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推しの母  作者: 佐藤謙羊
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04 轟いた悪名

04 轟いた悪名


 リュミエラ様の回復力には舌を巻いたわたしだったけど、その身体能力の高さには舌が裏返るかと思った。


 生まれたての子鹿みたいにおぼつかなかった足どりは、ほんの数日で高山に住むカモシカみたいな脚力になった。

 水泳なんて、ちょっと教えただけでイルカみたいに泳げるようになったんだよね。


 目に映るものすべて新鮮で楽しいのか、乾いたスポンジみたいになんでも吸収していくリュミエラ様。

 そしてついに、【はじめてのおねがい】をされた。


「メイリア様……僕、剣術を覚えたいんです!」


 わたしは派遣のときに剣道の道場で働いたこともあったので、剣道なら少しはわかる。

 しかしそんなのはいまのリュミエラ様にとっては朝メシ前で、あっという間に習得されてしまった。


 わたしは悩んだ末に、ある決断をする。

 それは、龍宮にあるファイウォード軍の訓練場に、リュミエラ様をお連れすること。


 訓練場は龍宮でも賑やかな場所にあるので、本当だったら近づくのもためらわれる場所だ。

 しかしリュミエラ様は初めて、自分のしたいことをおっしゃってくださった。


 いままでずっと顔色を伺うようだった瞳が、ひときわ強く輝いたんだ。


 それは彼にとって、ありったけの勇気が必要だったに違いない。

 ならばわたしにはその願いに、腸をソーセージにする思いをしてでも応える義務がある。


「推しの願いを叶えられなくて、なにがファンか……!」


 それから毎日の散歩に、新しいルートが加わる。

 わたしは晒し者にするという名目でリュミエラ様を連れ、群の訓練場のまわりを周回した。


 砂埃をあげて剣を交える勇壮な兵士たちに、リュミエラ様は初めて雪を見た犬みたいに大興奮。


『わぁ、すごい……! みんな強そうだ! なるほど、剣というのはああやって使うものなのか!』


 少年が強さに憧れるその姿は、純粋に美しく、そして微笑ましい。

 しかしデラックスニセ鉄仮面とプレミアムニセ貫頭衣の効果があるので、世にもおぞましい光景に変わる。


 兵士たちは訓練の最中ずっと、スパルタ軍の敵兵士を見るような目でこちらをチラチラ見ていた。


「お……おい、見ろよ……! あ……あれがウワサの、メイリアの拷問かよ……!」


「見せしめのために、こんな所まで出張ってきやがったのか……! ウワサ以上のひどさだな……!」


「狂犬みたいにのたうち回って泣き叫んでるのに、容赦せずに引きずり回してるぞ……!」


「あんな小さな子を、あそこまで辛い目に遭わせるなんて……! 我が軍の拷問官より恐ろしい……!」


「あの悪魔に比べたら、前の世話係のアリスちゃんなんて天使だよな……!」


 なんかホワイトアリスの評価が上がっているようでシャクだったけど、推しが喜んでくれてるからガマンガマン。

 そしてこの新しい日課は、思いも寄らぬ副産物をもたらしてくれた。


 ある日、さるお方から呼び出しを受けたんだ。


「メイリア・ハタラキアリ! ウイドリアン様がお呼びだ!」


 それは【ウイドリアン・ウノ・ファイウォード】王室夫人。現国王である、ペラドル様の第一側室。


 ペラドル様は長いこと病床に伏しているので、現在の為政は【賢者院】という王室の助言機関が行なっている。

 しかし対外的なトップはウイドリアン様なので、事実上、この国の【女王】といっていい。


