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1-3.琉聖の代役

 ネットを張り終え、筋トレを兼ねたフロアの雑巾掛けが終わると、練習開始時刻になるまで各々(おのおの)準備運動や自主練習に取り組み始める。激しく動くことを許されていない琉聖は体育館の壁にもたれ、仲間たちが楽しげにバレーボールと戯れる姿をそっと見つめる。

 いい雰囲気だ。それぞれがそれぞれの課題を意識し、その上でのびのびと練習している。


 中学時代の景色とはまるで違った。時間を見つけては自主練習をするというのは同じだけれど、流れる空気は焦りと不安、競争意識に満ち、常にピリピリと張り詰めていた。

 同じ空間を共有したチームメイトは、仲間である前に全員がライバルだった。蹴落とし合いが当たり前。俺が試合に出る。あいつよりもうまくなければ。誰にも負けたくないという強い信念が、バレーボールを純粋に楽しむという気持ちを忘れさせた。


「しんどいか、星工のことを考えると」


 少し前のことを回顧していた琉聖のもとへ、いつの間にか雨宮がボールを一つ持って歩み寄っていた。


「聞いたぞ。おまえ、中学時代は星工で練習してたらしいな」


 琉聖は両眉を跳ね上げた。驚いた一方で、また星工の話かよ、と憂鬱な気持ちになった。


「誰に聞いたんすか、それ」

浜園はまぞの先生が言ってたんだ。正確には、浜園先生が星工の小山田監督から聞いた話の又聞きなんだけど」


 返ってきた答えを聞いて、琉聖は自分の考えが間違っていなかったことを確信した。やはり、小山田監督は琉聖目当てで今回の練習試合を申し込んできたわけだ。


 ため息がこぼれ出るのをこらえきれず、琉聖はいらだたしげに自らの髪を乱雑に触る。

 雨宮の言うとおりだった。

 星川東中時代の琉聖は、月に一回、星川工科高校へバレーの練習にかよっていた。


 同じ地域にあった星川東中と星工はほとんど隣と言って差し支えないほど近く、監督同士もこまめに連絡を取り合う仲だったことから、互いに全国制覇を目指すチームとして切磋琢磨すべく、毎月一度、合同練習会という形で一日じゅう星工の体育館で練習する日を設けていた。

 合同練習会と言っても、ほとんどの時間をゲーム形式の練習に充てていたため、実質はただ練習試合をくり返すだけの時間だった。基本的に相手は星工の一軍で、さすがに琉聖たち中学生が勝たせてもらうことは難しかった。


 だからこそ、琉聖にとって星工での合同練習会は地獄の時間だった。負けを重ねれば重ねるほど、琉聖は能面のような顔になっていった。

 星川東中の監督は、琉聖たちが試合に負けると部員全員にサイドライン間の往復ダッシュを命じた。二本のサイドラインにそれぞれ手でタッチしながら、往復五本を全力で走る。試合に出ていない部員も同じことをさせられた。琉聖たちが負けたせいで。

 その後、監督は敗戦の原因を部員たちに話し合わせた。なぜ負けたのか、次の試合はどう改善するのか、チームとして結論を出し、報告しなければならなかった。


 話し合い、というのは形ばかりだった。アタッカー陣は寄ってたかって、「セッターのトスワークが悪かった」と琉聖を責めた。

 あの場面でこういうトスが欲しかった。あの場面ではあいつにトスを振るべきだった。レシーブが乱れた時の対応が悪い。アタッカーが点を取れるトスが上がってこなければ、勝てる試合も勝てない。それから。それから。

 彼らの言っていることはすべてもっともらしく聞こえた。誰かのせいにすれば楽だということもわかっていて、琉聖がその対象に選ばれることが多かっただけの話だということも理解できた。

 正しく聞こえる答えを出さなければ監督は納得してくれず、そのための生贄いけにえが必要だった。そうして監督に差し出されることが日常だったおかげで琉聖の修正力が鍛えられたのは完全に棚ぼたで、琉聖が自分の力をいつまでも認められない背景はここにあった。レギュラーメンバーの中で一番ヘタ。足手まとい。それが琉聖の記憶のすべてだった。


