第1話 始まりの旅路
この世界において、冒険者とは様々な目的のために旅をする者たちの総称だ。危険な魔物と戦う者もいれば、古代遺跡を調査する学者もいる。希少な薬草を求めて森に入る薬師も未開の地を地図に記す測量士も、皆、冒険者としてギルドに登録されている。彼らは、それぞれの目的のために世界を旅する、自由な魂を持つ者たちだった。
冒険者の街ユニアムの賑やかな通りを、一人の少女が駆け抜けていく。彼女はシルヴィ。肩まである深緑寄りの黒髪が、走るたびに軽やかに揺れる。若木の葉のようなエメラルドグリーンの瞳は、これから始まる新しい一日に期待を輝かせている。彼女はチュニックの上にポケットのついたベストを着て、動きやすさを重視したパンツスタイル。足元には、支給されたばかりの丈夫な革ブーツを履いている。
そんな彼女が向かう先は、冒険者ギルド。扉を開けると、そこは活気と喧騒に満ちた、冒険者たちの熱気が渦巻く場所だった。
(うわぁ……!)
シルヴィは、その光景に思わず目を輝かせた。大きな木製のテーブルでは、屈強な戦士たちが酒を酌み交わし、昨日の冒険譚を大声で語り合っている。カウンターの周りには、真剣な表情で地図を広げる魔術師や、薬草の入った袋を背負った薬師の姿もある。まるで、これまでの人生で読んできた物語が、そのまま現実になったようだった。
「これで、私も冒険者だ!」
シルヴィは、新品の冒険者ギルドのバッジを胸元で輝かせ、満面の笑みを浮かべる。彼女が身につけている真新しいバッジ、ベスト、ブーツ。それらはすべて、これから始まる長い旅に備えて、彼女が初めて手にした冒険者の道具だった。
彼女を冒険へと駆り立てる動機は、富や名声ではない。ただひたすらに、「世界中の美しい場所を見たい」という純粋な夢だった。
それは、まだ見ぬ景色に触れることで、自分という存在が、この広大な世界の一部なのだと確かめたい、そんな幼い願いからくるものだった。
そんな喧騒の中、彼女は掲示板へと歩み寄っていく。手には、買ったばかりの地図が握られていた。
そこに貼り出された、一枚の依頼書に彼女の目が留まる。
【画家の護衛依頼】
依頼内容には、報酬と護衛期間に加え、以下のような詳細が記されていた。
・目的地: ドゥオイトへと続く街道
・依頼内容: 画家が道中の美しい風景を描くため、魔物が出る危険な地域を護衛する。
・報酬: 護衛依頼相場に準拠
(画家の護衛依頼……! きっと、素敵な景色がたくさんあるに違いない! これなら、私の夢も叶えられるかもしれない!)