 女王は【龍の腹】と呼ばれる龍宮の最深部にいて、厳重な警備によって護られている。

 世界のありとあらゆる財宝を飲み込んだ強欲な龍、その胃の中みたいな部屋の中心で、彼女は玉座に鎮座していた。


「あなたはとてもいいわ、あの汚れたメス犬からひり出された子犬を、あそこまでキャンキャン鳴かせるなんて」


 のっけから下品で遠回しな言い方をされたけど、わたしはすぐに察する。


 子犬というのは、リュミエラ様のことだろう。

 そしてメス犬というのは、リュミエラ様の母上であり、いまは亡き王妃【ティアマンテ・ドス・ファイウォード】様のことだ。


「子犬の悲鳴を聞きながら飲むお茶が、最近のいちばんの楽しみなの」


 なるほど、訓練場の悲鳴を聞いたというわけか。


「あなたは、ホワイトアリスから世話係を引き継いだのでしょう? それならわかっていると思うけど、いくら苦しめてもいいけど、決して殺してはダメよ」


 まだ話が見えないけど、ウイドリアン様はティアマンテ様とリュミエラ様を相当憎んでいるようだ。


「本当だったらあのメス犬と同じように、虫ケラのように殺してやりたいところだけど……。あの子犬には使い途があるのだからね」


「使い途……ですか?」


「あら、ホワイトアリスから聞いていなかったのね」


 ウイドリアン様から語られた【使い途】は、それはそれはおぞましきものだった。


 ティアマンテ様はかつてウイドリアン様の侍女で、ふたりは親友のように仲良しだったらしい。

 しかしある日、ティアマンテ様がペラドル様を誘惑したそうだ。


 しかし、事実は逆だと思う。

 ペラドル様は好色で知られているので、ティアマンテ様を手籠めにしたんだろう。


 そして生まれたのが、リュミエラ様。

 これが普通の子だったら愛人の子が増えただけなので、特に騒ぎにもならずに終わるんだけど……。


 リュミエラ様が王の資格とされる水龍のアザを持っていたから、さぁ大変。

 ちなみにウイドリアン様はすでにペラドル様との間に男児をもうけていたんだけど、その子にはアザが無かった。


「本来なら私のかわいい息子、グソクが国王にはずだったのに……! それなのにあのメス犬がしゃしゃり出てきて、薄汚い子犬をひり出したばかりに……!」


 王位継承者を生んだティアマンテ様は正室になったんだけど、半年も経たないうちに亡くなられた。

 しかし葬式は行なわれなかったという。なぜならば同時期に、ペラドル様が病で倒れてしまったから。


 残されたリュミエラ様を引き取ったのが、他ならぬウイドリアン様だ。

 彼女はリュミエラ様を育てた、というか……メイドを使って監禁虐待させた。


 ウイドリアン様的には、母子ともども始末したかったのだろうけど、そうしなかった。

 なぜならば……。


「あの子犬が16になったら、【龍脈の儀式】が行なえる……! あの子犬に流れている龍の血を、グソクに移せるの! いや、取り戻せると言ったほうがいいわね。あのメス犬は、なにもかも私から横取りしたのだから!」


 完全な逆恨みじゃないか。


 でも、リュミエラ様を生かしておく理由はわかった。

 この情報はもしかしたら、これからの活路になるかもしれない。


 わたしはさらなる活路を求め、ウイドリアン様に尋ねた。


「あの、ひとつお伺いしてもよろしいですか? 【龍脈の儀式】をやったら、リュミエラ様はどうなるんでしょう?」


「それは当然、死んでしまうわよ。死体はそうねぇ、剥製にでもしようかしら」


 させるか! その前に、お前をやってやるよ!

 マンドラゴラを喉に埋め込んで、ずっと泣き叫ぶオブジェにしてやろうか!?


