はい!」
リュミエラ様はひらりとユニコーンにまたがると、わたしに向かって手を差し出す。
「さあどうぞ、メイリア様」
そのお姿は、まさしく白馬の王子様であった。