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2-2.新たな仲間とともに

「東堂大高階のバレー部に、高木善という男がいる」

「高木?」


 ピンときたのは琉聖だけではなかった。煌我や双子も表情を変える中、快はこくりとうなずいた。


「兄だ。柳中から高階へバレー推薦で入学し、今はあいつが高階の一軍を率いている」


 快の兄、高木善。

 一軍を率いるとはすなわち、彼が現在の高階のキャプテンというわけか。真野と同じ、琉聖たちより二つ年上の三年生と見える。

 愛知県ナンバーワンの強豪チームでキャプテンを務める兄を持つ弟。たったこれだけの情報で、快のかかえるほの暗いものは十分に感じ取ることができる。特に琉聖は兄と姉を持つ三人きょうだいの末っ子だ。快が紡ごうとしている言葉の続きは想像に難くない。


「オレの目標はいつだって、兄を越えることだった」


 どこでもない遠くを見つめ、快はやや苦しげに語った。


「なにをやっても、オレは兄と比べられた。オレがバレーを始めたのは小学生の頃だが、先に始めた兄に憧れたのがクラブに入部したきっかけだったんだ。だが、いくら練習しても、オレは兄に敵わなかった。いつか越えられるはずだと、なんとなくそんな自信があって中学まで続けてきたが、あいつが高階でキャプテンをやることになったと聞かされた時、ついにあいつは完全にオレの手の届かないところへ行ってしまったのだと悟った」


 琉聖も、他の仲間たちも、ただ黙って快の話に耳を傾けていた。

 兄弟間、特に同性の兄弟においては、わざとではないにせよ、周囲からの比較の目をどうしても避けられない。

 お兄ちゃんは○○高校に入った。お兄ちゃんは○○で優勝した。お兄ちゃんは、お兄ちゃんは――。

 琉聖にも身に覚えのある話だった。琉聖の場合、兄との比較は主に勉強面でのことだったが、いずれにせよ、優秀な兄を持つと弟はネガティブになりがちだ。あるいはその逆もまたしかり、かもしれないけれど。


「オレがバレー部に入らなかったのは、ラグビーをやりたかったからというわけじゃない」


 快は拳を強く握った。


「逃げたんだ、兄から。あいつと比べられることを恐れた。ラグビー部の先輩にせっかく誘ってもらえたし、比べられるとわかっていて無理にバレーを続ける必要はないと思った。競技が違えば、結果はどうあれ直接的な比較の対象にされることはないからな」

「じゃあ、どうしてここへ」


 琉聖の疑問は真っ当だった。兄との比較の目を恐れてラグビー部に入ったはずの彼が、どうして再びバレーボールの世界へ戻ろうとしているのか。

 琉聖と目を合わせ、快は穏やかな微笑みをたたえて答えた。


「中学時代のチームメイトに言われたんだ。おまえと組めば、兄を越えられるかもしれないと」

「俺と?」


 そうだ、とうなずいた快の表情が引き締まる。


「そいつは見ていたんだそうだ、先日のインターハイ予選でのおまえの姿を。それで慌ててオレに電話してきた。久慈琉聖という優れたセッターが目と鼻の先にいるというのに、おまえはなぜラグビーをやっているのかと。ラグビーなんてやっている場合じゃないと」


 琉聖は口を開きかけ、しかし唇を弾き結んだ。自分が優れたセッターだとは思わないが、今は口を挟む時ではない。

 快は続ける。


「兄とは別の高校に入った以上、試合をすれば明確な勝敗がつく。バレーボールはチームスポーツだ。ゲームでの勝利を目標にする限り、ひとりでは絶対に叶えられない。オレに電話をかけてきたそいつが、おまえと組めば兄を越えられるかもしれないと言ったのは、このチームに可能性を見いだしたからだ。実里丘のバレー部は、あの高階を超えるチームになれるかもしれないと」


 快の期待に満ちた眼差しを受け止めるのに、琉聖はやや苦労した。

 確かに、チーム結成からわずか二週間で正南学園と互角に戦えたことは認められてしかるべき結果だと思わないでもない。が、それにしたって、高階を超えるなど過大評価もいいところだ。課題は目下山積中だし、部員数だって全然足りない。

 なにより、琉聖が本当に復帰できるのかどうか。その点も今のところ不透明だ。このチームに欠けているものはあまりにも多い。快の期待にこたえられる要素は現状、ほとんどないと言っていい。