シルヴィは胸の高鳴りを抑えきれない様子で、受付へと向かった。
ギルドの受付嬢は、シルヴィの初々しさに、どこか懐かしそうな眼差しを向けた。
「あら、この依頼ですね。お受けになりますか?」
「はい! お願いします!」
シルヴィの弾むような声に、受付嬢は微笑む。
受付嬢はカウンターに設置された特殊な装置にシルヴィのバッジをかざした。バッジから淡い光が放たれ、受付嬢の目の前の画面にシルヴィの登録情報が表示される。
「シルヴィさん、ですね。フルネームをお願いできますか?」
「はい! シルヴィ・ラヴァンスです!」
「確認いたしました、シルヴィさん。登録情報によると、この依頼が初めての仕事のようですね」
受付嬢は、優しい口調で言った。
「はい! 冒険者になりたてなので……!」
シルヴィは少し恥ずかしそうに答えた。
「そうでしたか。初めての依頼で護衛は大変かもしれませんが、あまり無理はしないでくださいね。危険だと感じたら、すぐに引き返すことも、立派な判断ですから」
その言葉は、シルヴィの心にじんわりと温かく響いた。
「依頼主はセイア様という方で、とても熱心な方ですから、きっと素敵な絵を描かれるのでしょうね。なんでも、描きたい風景のためなら、どんな危険も顧みない方のようです。集合時間は、明日の朝です。ギルドの前でセイア様とお待ち合わせください」
受付嬢の言葉は、シルヴィの期待をさらに高めた。どんな絵を描くのだろう。どんな風景を求めているのだろう。
「はい! 楽しみです!」
満面の笑みで頷き、手続きを済ませたシルヴィは、ギルドを出た。
「シルヴィさん、これからの冒険に、幸あらんことを」
受付嬢の言葉に、シルヴィは振り返り、深々と頭を下げた。
外は、夕日がユニアムの街を茜色に染めていた。ウキウキとした足取りで、シルヴィは自分が泊まっている宿へと急ぐ。部屋に戻ると、彼女は早速、宿の食堂で温かいシチューとパンを頬張った。明日に備えて、しっかりと栄養を摂らなければならない。
食事を終え、部屋に戻ると、シルヴィは湯気の立つ桶で体を洗った。旅の準備を整え、布団に潜り込む。今日の出来事を思い返し、明日への期待で胸がいっぱいになった。
(セイアさんって、どんな人なんだろう……? 明日、どんな景色に出会えるんだろう?)
新しい出会いと、初めて見る景色への期待を胸に、シルヴィは静かに目を閉じた。
翌朝。
シルヴィは、太陽が昇ると同時に目を覚ました。ベッドから勢いよく飛び起き、簡単な身支度を済ませると、彼女は急いで宿を出た。
ユニアムのギルドの前に着くと、そこにはすでに一人の女性が立っていた。シルヴィより少し年上だろうか。薄い茶色の長い髪が、柔らかな光を浴びて輝いている。穏やかで思慮深い光を宿した瞳は、どこか遠くを見つめているようだ。柔らかな色のブラウスを着て、腰にはスケッチブックと絵筆を束ねた筒を下げている。彼女こそ、今回の依頼主、画家セイアだった。
セイアは、シルヴィの姿を認めると、不安げな表情で彼女を見つめる。
「あなたが、私の護衛を受ける方……?」
その声は、控えめながらも、彼女が抱える不安を隠しきれていなかった。
シルヴィは、その不安を察したように、できる限り満面の笑みで胸元の冒険者バッジを指差す。
「はい! 冒険者になりたてですが、体力には自信があります! それに、護衛依頼は初めてですけど、綺麗な景色を見るためなら、どんな危険な場所でも頑張れますから!」
シルヴィの初々しくも真っ直ぐな言葉に、セイアは一瞬目を丸くする。そして、少し考え込むように、静かに尋ねた。
「……綺麗な景色を見るために?」
セイアの問いかけに、シルヴィは目を輝かせて頷く。
「はい! 色々な景色を見てみたいんです! 見たこともない場所、そこでしか見られない絶景、全部この目で確かめたくて!」
シルヴィの夢を語る言葉は、子供のように純粋だった。その真摯な眼差しに触れ、セイアはふっと表情を緩め、控えめに笑った。
「ふふ……そう。……私も、同じ、かな」
セイアの言葉には、自分もまた未熟な夢を追いかけている、という共感が含まれていた。シルヴィの初々しさが、彼女の不安を和らげたのだ。
「それでは、お願いね。さあ、行きましょうか」
セイアはスケッチブックを抱え直し、新たな出会いと、これから始まる旅への期待に胸を膨らませるシルヴィと共に、ユニアムの街を後にし、街道へと歩き出した。
