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推しの母  作者: 佐藤謙羊
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05 チート

 クインアント様の部屋を出たわたしは、さっそく廊下で頭を抱えていた。


 敵の全貌が、ついに明らかになった。

 ホワイトアリスの背後(バック)にいるのはかなりの権力者だろうと思っていたけど、まさかここまでとは。


 よりによってこの国のツートップ、女郎グモと女王バチだなんて……。


 一介のメイドからすれば、完全なる無理ゲー。

 相手は神も同然だから、チートでも使わないと無理なんじゃ……。


「チート……? あ、そっか! その手があった!」


 思いついたのはいちかばちかの手段だったけど、他に方法はない。


 わたしは脱兎のごとく龍宮を飛びだし、城下町へと向かう。

 尻に火を付けられたウサギのごとく、貧民街にある路地裏へと突撃していた。


「よう姉ちゃん、迷子か? それとも、俺のをしゃぶりに来てくれたのか?」


 その勢いのまま、絡んできたひとりのホームレスにズンズンと近づいていく。


「あなた、下ネタ大嫌いでしょう」


「は?」


「デーフェクトゥスさん。いやさ、【月蝕】」


「は……はぁぁ? テメェ、さっきからなにわけのわかんねぇこと言ってんだ? あんま抜かしてると、マジで犯すぞ!」


「やってごらんなさい。あなたが後ろ手で構えている短刀が煌めくより早く、あなたの首は地面とキスするでしょうね」


 わたしがデーフェクトゥスと呼んだ若きホームレス、その瞳が猫の瞳孔のように細くなる。

 それだけでわたしは首筋に刃物を押し当てられたような、ゾクリとした感覚に襲われた。


「テメェ、ナニモンだ……!?」


「まだわからない? あなたを殺すのに、1秒もいらない者よ」


「へっ、言うじゃねぇか! どうやら、タダモンじゃなさそうだな! 夜叉みてぇなバリバリの闘気(オーラ)が、ビンビンきてるぜ! その大口も、ハッタリじゃなさそうだ!」


 ううん。前世はOLでいまはメイドの、密やかな一般市民です。

 ただ推しのために、命懸けになってるだけの女なんですけどね。


 大胆不敵に振る舞ってますけど、実は心臓バックバクです。

 背中は冷や汗ダッラダラ、足はガックガクです。ロングスカートで良かった。


 そうなるのも無理はない。彼はこのエスアモにおける最強キャラだからだ。

 一匹狼の暗殺者をしており、彼の刃から逃げられた者はいないという。


 白刃のような銀髪と、額を覆うほどのバンダナの向こうにある血塗られた赤い瞳。

 粗末な服装の間から覗く筋肉質の身体は傷だらけで、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた猛者だとわかる。


