3-1.丸い巨体と光るセンス
快がスパイクを打つ姿を見た時、琉聖は胸にかぁっと熱いものがほとばしるのを感じた。
うまい。才能の片鱗を惜しみなく見せつける軽快な身のこなしだ。丸い見た目とは裏腹に、スポーツは得意であるらしい。
特にスパイクは他のメンバーとの力量の差がはっきりと出ていた。体重のせいか、煌我のようにジャンプの高さは出せないものの、打ち分けられるコースは多彩で、ブロックもよく見えている。
なによりも琉聖が感心したのは、ブロックアウトのうまさだった。練習用のブロック板を相手にした時、煌我がことごとくスパイクを跳ね返される一方で、快はブロックにわざとスパイクを当て、ボールをコートの外へ弾き出すブロックアウトでの得点を量産していた。
なにも考えずまっすぐ強打を打ち込むことに執心している煌我とは違い、快は相手の動きに合わせて自分のスパイクを自在に操ることができるようだ。ブロッカーが遅れて飛ぶのが見えれば強打を、しっかり二枚以上がついてくればブロックアウトを狙う。そうした瞬時の判断力に長け、また相手に自分の頭の中を悟らせない、コースを読ませない打ち方も徹底されている。どれほどの練習を積んできたか、たった数分のスパイク練習だけで悟るには十分だった。
聞けば、ポジションは煌我と同じアウトサイドヒッターで、中学時代はエースアタッカーとして鳴らしていたらしい。レシーブも悪くなく、ボールへの反応はどんな場面でも基本的に敏い。
身長にも跳躍力にも恵まれていない快だけれど、きめ細やかな技術とセンスはこのチームの誰にも負けないものを持っている。快本人に言うと嫌な顔をされそうだが、さすがは愛知県ナンバーワンチーム、東堂大高階のキャプテンの弟だと琉聖は思った。
「いいぞ、高木」
スパイクを打ち終えたばかりの快を、雨宮が肩をたたいてねぎらった。
「うまいよ。今のうちのチームじゃダントツで技術がある」
「いえ、まだまだです。受験でバレーから離れていたので、感覚がはっきりと戻っていなくて」
「それで今のスパイクが打てるんなら、なおさらだよ。あえて指摘するなら、もうちょっと高さが出せたら強いんだけどな」
「申し訳ない。受験のストレスで太ったから」
「なら、痩せればいい。筋力はそのままで、いらん脂肪だけ削ぎ落とせ」
「努力します」
低く、渋い声で快は雨宮の激励にこたえた。まじめな性格と謙虚な姿勢は、これまでの実里丘にはない新しい色をチームにもたらしたと言えそうだった。
スパイク練習の列に並び直す快を見送った雨宮が、今度はコートの外に立つ琉聖のもとへと近寄ってくる。
「うまいな、高木は。センスが違う、とでも言えばいいのか」
「わかります。もともといいものを持ってるタイプですよね」
「天性のものをさらに磨いて、今のあいつが出来上がったってわけか」
「相当練習してきたんだと思いますよ、中学時代。才能に頼るばかりじゃ限界がある」
本物の天才以外、という言葉を口にしかけて、踏みとどまる。
天才。
その言葉を使わずにはいられない男と、琉聖は中学時代、同じチームでプレーしていた。くだんの男は琉聖と一緒に全中の優秀選手十二名に選ばれた。
琉聖自身のことはさておき、不動のエースアタッカーだったキャプテンの黒矢誠司も確かに力のあるプレイヤーだった。だが、彼が素地の良さ以上の実力を身につけたのは、ひとえにたゆまぬ努力の積み重ねによるものだ。
普通はそういうものだろう。才能だけでは上に行けない。才能と努力がいい塩梅で混ざり合うことで、望む結果につながる可能性の芽がようやく出てくる。
もちろん、琉聖も努力の人だ。黒矢もそう。
だが、白石博斗だけは違った。琉聖が知る選手の中で、彼だけが本物の天才だと今でも思う。
まさに天賦の才に恵まれた、バレーボールの神様に選ばれた逸材だった。たいした練習をすることなく、脳裏に思い描いた理想のプレーを的確に体現する力を彼は持っていた。チームメイトと息を合わせるための時間も最低限で事足りる。
コートに立てば彼の意思にかかわらず、からだが勝手にいいプレーを生み出してしまう。彼だけが別次元で試合をしているかのような、そんなアタッカーだった。
中学卒業後、彼は愛知を離れ、昨年度の春高を制した東京のバレー強豪校へ進学した。彼との対戦が叶うのは全国大会の舞台だけだが、正直、白石とは戦いたくないなと琉聖は思っていた。
敵に回って、唯一怖いと思える相手だったから。
相手コートから白石が攻めてくることを想像すると、とても太刀打ちできないと思わされてしまうから。
「久慈?」
雨宮に覗き込まれ、琉聖はハッと顔を上げた。快が目の前で気持ちよくスパイクを打っている。
「おいおい、我を忘れるほど見とれちまったか」
半笑いで茶化す雨宮につられるように、琉聖も口もとに笑みを湛えて快を見やった。
「もうちょっと見た目がシュッとしてたら惚れてたかも」
「ははっ、確かに。顔はなかなかきれいだけど、ありゃあちょいと太りすぎだな」
まったくだ。快ほど丸いバレーボール選手は探してもなかなか見つからないだろう。
琉聖はスパイク練習中のコートとネットを挟んだ反対側のコートに立ち、今日は唯一のセッターとしてアタッカーにトスを上げている伊達に声をかけた。
「伊達さん」
「ん?」
「ちょっと代わって」
「え?」
虚をつかれた公恭は声をやや裏返した。
「代わって、って……きみ、まさか」
「お願い、一球だけ」
ニッコリとわざとらしい作り笑顔の琉聖が、支柱をぐるりと大回りして伊達のいるコートへ入る。目を大きくする伊達を押し出すように、久しぶりの定位置――セットアップポジションに立った。
「ちょっと、久慈!」
「公恭」
琉聖に場所を取られた伊達を雨宮が手招きする。伊達は琉聖のことを気づかうように見やりながら、キャプテンの指示に従い、ネットの下をくぐってコートを出た。
「いいのか、彼にやらせて」
「今日だけな。高木の実力を同じコートに立って確かめたいんだろう」
雨宮は声を張り、「絶対に一球だけだぞ、久慈」と念押しした。琉聖は素直にうなずいて返しながら、内心では二球目もあわよくばと考えていた。
「快」
琉聖はレフト側でスパイク練習の列に並ぶ快に声をかける。
「俺にもトス上げさせて」
コンビ練習を願い出た琉聖に、快は伊達と同じく冴えない表情で言った。
「怪我の具合はいいのか」
「あぁ、問題ない。ね、雨宮さん?」
「知らん。責任は自分で取れ」
言葉にはしないが、見て見ぬフリをしてくれるということだろう。相変わらず優しいキャプテンだ。正南学園の井波に言わせれば、こうした雨宮の対応は部長として甘いということになるのだろうけれど。
快の前に並んでいた他のアタッカーたちが快に順番を譲る。彼らもまた、これまでただひとり琉聖のトスでスパイクを打ったことのない快が、はじめて琉聖のトスで攻撃する姿に興味があるようだ。