街道に出ると、街の喧騒は次第に遠ざかり、代わりに鳥たちのさえずりや、風に揺れる木々の葉音が耳に届くようになった。
「……セイアさんは、いつもどんな絵を描いているんですか?」
しばらく沈黙が続いた後、シルヴィは好奇心を抑えきれずに尋ねた。自分より少し年上の彼女は、きっと色々な場所を旅してきたのだろう。その経験が、どんな絵に繋がっているのか、どうしても気になった。
シルヴィの問いかけに、セイアは少し驚いたように目を丸くし、それから少し照れたように微笑んだ。
「そうね……私は、その場所でしか感じられない『空気』とか『生命の息吹』を描きたいの。でも、なかなかうまくいかなくて……」
セイアは、そう言って腰に下げていたスケッチブックの紐を解き、慎重にページをめくった。そこには、彼女がこれまでに描いてきたであろう、様々な風景が収められていた。
澄み切った湖畔の朝焼け。深い森の奥で静かに息づく巨木。夕暮れの空を舞う、一羽の鳥の影。
どれもが、確かに心を揺さぶる美しい風景だった。しかし、セイアはどこか満足いかない表情で、ページを捲る手を止める。
「……どうして、こんなに素敵なのに?」
シルヴィの素直な感想に、セイアは寂しそうに笑った。
「ありがとう。でもね、シルヴィ。この絵は、あくまで『そのときの様子』を私という目を通したものに過ぎないの。最近は、魔法技術で撮った映写機の方が、よほど正確で鮮明に記録できるから……画家の価値ってなんなんだろう、って思っちゃって……でも、それでも自分の手で描き上げることは大事だと思ってるの」
彼女の言葉には、画家としての葛藤がにじみ出ていた。魔法技術が発達した現代において、一枚の絵を描くことの意味は何なのだろうか。セイアは、その答えをずっと探しているようだった。
「でも、映写機で撮ったものと、セイアさんの絵は全然違います!」
シルヴィは、少し熱くなった口調で言った。
「映写機は、ただ写しているだけです。でも、セイアさんの絵には、セイアさんの気持ちが入っているから、見ていると、その場所の風の匂いとか、温かさまで伝わってくる気がします!」
シルヴィの真剣な眼差しに、セイアは再び目を丸くした。そして、こらえきれないといった様子で、クスッと笑った。
(この子と話していると、なんだか元気をもらえる……)
心の声が聞こえたわけではないが、セイアの表情から、シルヴィはそう感じ取った。
「ありがとう、シルヴィ。そう言ってもらえると、少し自信が湧いてくるわ」
セイアの顔に浮かんだのは、先ほどの寂しさではなく、どこか吹っ切れたような明るい笑顔だった。
再び歩き始めた二人は、たわいもない会話を交わしながら街道を進んでいく。しばらくすると、セイアは足を止め、道の脇に広がる森の入り口をじっと見つめた。
「……この森を抜けていくんですか?」
シルヴィは、地図とセイアの顔を交互に見る。依頼書には「魔物が出る危険な地域」と書かれていたが、まさか街道を外れた森の中へ入るとは思っていなかった。
「ええ。街道から少し離れた場所に、どうしても描きたい景色があるの。そこから見る景色は、街とは違う生命力に満ちているから」
セイアの瞳は、夢を語る時のように輝いていた。
「し、承知しました! セイアさんの描きたい景色、ぜひ見てみたいです!」
シルヴィは、少し不安を感じながらも、その言葉に力強く頷いた。
森の中へ足を踏み入れると、一気に空気がひんやりとし、光が届かない場所は薄暗い影に覆われていた。街道の喧騒は完全に消え、聞こえるのは、自分たちの足音と、遠くで聞こえる獣の鳴き声だけ。
初めての護衛依頼。初めての森。シルヴィは、胸元の冒険者バッジをぎゅっと握りしめ、周囲を警戒しながら進む。
その時だった。
「グゥルルル……」
草木を掻き分ける音と共に、一匹の魔物が姿を現した。それは、全身を硬い体毛で覆われた、小型の狼のような姿をしていた。体からは、不気味な紫色の瘴気を放っている。
よく見る魔物だが、戦うのは初めて。シルヴィは恐怖よりも、冒険者としての一歩を踏み出す高揚感を感じていた。
「……セイアさん、下がっていてください!」
シルヴィは声を張り上げ、手に握った杖を構えた。
魔物は低いうなり声を上げ、鋭い爪を剥き出しにしながら、シルヴィに向かって一気に飛びかかってくる。
(ダメだ……! 力が全然足りない……!)