 前世でエスアモをプレイしていた時は、【デフちゃん】なんて呼んで慣れ親しんだ彼だけど、初めての実物は想像以上の威圧感だった。

 こんなに身の縮こまる思いをしたのは、前世でヤクザの親分の家を掃除して、拳銃を見つけた時以来かもしれない。


 わたしは動揺を表に出さないように、必死に冷徹を装った。


「わたしはあなたのことを知ってるから、自己紹介はいいわよね。デーフェクトクスさん、あなたにお願いがあるの」


「そうかい、勝手にほざいてろ」


「リュミエラ様を逃がすのを手伝いなさい」


「……ハァ? お前ほどの女なら、知ってやがるだろ? 俺はいま、クインアントに雇われてんだ。16歳の誕生日の前日に、リュミエラを殺す手筈になってるんだぞ?」


 デーフェクトゥスさんがクインアント様のために働いているのは知っている。

 エスアモの本編でもそうだったから。

 でも、リュミエラ様を殺す仕事まで請け負っていたとは知らなかった。


 デーフェクトゥスさんはプロだ。だから依頼人を裏切ったりはしないだろう。

 でもリュミエラ様を殺すんだったら、このままみすみす帰すわけにはいかない。


 わたしは禁断のチートを発動することにした。


「あなたが月蝕と呼ばれているのは、『月にいる神すら殺せる』ってのが由来よね?」


「ああ、俺に狙われて生き延びたヤツはいねぇ。金さえくれりゃ、ウサギの神様だって殺してやるさ」


 このファイウォード王国では、月にはウサギの姿をした神がいると信じられている。


「無理ね、あなたには殺せない。だって家はウサちゃんだらけなんでしょう?」


 デーフェクトゥスさんの瞳がぶわっと広がり、ウサちゃんのようにまん丸になった。


「なっ……!? なぜそれを……!?」


 エスアモの設定資料集にあったんだよね。

 隠れ家でたくさんのウサちゃんと戯れているイメージイラストが。


「だ……誰も知らない俺の秘密を、なぜ……!?」


「そんなことはどうでもいいわ。このことがバレたら、裏社会でいい笑いものになるでしょうね。あの月蝕が、ウサちゃん大好きだなんて」


「て、テメェ……!」


「言いふらされたくなかったら、わたしに協力しなさい」


「抜かしやがれ! 俺は一度だって、依頼人を裏切ったことはねぇんだ!」


「そうみたいね。でも、【寝返るのは一生に一度】なんでしょう?」


「おい!? なんで俺の座右の銘まで知ってんだよ!? 誰にも言ったことねぇのに!?」


 それは、プロフィール欄にデカデカと書いてありました。


 ちなみにこれはエスアモ本編の名シーンのひとつでもある。

 ホワイトアリスを助けるために、デーフェクトゥスさんはクインアント様を裏切るんだ。


 でもホワイトアリスにはもう、その権利はない。

 わたしはデーフェクトゥスさんを、ビシッと指さした。


「ならばその一回を、わたしのために使いなさいっ!」


「……!!」


 すっかり言葉を失い、射貫かれたように動かなくなるデーフェクトゥスさん。

 やがてその顔が、ヤケクソ気味にほころんだ。


「はっ……! なんなんだお前! お前みたいなヤベー女、初めてだぜ! こんなのもう笑うしかねーだろ! あっはっはっはっ! あーっはっはっはーーーーっ!!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 わたしが考えた、【推し生存大作戦】。

 それはリュミエラ様とともに、龍宮の外に脱出するというものだ。


 龍宮は王族や貴族が集う場所だけあって、外周は壁によって護られている。

 戦争時なんかはそのまま城塞にできるくらい、壁は高くて堅牢ときている。


 龍宮への出入りは普段から検問によって厳しく管理されていて、壁を乗り越えて外に出ようものならさぁ大変。

 王都は封鎖されて近隣には包囲網が敷かれ、いままでどこにいたんだろう、っていうくらいあたりは兵士であふれかえる。


 だからわたしは、そこを逆手に取ることにした。


 デーフェクトゥスさんに検問破りをしてもらって、緊急指名手配されてもらう。

 その混乱に乗じて、わたしとリュミエラ様が脱出する。


 しかしふたりだけじゃ逃げ切れないと思うので、あるお方の協力をあおぐことにした。


 それはリュミエラ様の母上であるティアマンテ様、その妹君である【トルマリア】様。

 ティアマンテ様が王妃になったときはトルマリア様も龍宮で暮らしていたんだけど、ティアマンテ様がお亡くなりになってから追い出されてしまったらしい。


 トルマリア様はリュミエラ様の身を案じていて、リュミエラ様を国王にしたがっている派閥の者たちとともに奪還を目論んでいるそうだ。


 わたしはトルマリア様と密かに接触し、逃走用の馬車の手配と、トルマリア様のお屋敷での保護をお願いした。

 作戦の決行日は、リュミエラ様の16歳の誕生日、その前日の夜。


 リュミエラ様はいま14歳だから、あと2年間しか時間がない。

 その間にわたしは完璧なる逃走ルートを見つける必要があった。


 同時にわたしはリュミエラ様の身体づくりを開始する。

 逃げる時にものをいうのは体力だからだ。


 毎日の散歩では馬を利用。首に縄を掛けて馬で引きずり回しているように見せかけて、マラソンをしていただく。


 運動したあとは、しっかり栄養補給。

 リュミエラ様は外で食べるのがお好きだったので、残飯に見せかけた高級食材を、無理やり口に詰め込んでいるように見せかけて、あーんして召し上がっていただく。


 もちろん休息も忘れていない。

 針のムシロに見せかけた羽毛布団に寝ていただき、しっかりお昼寝。


 いちど添い寝をせがまれたことがあったんだけど、リュミエラ様の隣で横になったわたしは羽毛布団が気持ちよすぎて針のムシロだというのに、いっしょになってグッスリ眠ってしまったことがあった。


 そんなミスはありつつも、なんとか周囲にはバレずに2年の時を過ごす。

 そしてついに、作戦決行の日が訪れた。

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