1-5.ラグビー部からの刺客
「腰の調子はどうなの」
真野が琉聖のコルセットに目を向け、話題を変えた。我に返ったように、琉聖は真野の美麗な顔を見やる。
「聞いたよ。手術をしても、選手として復帰できない可能性もあるんだって?」
真野の言うとおりだった。琉聖と同じ病気を患い、スポーツ選手としての復帰が叶わなかった人も少なくないと主治医からは言われている。
琉聖は首を横に振った。そんな未来は少しも想像していないし、バレーボール選手として再起するために、琉聖は手術を受けたのだ。
「順調です。七月の愛知県選手権にもギリギリ間に合わせたいなって思ってます」
「いけそうなのかい?」
琉聖は苦笑まじりに肩をすくめた。
「医者には無理だろうって言われてて」
「ダメじゃん」
真野も琉聖の顔を映したように苦笑する。前途多難は今に始まったことではないが、現時点に限って言えば、チーム状況は琉聖の入部時と比べてかなり悪い。
琉聖のチーム離脱は、セッターの欠如と同時に、控え選手の欠如という状況も生み出した。
琉聖を除けば、実里丘のプレイヤーは七人。リベロを導入するとなると、七人全員がコートに立つことになる。前回の琉聖のように、七人のうち誰か一人でもケガや病気などでコートを去ろうものならチームはプレーを続けられない。最後まで戦えないまま、敗戦という結果だけを背負って帰る羽目になる。
今回の練習試合では真野がピンチヒッターとして出てくれるからいいものの、七月に開催される愛知県ナンバーワンを決める大会、愛知県選手権大会に琉聖が間に合わなかった場合、七人で試合に臨まなければならない。
それでも勝ちたいと煌我なら言うのだろうが、かなり厳しい、というのが現実だった。琉聖の胸にはほの暗いなにかが渦巻くばかりで、先のことをまるで見通せないでいた。
「そーいえばさー、りゅうせー」
真野がウォーミングアップに動き出したのと入れ違いに、左京が相変わらずまったりとした口調で話しかけてきた。
「おれと同じクラスのヤツがさー、バレー部の練習を見てみたいって言っててー」
「え!」
琉聖だけでなく、他のメンバーも左京に注目した。
「マジで!」
「マジー。今んとこラグビー部に籍があるヤツなんだけどー、そっちは辞めてバレー部に入り直そうか悩んでるんだってー」
へぇ、と琉聖が相槌を打つと同時に、「うそだろ、左京」と煌我が左京の肩を引っ掴んだ。
「聞いてねぇぞ、そんな話」
「いやー、みんなに話そうか迷ったんだけどー、特にこうがに言うとなんかめんどくさいことになりそうだったからさー」
「どういう意味だ! むしろおれに話してくれりゃあ連休前にうちの部へ引っ張ってやったのに、そいつのこと」
「だからー、そういうとこなんだってー」
左京は眠そうな細い目をさらに細くして煌我を睨んだ。
「そいつさー、『久慈琉聖と話がしたい』って言うわけよー。ほらー、りゅうせー手術で学校来てなかったじゃんー? そういう話をしたらー、『だったら戻ってからでいい』って言うもんだからー、とりあえず一番にりゅうせーに報告しなきゃなーと思ってー」
左京に集まっていた一同の視線が、一斉に琉聖へと移る。胸に細い針が刺さるような感覚が走るのを感じつつ、琉聖は眉をひそめた顔で左京に問う。
「俺のことを最初から知ってたんだな、そいつは」
「そうみたいー。自分も中学の頃はバレーをやってたって言ってたよー」
「だったらなんでもっと早く言わねぇんだよ」
煌我が吠えた。
「あんなに探し回ったのに、バレー経験者」
琉聖を男子バレー部へ入部させようと躍起になっていた入学当初の話である。今となっては懐かしい笑い話だ。
あれから――煌我をはじめ今この場所にいる大切な仲間たちと出会ってから、まもなく一ヶ月が過ぎようとしている。
いろんなことがあった一ヶ月だった。どちらかというといいことばかりが起きたような気がしている。
それはともかく、と琉聖は表情を曇らせる。
なんとなく、嫌な予感がした。
左京と同じクラスの一年生。中学時代にはバレーボールをやっていて、琉聖のことを知っている。高校に入る前から知っていたとなると、中学時代、輝かしくも悪い思い出でしかない全中の優秀選手十二名に琉聖が入っていることを知っていると考えていい。ユニホームには学校名と背番号しか刻まれていないから、他校の選手の名前を知る機会はそこしかないはずだ。
その男が所属していた中学のバレー部も強豪チームだったのだろうか。おそらくそうだろう。そして、現在はラグビー部の所属。
ワケあり、ということなのだろうか。
琉聖と同じように、その男も一度はバレーボールから離れようとしたのだから。
「さぁ、練習始めるぞ」
雨宮の声がかかる。全員が返事をし、真野や琉聖もみんなと一緒になってコートのエンドラインに並んだ。練習はいつも、全員揃って挨拶をするところから始まる。
ワケありの入部希望者、か。
琉聖に会いたがっているというくだんのバレーボール経験者に自分の姿を重ねつつ、琉聖は仲間たちと声を合わせて「お願いしまーす!」と元気に挨拶をし、練習の波にのまれていった。
一週間ぶりに立つコートの感触を靴の裏からじっくりと感じ取って味わうと、一日でも早く復帰したいという気持ちがよりいっそう強くなった。
バレーボールに触れるたび、バレーが好きになっていく。