春 うらら
♪ はっるの うらぁらぁの すぅみぃだぁがわ~♬
満開の桜並木の下、眼下に流れる川面をも眺めながら ご機嫌で歩いていたら
ズボッ 突然が足元が崩れ、気が付いたら どこか知らない場所で倒れていた。
しかも ザンザカ土砂降り、全身びしょ濡れ、もう最悪。
どうして 知らない場所ってわかったかって?
そりゃね、車の音も ネオンの光も見えないからです。
私がご機嫌で歩いていた堤は、隅田川ではないけれど そこそこ街中の川辺でしたから。
たとえ あたりが暗くてよくわからないとはいえ、しかも雨が降っているとはいえ
車をはじめとする街の騒音が聞こえないはずがない。
町の明かりが見えないはずがない。
たとえ深夜であったとしても、街灯の明かりはついているはず。
しかも 舗装された小道をあるいていたはずなのに、倒れていた場所は どろどろのぬかるみ。
うーん 困った。
暗闇の中でヘタに動いて もっと厄介なことになると困る。
でも 雨に濡れて なんか寒い。
「こや いかにしつることどもぞや?」 中学の古典でならった強調話法のフレーズ(うろ覚え)を思い出した。
◇
雨にうたれながら ぬかるみ座り込んでいたら、目の端にボッと光るものが見えた。
スワッと身構えると、その明かりが 近づいてきた。
「どうなさいました?」柔らかい声がした。
「気が付いたらこの状態で、ココはどこですか?」尋ねてみた。
「ここは 『穴の底』と言って、時々 どこからか人が落ちてくる場所です」
「えっ?」
「それより怪我はしていませんか? 立てますか?」
「暗いし 足元が不確かで、 一人で立てる自信がありません。
今は 寒くて、どこが痛いかまでわかりません」
「うーん 困りましたねぇ。
とりあえず 私につかまって立ってみてください」
そう言って提灯で足元を照らしてくれたのは、狸でした。
片手に唐笠、もう一方に提灯を持った、信楽焼の狸さんそっくりな人。
「えーっと つかまり立ちしたい気持ちはあるのですが
私の手 汚れていると思うのですか・・」
「このさい 汚れることは気にせず、とにかく ぬれない場所に移動することだけを考えてください」
「はい」
狸さんにせかされ、おっかなびっくり、提灯を持った腕を差し出す狸さんにつかまって立ちあがった。
「あー 提灯を持っている腕ではなく、傘をさしている私の腕につかまって、
私の代わりに傘をさしかけてくださいな」
「すみません」
狸さんに言われた通りにした。
「では このまま私についてきてください」
思ったよりも大柄な狸さんだったので、かろうじて 狸の上腕をつかむことができた。
フー、狸さんの肩をわしづかみにしなければならないほどの伸長差でなくてよかった。