 苦しかった。どれだけがんばっても認めてもらえない。次から次へと精度の高いトスを要求され、試合に負けると琉聖のせいにされた。

 近隣の、いや、全国どこの中学生にもたいてい負けなかった。

 でも、星工の一軍には勝てなかった。

 だから星工には行きたくなかった。あの場所には敗戦の歴史しかなかったから。

 おまえのせいだと、また言われることになるのが嫌だったから。


「しんどいですよ」


 いっそのこと、開き直ってしまえば楽になれるかもしれないと思った。琉聖は肩をすくめ、正直につらいと告げた。


「星工なんて、星川東のOBしかいないようなチームですからね。会いたくないヤツしかいない」

「星川東のOB会か。そう聞くとますます恐ろしいチームだな。全中経験者ばかりが集まってるわけだろ」

「そんなの、インハイや春高に出るチームなんてみんなそうじゃないですか。強豪中学出身者はだいたい、推薦なりなんなりで高校も強豪校に入るルートをたどるはずだから」

「確かにな。で、おまえはなんで実里丘に?」

「……うっさいな」


 むくれる琉聖に、雨宮は笑う。いじられること自体はまったくおもしろくないけれど、これが雨宮なりの琉聖への励ましなのだと理解はできた。

 雨宮だけは、どんな時も琉聖を一流選手として特別扱いしない。ちゃんと叱ってくれるし、一人のチームメイトとして頼ってくれる。

 この人がいなかったら、きっとここでもうまくいかなかっただろうなと思う。琉聖もいつの間にか、雨宮の優しさに心を預けられるようになってきていた。


「這ってでも行きますよ、今度の練習試合には」


 その点に関して、琉聖の意思は固かった。


「試合には出られないけど、みんなのためにできることはあると思うから」


 まだまだ力は足りないけれど、今の琉聖には選手としてだけでなく、監督としてもチームに求められている。その期待に、全力でこたえたいと思っていた。助けてもらった恩は絶対に返す。それだけは譲れない。


「そのことなんだけどな」


 琉聖に近づいてきた目的を果たすべく、雨宮は疑問を一つ琉聖にぶつけた。


「なんで星工の監督さんは、俺たちをインハイ前最後の練習相手に選んだと思う?」


 雨宮がボールを投げてよこした。琉聖は無言でキャッチし、久しぶりの丸い感触に無意識のうちに口角を上げた。


「俺が出られないことは伝えてあるんでしたよね」

「あぁ、言ったよ。だから余計に気になるんだ。おまえがいなけりゃ、うちにはまともに機能するセッターがいないって、向こうもわかってるはずなのに」


 謎だよな、と雨宮は肩をすくめる。結局のところ、前回の正南学園との試合で負けたのはそれが一番の原因だった。

 琉聖が欠けると、チームは途端に機能不全に陥る。ゲームメイカー、司令塔であるセッターができるのは、現状、実里丘には琉聖しかいないからだ。

 だというのに、星工の小山田監督はインターハイ愛知県予選会の直前に実里丘との練習試合を組んだ。大会は来週末に予選トーナメント、その翌週に決勝リーグが開催される予定になっていて、星工が練習試合を申し込んできた今週末は、本来ならばまさに大会前の最終調整にかかりきりとなる時期だ。

 しかも、先方は琉聖の腰の手術の件も了承しているという。となるとやはり、小山田監督は純粋に琉聖との再会を望んだという話は確定と考えていいだろう。


 気まずいな、と琉聖は思う。自分を中心に事が運ぶのはあまり好きじゃない。

 まして、インターハイ出場のかかった大事な試合の直前に、格下中の格下である実里丘と監督の私情一つで練習試合をするなんて、星工の選手たちにどんな顔を向ければいいのか。

 そもそも、向けられる顔などあるのだろうか。


「いいじゃないっすか、なんでも」


 ポン、とボールを軽く床で跳ねさせながら琉聖は言った。


「決まったものはどうしようもないんだから、俺たちは受けて立つしかないわけですし。それに、セッターの件についても、今回に限っては解決してるんでしょ?」


 あぁ、と雨宮がうなずくと同時に、体育館によく使い込まれた練習着を身にまとった見慣れない男子高校生が姿を現した。


「やぁ、遅くなったね」


 その人が体育館に足を踏み入れた途端、景色がぱぁっとと明るくなった。

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