 なんて言葉が舌の上まで出かかったけど、グッと飲み込む。


 うーん、もしかしたらと思ったんだけど、ダメだったか。

 もし【龍脈の儀式】をやってリュミエラ様が普通の男の子になれるんだったら、ウイドリアン様に付くのもワンチャンありかなと思ってたんだけど……。


 いずれにしてもより深いところに食い込んでおくべきだろうと思い、わたしは媚びを売る。


「いいですね、その剥製作りはぜひわたしにやらせてください」


「ホホホ、この世のものは2種類しかないの。私が気に入ったものと、気に入らないもの。あなたはそのことがよくわかっているようね」


 ウイドリアン様はわたしの真の意図など想像もしていないかのように、すっかり上機嫌になっていた。


「これからもこの調子で、あの子犬を鳴かせてちょうだいな。そしたらホワイトアリスのかわりに、私の侍女にしてあげましょう」


「ありがとうございます」


 【女王】との謁見で、わたしは多くの情報を得た。

 リュミエラ様が監禁虐待されていた理由と、ホワイトアリスの背後(バック)がわかったのは特に大きい。


 ……あれ? でも、おかしくない?


 ウイドリアン様は、リュミエラ様を16歳まで生かしておくように命じていた。

 それなのにホワイトアリスは、リュミエラ様の14歳の誕生日に罠を仕掛けて殺そうとしていた。


 なんで……? それって完全に、背反行為なんじゃ……?


 新たに生まれてしまった疑問。

 しかしそれは、ウイドリアン様のお部屋を出てすぐに氷解することになる。


「メイリア・ハタラキアリ! クインアント様がお呼びだ!」


 【クインアント・トレス・ファイウォード】王室夫人は、第二側室。

 ウイドリアン様がこの龍宮にいる女たちの頂点とするなら、クインアント様はナンバー2にあたる。


 クインアント様は【逆鱗】と呼ばれる、龍宮でもっとも高い場所にいて、これまた厳重な警備によって護られている。

 ついさっき見たような成金趣味の室内に案内されたわたしは、デジャヴのような一言を頂いていた。


「あなたはとてもいいわ、あの汚れたメス犬からひり出された子犬を、あそこまでキャンキャン鳴かせるなんて」


 どうやらクインアント様も、リュミエラ母子を蛇蝎のように嫌っているようだ。

 でも、それもそうか。貴族令嬢ならまだしも、庶民の出身である侍女に正室の座を奪われたんだから。


「たっぷり鳴かせるのはいいことね。でも、あまり長引かせてはダメよ。適当なところで殺してしまいなさいな。そしたらホワイトアリスのかわりに、あなたに爵位をあげましょう」


 この一言で、わたしのこれまでの疑問はすべて氷解した。


 ホワイトアリスの本当のボスは、このクインアント様だ。

 ウイドリアン様の手先のフリをして、クインアント様に情報を流していたんだろう。


 いや、違うな。ホワイトアリスはコウモリ女だったんだ。

 ふたりの王室夫人を天秤にかけ、より旨味のあるほうに付こうとしたんだろう。


 ウイドリアン様に付いても侍女どまりだけど、クインアント様に付けば貴族令嬢になれる。

 だからクインアント様の命令に従い、14歳の誕生日にリュミエラ様を殺そうとしたんだ。


 その結果、ホワイトアリスはウイドリアン様を裏切ることになるんだけど、その時はクインアント様という後ろ盾を得られる。

 【龍脈の儀式】ができなければウイドリアン様は大ダメージなので、クインアント様がナンバー1になる目も出てくるだろう。


「この私が手に入らないものは、存在してはならないの……!」


 そう豪語するクインアント様は、【龍脈の儀式】を潰そうとしている。

 なぜかというと彼女の家系は女系で、龍の血を移せるような息子がいないからだ。


 彼女はライバルのウイドリアン様と同じ、野望にギラついた瞳をしていた。


「【龍脈の儀式】さえ阻止できれば、あの女の手元にはバカ息子だけが残る……! あとは私の息が掛かった【賢者院】を動かせば……! 私はこのファイウォード史上初の、女帝になれるのよ……!」


 そうか……そういうことだったのか……。

 自分の息子を王にしたい女と、自分が王になりたい女……。


 欲にまみれた女たちの権力争いに巻き込まれて、わたしの推しは虐待され……。

 挙句の果てに、殺されていたのか……。

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