初めての実戦で、魔法が思うように使えない焦りと、魔物の圧倒的な力に、シルヴィの心臓が警鐘を鳴らす。
「シルヴィ、危ない!」
セイアの悲鳴が聞こえた。
その声が、彼女の冷静さを呼び覚ました。
(落ち着いて……! 綺麗な景色を見るって、決めたじゃないか!)
胸元の冒険者バッジが、太陽の光を反射して輝く。その光が、まるで勇気をくれたかのように感じた。
魔物は再び飛びかかってくる。今度は、先ほどよりも動きが速い。
(ただの風の刃じゃダメだ……! もっと、相手を……)
その瞬間、シルヴィの脳裏に、先ほどのセイアとの会話が蘇った。
『その場所でしか感じられない「空気」とか「生命の息吹」を描きたいの』
セイアの真剣な言葉と、彼女の描いた絵のイメージが、シルヴィの心に鮮やかに浮かび上がる。
(空気……そうだ! 風は、ただの刃じゃない!)
シルヴィは、目の前の魔物ではなく、魔物の足元の地面に意識を集中させた。杖の先端に魔力を込める。今度は焦らず、ゆっくりと、風の魔法をイメージする。
「ウィンド……カッター!」
放たれた魔法は、先ほどのような鋭い刃ではなかった。地面を這うように広がる、突風の塊。それは魔物の足元を狙い、土埃を巻き上げながら、勢いよく魔物を吹き飛ばした。
「グゥ……!?」
不意打ちを食らった魔物は、怯んだように一歩後ずさり、隙が生まれた。
その様子を見たセイアは、安堵からか、小さく「やった……!」とつぶやき、両手をきゅっと握りしめた。
(今だ!)
シルヴィは、その隙を見逃さなかった。すぐに体勢を立て直し、再び杖を構える。
「ウィンドカッター!!」
今度は、風の刃をまっすぐに魔物へと放つ。冷静さを取り戻したシルヴィの放つ魔法は、的確に魔物の急所を貫いた。
「グゥ……!」
魔物は、悲鳴のようなうめき声を上げると、その場に倒れ込み、やがて紫色の瘴気と共に、光の粒となって消えていった。
静寂が戻った森の中で、シルヴィは安堵の息を吐き、へなへなと地面に座り込んだ。初めての実戦は、想像以上に体力を消耗した。
「すごい……シルヴィ、すごいよ!」
セイアは駆け寄ると、震える声で言った。その瞳には、恐怖ではなく、シルヴィへの尊敬と、安堵の涙が浮かんでいた。
「あ、ありがとうございます……! でも、思っていたより全然難しかったです……」
「そんなことないわ! ……あの時、魔法の使い方を変えたでしょう? 私、見たわ。あなたは、ただの魔法使いじゃない。ちゃんと、相手を見て、考えて戦っていた。……私の護衛を頼んで、本当に良かった」
セイアの言葉に、シルヴィは頬を染めた。彼女の言葉は、何よりも大きな報酬だった。
「さあ、行きましょう。私の描きたい場所は、もうすぐそこだから」
セイアは、まだ震えるシルヴィの手を取り、優しく立ち上がらせた。二人は、再び森の奥へと足を踏み出す。そこには、魔物を倒した達成感と、確かな信頼感が生まれていた。
森の中をさらに進んでいくと、やがて視界が開け、目の前に広がる光景にシルヴィは息をのんだ。
それは、花々が咲き乱れる広大な草原だった。
遠くには荘厳な山々がそびえ立ち、その山頂には白銀の雪が輝いている。草原を渡る風は、色とりどりの花々の香りを運び、まるで祝福の歌を奏でているようだった。
(なんて……なんて広いんだろう……! 空も、大地も、どこまでも続いてるみたいだ……)
シルヴィは、生まれて初めて見る壮大な景色に、言葉を失っていた。今まで想像の中でしか見たことのなかった光景が、今、目の前に広がっている。胸の奥から熱いものが込み上げてきて、彼女はただただ、その美しさに心を奪われていた。