「それは……」

「そうだろう、そうだろう!」


 それはどうだろう、と言いかけた琉聖を遮り、煌我が話に割り込んできた。


実里丘うちは強いぞ、快。なんてったって、次の春高で全国制覇するチームだからな!」


 性懲りもなく、この自信である。琉聖があきれ顔で「バカ」とつぶやいたところへ、快と双子の背後からオグと眞生が登校してくる姿が目に入った。


「全国制覇か」


 快がかすかに口角を上げる。


「この愛知から春高の全国大会に出られるのは一チームのみ。当然、高階を倒していくということになるな」

「当たり前だ」


 煌我はサムズアップした右手を快に向けて突き出した。


「高階だけじゃない。全国のチームを全部倒す。それがおれたちの目標だ」


 そうか、と言って快は微笑む。煌我から琉聖へと視線を戻し、改めて快は口を開く。


「結局オレは、兄を越えることをあきらめられない。勝ちたいんだ、あいつに。高階に。誤解を恐れずに言うと、オレはその目的を達成するために、久慈、おまえを利用しようとしている。中学ナンバーワンセッターの称号を手にしたおまえの実力を信じ、その力を借りて、兄を越えようとしているわけだ。みんなが全国制覇を目指す中、オレだけは兄を倒すためにバレーをする。この目的だけはどうしても譲れない。久慈」


 快はもう一度琉聖の名を口にした。


「それでもおまえは、オレがこのチームに入ることを認めてくれるか」


 ダメというならあきらめよう、と快は潔く身を引くことも視野に入れた上で、琉聖に対し、バレー部への転部を願い出た。その顔はやはり真剣そのものだった。


 琉聖は快から視線をはずす。くしゃくしゃと意味もなく髪をかき回す。

 めんどくせぇヤツ。それが琉聖の率直な感想だった。やっぱりワケありかよ、とも思った。

 そしてなにより、快は琉聖によく似ていた。

 苦い過去から、一度はバレーをやめようと思ったこと。それでもあきらめられない想いを胸の奥に秘めていること。

 まるで四月の自分を見ているようだ。琉聖は妙な居心地の悪さを覚え、目を閉じる。


 琉聖がバレー部への入部を決めた日、煌我にかけてもらった言葉を思い出す。

 決め手になったのは、あの一言。


「高木」


 もう一度快と目を合わせると、琉聖はまっすぐ問いかけた。


「おまえ、バレーが好きか」


 快はつぶらな瞳を一瞬大きくして、すぐに答えを紡ぎ出した。


「あぁ、好きだ。ラグビーよりも、ずっと」


 琉聖は満足げにうなずく。答えは出た。


「あいにく、誰かに利用されることには慣れてんだ。悪意さえなけりゃあなんの問題もない。おまえの言ったとおり、全国制覇を成し遂げるためには高階を倒すことが必要絶対条件になる。多少目的にズレはあるけど、目指すところは基本的に同じだ。おまえの入部を拒絶する理由なんて一つもねぇよ」


 快の前に、琉聖の右手が差し出された。


「よろしくな、快。バレーが好きなら、大歓迎だ」


 ファーストネームでその名を呼び、琉聖は快に笑いかけた。差し出された手にそっと目を落とした快は、凜とした力強い笑みを浮かべてその手を取った。


「こちらこそ、よろしく頼む」

「よっしゃあ、仲間が増えたー!」


 煌我が眞生と笑顔でハイタッチを交わす。オグや双子も巻き込み、五人で輪になって喜びの舞を踊り始めた。快の目が点になる。


「あいつらはいつもあのテンションなのか」

「無視していいぞ。気にしたら負けだ」


 琉聖の冷めた返しに、快は「そうか」と答えながら煌我たちを見つめていた。

 ともあれ、快の入部によってプレイヤーが九人になった。これで交代要員のゆとりが増え、先日のインターハイ予選の時のような不測の事態に陥っても焦らずに済む。この気持ちの余裕はかなり大きい。


 準備をする一年生から少し遅れて体育館にやってきた二年生たちも、快の入部を心から歓迎した。「どうせならあとひとりふたり、ラグビー部から引っ張ってきてくれよ」と雨宮が冗談めかして言うと、快は「聞いてみましょう」と真面目くさって答えた。そういう性格であるらしい。

 たったひとり部員が増えただけで、途端に体育館が人であふれたように感じた。心のゆとりは、気持ちを前に向かせてくれる。


 午前八時三〇分。気合いを入れ直した琉聖たちは、コート一面をフルに使わせてもらえる貴重な休日練習に取り組み始めた。

 チームは秋の春高予選に向け、ようやく本格的なスタートを切る。

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