2-1.ワケありのバレー経験者
琉聖の想像以上に、真野は優れたセッターだった。
あの井波を打たせていたのだから当然なのだろうけれど、三ヶ月のブランクを感じさせない軽快な身のこなしからくり出されるトスは安定していて、煌我をはじめ、アタッカー陣は皆打ちやすそうだった。雨宮、オグ、右京との連携攻撃も琉聖が入院している間にある程度形になっていて、ひとまず今週末の星工戦は心配なさそうだなと琉聖は胸をなで下ろした。
走ることすらまだ許可されていない琉聖は、心もからだもウズウズしてたまらないまま監督業に没頭した。特に新米セッター・伊達への指導には熱を入れ、真野と二人で基礎の基礎から徹底的に教え込んだ。
琉聖が入院している間、真野から基本的な知識を授けられたという伊達は、ぎこちなさは否めないが、オーソドックスなオープントスはきれいに上げられるようになっていた。筋は悪くない。七月の愛知県選手権に向けて、今後は琉聖のように相手を翻弄する多種多様なトスを習得し、アタッカーたちを自由自在に打たせていくことが課題となる。実戦での経験を積み、ゲームメイカーとしてどれだけ冷静に状況を判断できるようになるかという点も重要だ。
こうしてセッターの役割をかみ砕いて説明していくと、いかにこなすべきタスクが多いポジションかということを改めて実感する。「課題が多すぎて目が回る」と伊達がぼやく気持ちは琉聖にも痛いほど理解できるが、それでも伊達にはセッターをやってもらうしかない。監督業を兼ねる都合上、一時的にでも琉聖がベンチにいたほうがいい場面が今後きっと出てくるはずだ。
翌月曜日の練習は午前九時開始予定で、真野はかよっている進学塾の都合で練習に出てこられないとのことだった。祝日も受験対策の授業とは精が出る。
聞くところによると、真野は教育大学への進学を目指しているという。子どもたちにバレーボールを教えたいのだそうだ。あの甘いマスクも相まって、さぞ人気の教師になることだろう。
指導者か、と琉聖は部室で練習着に着替えながらぼんやりと考える。今日は体育館を二分割したうちの東側を十二時半まで使える日で、琉聖は七時半すぎには校門をくぐっていた。
真野が伊達を教える姿を見ていて、あぁ、この人は教えるのがうまいなと思った。なんと言ったらいいのか、相手を納得させる話術に長けている。
琉聖にも知識はあるし、技術もある。だが、この一ヶ月、監督として個々のメンバーを指導してきて、うまく教えられていないと感じることのほうが圧倒的に多かった。
向いていないのだろうなと思う。みんなの先頭に立つことも、誰かの見本になることも。
星川工科高校の小山田監督の顔が浮かぶ。あの人のように、厳しくもありがたい指導をしてくれる監督がうちの部にもいれば。
現状を嘆いても仕方がないとわかっていつつ、強くなれるためのツールは一つでも多く持っておきたいという願望は捨てきれない。指導者がいるといないとでは、たどり着ける場所は必ず違ってくるはずだ。
「おーっす、琉聖」
ちょうど着替え終わったところへ、煌我が登校してきた。家が学校から少し遠いということもあり、煌我は一年生の中でもゆっくり来るほうなのだが、今日は琉聖に次ぐ二位だ。珍しい。
「どうしたんだよ。早いじゃん」
「おう。今日は新入部員が来る日だからな」
なるほど、単純な理由である。誰よりも先に体育館へ入り、左京が連れてくることになっているラグビー部の一年生を待つつもりなのだ。
「新入部員って。まだ入るって決まったわけじゃねぇだろ」
「決まってるって。おれが入れる」
「あ、そう」
相変わらず、たいした自信だ。「おまえと一緒なら入らない」なんて言わせてみたら、煌我はどんな顔をするだろう。
「りゅうせー、おはよー」
爆速で着替えた煌我とともに部室を出、クラブハウスの階段を下りると、左京が手を振りながら登校してくるところに出くわした。右京が一緒なのは言うまでもないが、二人のほかにもう一人、見覚えのない、切れ長の大きな目が印象的な男子生徒が双子の後ろをついてきていた。