「ふふ、そうでしょ? ここに来るには少し危険な道を通るけれど、この景色を見たら、そんな苦労も吹き飛んでしまうわ」
セイアは、嬉しそうに微笑みながら、草原を見渡した。その瞳には、懐かしさと喜びが入り混じったような、特別な光が宿っている。
「ね、シルヴィ。私、小さい頃に一度、ここに連れてきてもらったことがあるの。その時の景色が忘れられなくて……いつか、自分の手でこの景色を、あの時の感動をそのまま描きたいって、ずっと思っていたの」
セイアにとって、この場所は単なる美しい風景地ではなく、幼い頃の大切な思い出と、画家としての夢が重なる、特別な場所なのだ。
「待っててね、セイアさん。私が、描いている間はしっかりと護衛するから!」
シルヴィは、少しだけ胸を張り、草原に咲く色とりどりの花々を眺めながら、周囲を警戒し始める。先ほどの魔物との戦いで感じた緊張感は、この広大な景色と、セイアの穏やかな笑顔に包まれ、次第に和らいでいった。
セイアはスケッチブックを開き、真剣な表情で草原に向き合った。風の音、花の香り、遠くの山々の稜線……彼女は、五感を研ぎ澄まし、目の前の世界を自分の内側に取り込もうとしているようだった。その集中力は、まるで周りに透明な壁でもあるかのように、シルヴィには感じられた。セイアの世界に、誰も立ち入ることができないような、そんな神聖な時間が流れていた。
心地よい風が吹き抜ける草原、シルヴィは柔らかな日差しの中で、いつの間にかうとうとし始めていた。風に揺れる草花のさざめきが、まるで子守唄のように心地よく、彼女の意識を遠い夢の世界へと誘う。
どれくらい眠っていたのか。シルヴィが目を開けると、日も傾き山の向こうに沈もうとしていた。
(いけない! つい、寝ちゃった!)
隣を見ると、そこにはセイアが描いたであろうスケッチブックがそっと置かれていた。
風に揺れる花々、遠くに見える荘厳な山々、そして空に浮かぶ雲。昼間、セイアが集中して筆を走らせていた景色が、スケッチブックの一ページに閉じ込められている。それはただの風景画ではなく、そこに流れる穏やかな空気や、命の息吹までをも感じさせるような、不思議な力を持っていた。
(すごい……本当に、描きたかった景色を描き切ったんだ……)
シルヴィは、依頼を受けた身として、セイアが目的地でやりたいことをやり遂げたことを心から嬉しく思った。自分が護衛をしたことで、この素晴らしい絵が生まれたのだ。そんな達成感が胸の中にじわりと広がる。
絵が描かれたページをそっと閉じ、スケッチブックを抱えかかえて立ち上がると、少し離れたところでセイアが焚き火の準備をしているのが見えた。木切れを丁寧に積み重ね、火打ち石で火花を散らしている。
「セイアさん!」
シルヴィは、小走りでセイアのもとへ駆け寄った。
「あら、起きたのね。ごめんなさい、起こさないように静かにしていたつもりだったのだけれど……」
「ううん、大丈夫です! セイアさん、これ!」
シルヴィはスケッチブックを差し出した。セイアは驚いたようにそれを受け取ると、少し照れたように微笑む。
「もう見てくれたの? ありがとう」
「はい! すごく、あの、すごく綺麗でした!……あ、あとでちゃんと感想言いますから!」
感想をうまく言葉にできず、もごもごと言葉を詰まらせるシルヴィに、セイアはふふっと小さく笑う。その笑顔は、昼間に見た不安げな表情とはまるで違っていた。
