03 推し活開始
次の日、わたしは龍宮のお屋敷にいた。
リネン室の前の廊下にある甲冑の陰に隠れつつ、メイドたちのダベりに聞き耳を立てている。
「ねぇ、今日もアレやろっ!」
「えっ、昨日やったばっかなのに、今日もやるの?」
「いくらあの【ダメリア】でも、2日連続だと気づくんじゃな~い?」
「【バカリア】だから気づかないよ。やろうよ、それとも嫌なの?」
「そんな、嫌なんて言ってないしぃ!」
「アリスちゃんがそう言うなら、いいけど……」
「決まりね! じゃあアリスちゃんは、【頭を打って寝たきりになる】に賭けるわ」
「うーん、じゃあ私は【足の骨を折って入院】にしよっかな」
「じゃあ私わぁ、【頭を打ってパーになっちゃう】にするぅ~!」
「ふふっ、これ以上バカになりようがないと思うけどな」
「言えてるかもぉ~! あはははは!」
「じゃあ、昨日はアリスちゃんが突き飛ばしたから、今日はあなたたちふたりでやってね」
「「オッケー!」」
「そうだ、せっかくだから、今日は大階段でやろうよ」
「えっ、大階段……? あんな高い所から突き落とすの?」
「それってヤバくなぁい? しかも下はじゅうたんじゃ無くて、大理石だよぉ?」
「「下手したら、マジで死んじゃうんじゃ……?」」
「なに、嫌なの? あなたたちはズッ友だよね? それなのにアリスちゃんのお願いを聞いてくれないの?」
「いや、嫌ってわけじゃ……」「アリスちゃんが、そこまで言うなら……」
「じゃあ決まりだね! おびき出すのはアリスちゃんがやってあげる! うわぁ、楽しみ~!」
笑いあいながらリネン室を出る3人のメイド。
ふたりを従えるようにして歩いていた先頭のメイドが階段を降りようとして、足を取られていた。
……どんがらがっしゃん!
地響きがするほどの衝撃のあと、ゴン! と固いものどうしがぶつかるような鈍い音。
一拍置いて、悲鳴が交錯する。
「きゃあっ!? アリスちゃん!? 大丈夫!?」
「返事がない!? 頭を強く打ったみたい! 誰か、誰かぁーーーーっ!」
眼下の廊下は大騒ぎ。
そのスキに、わたしは階段に張っておいたワイヤーを回収した。
ふん、ワイヤートラップだったらわたしも得意なんだから。
昨日の地下室で、ホワイトアリスに飛び蹴りを食らわせなかった自分を褒めてあげたい。
わたしが自制できたのは他でもない、リュミエラ様をお守りしたいという一心からだ。
現時点では一介のメイドでしかないホワイトアリスは、ただのトカゲのシッポに過ぎない。
独断で一国の王子を監禁虐待なんてできるわけがないから、彼女のバックにはきっと大きな力を持った黒幕がいる。
ソイツを突き止めない限りは、リュミエラ様の生存ルートはやってこないだろう。
それと、昨日わたしに濡れ衣を着せ損ねたホワイトアリスは、早々にわたしを消しにかかるはず、と予想。
だから先手を打って今日、朝一番で彼女に罠を仕掛けたんだ。
先制攻撃は大成功で、彼女は意識不明の重体となった。
たぶんしばらくは寝たきりになるだろうから、リュミエラ様の平穏は保たれるだろう。
それにしても、意外だった……。
エスアモのヒロインが、あんな腹黒女だったなんて……。
まぁ、そんなことはどうでもいっか。
これで堂々と、リュミエラ様のお世話ができるぞ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わたしは勝手に、リュミエラ様の世話係に就任する。まず最初にやったことは、鉄仮面をなんとかすること。
リュミエラ様の鉄仮面はオール鉄製で、着けているだけで拷問みたいな重さだったから。
鉄仮面自体を外してあげれば済む話かもしれないけど、人目がある。
リュミエラ様の監禁虐待は、この龍宮関係者なら誰もが知っている暗黙の事実だったらしい。