「連れてきたよー、昨日話したラグビー部のー」
左京とともに現れたのは、左京と同じ一年G組の生徒であるバレー部見学希望者だった。
「おぉ、来たな新入部員!」
煌我が嬉しそうに目を輝かせた。我先にと見学者の彼のもとへと駆け寄り、シューズを左手に持ち替えながら右手を差し出す。
「おれ、一年A組の佐藤煌我。よろしく」
まだ制服姿である見学者の彼は、さして驚く風でもなく、無表情のまま煌我の右手を握り返した。
「高木快だ。中学ではバレーをやっていた。おまえがバレー部の入部者を探していることは知っていたんだが、ラグビー部の先輩に捕まって強制入部させられてな」
なるほど、と琉聖は心の中でつぶやいた。
高木快と名乗った彼の体躯はとにかく横に大きかった。八十キロは超えていそうだ。身にまとう制服のサイズは琉聖のそれよりいくつも大きい。
身長は煌我と左京のちょうど中間くらいだ。一八〇センチをわずかに切るだろうか。バレーをやるにはやや小さめだが、それでも日本の成人男性における平均身長よりは高い。縦にも横にもデカい彼をラグビー部が獲得したがったのも納得だ。
煌我との握手を終えると、煌我の後ろをゆっくりと歩く琉聖に目を向けた。視線が交わった瞬間、快は「本当だったんだな」とひとりごとをこぼして笑った。
「天才セッターの称号を恣にしたおまえが、なぜこの学校でバレーをやっている、久慈琉聖?」
琉聖はぴくりと眉を動かした。こちらのことばかり一方的に知られているというのは気持ちのいい状況ではないし、なにより琉聖は「天才セッター」と言われることが大嫌いだった。
「バレーはやめるつもりだったんだ」
声が不機嫌になるのを止められないまま琉聖は答えた。
「それなのに、このバカが」
「そう、おれが琉聖を連れ戻した。バレーボールの世界にな!」
煌我が自信たっぷりに胸を張る。琉聖はため息をつき、双子は「バカー」と煌我を指さして笑った。
「おまえこそ、どうして俺のことを?」
答えなど聞かずともわかっていたが、琉聖はあえて質問した。快は穏やかな表情を浮かべ、案の定「愚問だな」と言った。
「黒矢誠司、白石博斗、久慈琉聖。県内でそこそこの実力を備えたチームにいたヤツなら、おまえたち三人のことなど誰でも知っているだろう」
快を見上げていた琉聖の顔が一瞬のうちに強張った。
あの日の黒矢の声が鮮明に蘇る。何度でも、何度でも、「おまえのせいだ」と耳の奥で叫ばれる。
キャプテンのエースアタッカー、黒矢。裏エースの白石。そして、セッターの琉聖。
この三人はかつて同じ星川東中でバレーをし、全中における優秀選手十二名に選ばれたメンバーだ。黒矢と白石はその後、愛知県選抜チームに参加しただけでなく、全国から集められた中学生日本代表として世界大会を経験している。
琉聖は快から目をそらす。軽い吐き気を覚えた。
話題を変えよう。このまま快に昔話を続けられるのは困る。
「高木、だったっけ」
「あぁ」
「中学はどこ」
先ほどの快の口ぶりからして、彼もまた中学時代に愛知県内の強豪チームに在籍していたはずだ。容姿に見覚えはないが、中学校名くらいは聞いたことがあるかもしれない。
快は答えた。
「柳中だ。中川区の」
あぁ、と琉聖はひとり納得してうなずいた。
名古屋市の南西部に位置する中川区にある名古屋市立柳中学校と言えば、琉聖たち星川東中と同じく愛知県大会の常連チームだ。試合でぶつかったことはなかったと琉聖は記憶しているが、会場ですれ違うくらいのことはあったに違いない。
「いいのか」
琉聖は言った。
「いくら強制っつったって、体験入部で楽しかったからラグビー部に入ったわけだろ。それなのに、一ヶ月で辞めちまうなんて」
琉聖の問いに、今度は快がその表情を曇らせた。
「つまらない話をしてもいいか」
そっと琉聖から視線を外した快。一瞬首を傾げた琉聖だったが、「どうぞ」と先を促すと、快はゆっくりと語り始めた。