「ありがとう、シルヴィ。そうだわ、よかったら焚き火の準備を手伝ってくれない?」
「はい!」
二人は協力して野営の準備を進める。シルヴィは周囲の枯れ枝を集め、セイアは火を安定させるために小さな石で囲いを作った。日が完全に沈み、空が群青色に染まる頃には、パチパチと音を立てる焚き火の炎が、辺りを優しく照らし始めていた。
夕食を終え、二人で焚き火を囲んでいると、辺りは静寂に包まれた。満腹になり、火の温かさに包まれて、シルヴィは改めて言葉を選びながら、セイアの絵への感想を丁寧に伝える。
「あの絵、本当にすごいです。見たこともないくらい綺麗で、絵なのに、まるでそこにいるみたいでした。セイアさんの言っていた『空気』とか『生命の息吹』が、私にもちゃんと伝わってきました。……私、セイアさんを護衛できて、本当によかった」
シルヴィの真っ直ぐな言葉に、セイアは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう、シルヴィ。……そう言ってもらえると、画家として、少し自信が持てるわ。私もね、最初は不安だったのよ。こんな駆け出しの私に、経験のないあなたが護衛としてついてくれるなんて、大丈夫かなって。でも、誰でも最初は新人よね。シルヴィと旅をして、あなたの真っ直ぐな言葉に触れて、私も初めて絵を描く仕事をしようとした時の気持ちを思い出せた気がするの」
セイアは、優しい眼差しで焚き火を見つめながら続けた。
「今日、こうして最高の景色を描くことができたのは、間違いなくあなたが護衛をしてくれたおかげよ。本当にありがとう」
感謝の言葉に、シルヴィは少し照れながらも嬉しそうな笑顔を見せる。焚き火の炎がパチパチと音を立て、二人の間には温かい空気が流れていた。
だんだんと焚き火の火も小さくなり、辺りも徐々に影を濃くしていく。
「……そういえば、結界、張らないとですね!」
シルヴィは、ふと思い出したように腰に下げた袋から小さなクリスタルを取り出した。これは冒険者ギルドから支給される簡易結界アイテムだ。野営の際に使用するもので、使用すると一定時間、結界を張った範囲に魔物が触れると使用者に知らせる効果がある。また、使用者より弱いと判定された魔物を寄せ付けないという効果もある。新人冒険者でもこの場所であれば、両方の効果が期待できる。
シルヴィがアイテムを地面に置くと、クリスタルから淡い光が放たれ、二人の周囲に目には見えない結界が張られる。火も消え、あたりは一気に静まり返った。
「……セイアさん、見てください!」
シルヴィが指差す先、そこには日中とは全く違う、信じられないほど美しい景色が広がっていた。昼間の太陽が照らす景色も素晴らしかったが、今はそれ以上に澄み切った暗い景色を、無数の星々が天空を照らしている。満天の星空が、草原の彼方まで広がり、まるで宇宙の中にいるようだった。
「……綺麗」
セイアが静かに呟く。日中には見えなかった星々が、光の粒となって降り注ぐような絶景。シルヴィは、こういう景色もあるんだと心の中で呟き、静かに目を閉じた。
はじめまして。
拙い文章、至らぬ内容、ありきたり設定だと思いますが、勢いに任せて書きました。
この物語は、自分自身の好きを詰め込んでみました。
定期的にとは言えませんが、続けて書けるように、時々進めていこうと思ってます。
変な所があれば直しながら、次回に改善しながら進めます。
よろしくお願いします。