もし鉄仮面を着けていない姿を目撃されたりなんかしたら、リュミエラ様を助けようとしていることが黒幕にバレてしまうと思ったんだ。
わたしは前世で、派遣でテレビ局の小道具作りを手伝ったことがあるから、フェイク作りには自信がある。
片手でラクラク持てるハリボテ製の鉄仮面をリュミエラ様に被せると、奥にある瞳をパチパチさせていた。
「わぁ……すごい……! 見た目は鉄なのに……すごく……軽い……です……!」
「これなら、いくら着けていても辛くないでしょう? 内側にはお薬も塗ってありますから、お肌にもやさしいですよ」
「ありがとう……ございます……メイリア様……!」
「ちょ、おやめください! わたしのことは呼び捨てにしてください! それに、敬語なんてとんでもない!」
しかしいくら言ってもリュミエラ様は【メイリア様】呼びを止めてくれなかった。
彼はまるで、捕まった野ウサギみたいに警戒心を抱き続けている。
どうやら、ホワイトアリスから相当ひどい扱いを受けてきたようだ。
おそらくだけど、タメ口を強要されたのでタメ口をきいたら生意気だと殴られた、みたいな理不尽なことをされてきたんだろう。
これまでエスアモのキャラでいちばん嫌いだったのはメイリアだったけど、いまはダントツでアイツだよ。
まったく、倍にして返してやらないと気が済まない。
そんな個人的な恨みはさておき、そのあとわたしが着手したのは、栄養の改善。
リュミエラ様は14歳だというのに、身長が100センチくらいしかない。
平均身長でいえば4歳児と同じくらいなので、どうやら生まれた時からまともに食べさせてもらえなかったんだろう。
そしてこの改善は、けっこう苦労させられた。
なにせ調理場には、使用人たちの多くの目がある。
ごちそうなんかを持って出ていく姿を見られたりなんかしたら、一発でオシマイだ。
しかしここでも、テレビ局での小道具作りの経験が役に立つ。
わたしは王族用の食材を調理したあと、残飯っぽく盛り付けるようにした。
「あの奴隷王子には、これでじゅうぶんね!」
なんてまわりに聞こえるように独り言をつぶやきながら、最高級の肉や魚を持ち出したんだ。
リュミエラ様のところで盛り付けをやりなおせば、立派なお食事のできあがり。
「い……いいん……ですか……? こんな……ごちそう……まるで……王様……みたい……です……!」
「あなたは王族なのですから、その権利があるんですよ。そうぞ、たくさん召し上がってくださいね!」
美味しすぎるのか、うみゃうみゃ言いながらガッつくリュミエラ様。
そのお姿は【愛おしい】以外のなにものでもない。
育ち盛りの子を持つ母親というのはこんな気持ちなのかな、とわたしは思う。
栄養が行き渡っているのか、傷もどんどん治っていく。
リュミエラ様の額にあるアザは、このファイウォード王国を守護する水龍ウインディの力を与えられた証である。
アザのある者の身体には龍の血が流れているらしいから、回復力も桁違いなのかもしれない。
ほんの数日で、リュミエラ様は自力で立って歩き回れるほどに回復された。
樹皮みたいだった黒くてガサガサの肌は、血色のいい白さでスベスベになり、もうアザひとつない。
死にかけの蚊が鳴いているようだったお声も、しっかりとした響きを持ち始める。
「じゃあそろそろ、外に出ましょうか」
「えっ、いいんですか!? でもメイリア様、僕は外に出ちゃダメだって言われています! 間違って出ないようにって、ずっと足の骨を折られていました!」
「えっ、なんてひどいことを!? いいですか、それはあなた様を陥れようとする、悪い大人が吹き込んだことです! あなた様には、この龍宮のどこでも……! ううん、この国のどこだって行っていいんです!」
「ど……どこにでも……!?」
「そうです! その気になれば、世界一周だってできちゃいます!」
しかしこれにはひとつ問題があった。
陽気に歩いている姿を誰かに見られたりなんかしたら、一発でオシマイだ。
そこでわたしは、またいくつかのものを用意した。
「まずはこちらをどうぞ、改良版の【デラックスニセ鉄仮面】です」
「以前のものと、なにが違うのですか?」
「素材を紙から魔法繊維に変えたことで、着け心地と耐久性が増しました。またマンドラゴラが素材として使われているので、この仮面を被って発した声はすべて悲鳴になります。試しに、被って喋ってみてください」
直後「グェェェェェーーーーッ!?」と、火あぶりにされるオシシ仮面みたいな絶叫がわたしの鼓膜をつんざいた。
「こ……この仮面は、地下では使わないほうが良さそうですね。あとはこの【プレミアムニセ貫頭衣】をどうぞ。これは幻影の魔法錬成が施されていいます。着ると、外部からは以前の痩せたお姿に見えます」
「わぁ、あったかい! 着心地もとってもいいです!」
「夏は涼しくて冬は温かいんですよ。吸汗速乾の機能もありますから、汗をかいてもサラサラです」
この服は城下町の服飾店でオーダーメイドしたんだけど、魔法錬成モリモリなぶん、お値段もモリモリだった。
メイリアはお金をかなり貯め込んでいたので、それをぜんぶ遣わせてもらっちゃった。
でも、貯金をはたいた甲斐があったみたい。
「すごい……! これ、ずっと着てたいです! ありがとうございます、メイリア様っ!」
新しい貫頭衣はかなり気に入っていただけたようで、リュミエラ様の普段着となった。
しかし普段から着ていられると、こっちとしてはみすぼらしい姿を見ることになるので心が痛む。
でも、しょうがないか。
「それでは外出いたしましょう。大変申し訳ないのですが、外にいる間は首に縄を付けさせていただきます。あと、人目があるところでは四つ足で移動するようにしてください」
「はい、仰せのままに!」
外に出られるのがよっぽど嬉しいのか、リュミエラ様は散歩に行きたがる犬みたいに、すすんで首に縄を付けてくれた。
そして、それからだ。
わたしの極悪非道っぷりが、龍宮じゅうに轟いたのは。
「おい、聞いたか!? あのウワサ!」
「ああ! メイリアがリュミエラ様を犬みたいに這いつくばらせて、森のなかを引きずり回してるって話だろ!?」
「森の中から、この世の終わりみてぇな悲鳴が聞こえてくるってよ!」
「いったい、どんな拷問をしてるっていうんだ!?」
「わからんが、リュミエラ様はガリガリに痩せ細ってて、身体は火傷跡とアザだらけらしい!」
「なんてことを……! 前の世話係だったアリスちゃんだって、そこまでひどいことはやらなかったのに!」
「そうそう! アリスちゃんは天使だからな!」
「そう思うんだったら、お前ら止めさせてこいよ! アリスちゃんのいない間になにやってんだ! って!」
「やだよ! だって【あのお方】はたいそう喜んでるそうじゃないか! 止めさせたりなんかしたら、クビが飛ぶだけじゃすまねぇよ!」
「むしろ、メイリアにはいまのうちに媚びを売っとくべきかもな! この調子だと、【あのお方】に召し抱えられるかもしれねぇぞ!」
みんなは知っていた。
涙も悲鳴もすべて枯れ果てるほどに、リュミエラ様が拷問されていたことを。
わたしはリュミエラ様を地下室から連れ出すと、誰もこない森の奥のほうまで行って、自由に運動させてあげていた。
「楽しい! 楽しいです! この僕が、外を走り回れるなんて! 嬉しい! すごく嬉しいです! メイリア様っ!」
草原を転げ回ったり、木に登ったり、大はしゃぎのリュミエラ様。
暑い日なんかは湖まで行って、泳ぎを教えてさしあげたりもした。
「き……気持ちいいーっ! 泳ぐのがこんなに気持ちいいなんて、初めて知りました! あはっ! あはっ! あははははっ!」
みんなは知らない。
ここのところ、リュミエラ様はずっと笑っておられるのを。