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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の瓦解~  作者: 貴堂水樹
第3セット ひび割れたガラス玉

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2-2.夕闇の下り坂


 沈みかけた夕陽を背に、練習を終えた美砂都たちはそれぞれの帰路についた。

 春が過ぎ、少しずつ日が長くなってきたとはいえ、午後六時半の空は東を藍が深く染め上げ、西は桃と橙のコントラストが輝いている。明るくなったとは決して言えない薄暗がりの坂道を、今日も二人の同級生とともに下る。


 少し離れた前を、後輩たちがわいわい話をしながら歩いていた。四月の終わりまでは六人だった輪が、今は一人増えて七人になっている。

 じゃんけんをして、勝った人が琉聖の荷物を持つという遊びをしているらしい。琉聖の腰を気づかって始めたことなのだろうが、そのじゃんけんになぜか琉聖も参加している。意味があるのだろうか。練習帰りとは思えないほど元気のあり余る彼らの声が、会話の盛り上がりのほどを物語っているけれど。


 バカだなぁ、男子って。でも、楽しそうでうらやましい。

 笑顔が増えたことが嬉しかった。半年前までは美砂都たちもああやって大勢で楽しく下校していたけれど、三人になってしまってからは、あんなにも大笑いしながら帰ったことは一度もない。

 真野たち三年生がいた頃には感じなかった体育館の広さも、彼らが引退し、プレイヤーが雨宮と伊達の二人になってからは苦痛を感じる場所になった。たった二人での練習は、なにを為すこともできない虚無感と焦燥感を煽り続けるだけだった。


 それが今では、新入部員の一年生たちの声とパワーであふれる場所に生まれ変わった。このまま廃部になるのではないかと憂えていた三ヵ月が嘘みたいに、「目指せ春高全国制覇」がチームの目標になっている。

 信じられない。三月の終わりまで、こんなにも心躍る毎日が過ごせるようになるとは思ってもみなかった。このままわたしたちの青春時代は終わってしまうんだろうな。そんな切ない未来ばかりを想像しては、こみ上げる悔しさで胸が張り裂けそうになっていた。


 廃部にならなくてよかった。たくさんの仲間が集まってくれた。

 嬉しかった。青春時代はまだ終わらない。

 このチームで少しでも長くバレーをしていたい。

 願わくは、全国大会の舞台まで。


「元気だよなぁ、あいつら」


 不意に左から声が上がった。顔を向けると、雨宮の笑みを湛えた横顔があった。


「俺たちが一年の頃はどうだったっけ。あんな感じだったか」

「そうだよ。みんなが歩道いっぱいに広がってちんたら歩くから、よく市古いちこ先輩に怒られたもん」

「あー、そうだったわ。あの人が一番厳しかったよな、上下関係とか、礼儀とか。なぁ、公恭」


 雨宮が左隣の伊達に同意を求める。けれど伊達はまっすぐ前を見たままゆっくりと足を動かすばかりで、雨宮の声にはこたえない。


「公恭くん?」


 美砂都が雨宮の肩越しに名前を呼ぶと、伊達はようやくハッとして、二人のいる右に顔を向けた。


「あ、ごめん。なんだった?」


 平静を装ってこたえる伊達の姿に、美砂都のほうがハッとさせられた。

 顔を上げた瞬間の伊達の瞳は、あきらかに不安の色を映していた。


「どうしたんだよ、公恭」


 雨宮が心配するように尋ねる。


「調子悪いのか」

「いや、全然。ちょっと考えごとをしてて」

「めずらしいな、おまえがボーッとするなんて」

「そう?」


 伊達は小さく首を振った。


「たいしたことじゃないんだけどね。帰りの電車で座れたら、数学の宿題を終わらせちゃいたいなーと思ってさ。塾の課題をこれ以上ため込みたくなくて」

「たまってんのか、宿題」

「少しね。ちょっとがんばればすぐに解消できる量ではあるんだけど」

「そっか。大変だな、医学部志望は」

「まぁね。でも、自分で選んだ道だから」


 伊達は肩をすくめると、話の矛先を雨宮に向けた。


「そう言うきみはどうするの、進路」

「うーん、どうしようねぇ」


 雨宮は空に答えを求めるように視線を上げた。


「まだなーんにも決まってないんだよなぁ、俺。とりあえず今は部活が一番って感じ」

「そう。いいんじゃない、きみらしくて」

「どういう意味だよ」

「自分の心にいつも正直でしょう、きみは。好きなことは好き、嫌いなものはとことん嫌い」

「勉強とか?」

「そう、勉強とか」


 坂の中腹を越え、いよいよ駅前の景色が見えてくる。一年生たちが再び琉聖のための荷物持ちじゃんけんを始めたようだ。にぎやかな声が響いている。


「あのぉ、公恭くん」

「はい」

「今度の中間テストですけど」

「ダメ」

「ひでぇ。まだなんも言ってねぇのに」

「『数学助けて』でしょ。ちゃんと授業聞きなよ」

「聞いてもわかんないの! 頼むよ、公恭。おまえだけが頼りなんだって!」

「知らないよ」


 こちらはこちらで、男子二人が楽しそうに会話を弾ませている。いつの間にか普段の帰り道と同じ空気が流れ始めたけれど、美砂都にはどうしても、さっき見せられた伊達の瞳を忘れることができなかった。


 ほんの少しだけ歩幅を緩め、やがてその足を静かに止める。徐々に距離ができていく伊達の背中を見つめ、美砂都はリュックのショルダーをきゅっと握った。


 気のせいだったなら、それでいい。

 でも、本当にさっきのあの目は、宿題の心配をしていた目だったのか。


 もし、そうじゃなかったら。

 彼の心にかかるもやの原因が、受験勉強とは別のところにあるのだとしたら。


 そしてそれが、部活のことだったなら。


「おーい、美砂都ー」


 気がつけば、雨宮と伊達が美砂都を振り返って足を止めていた。


「なにか落とした?」


 伊達が優しく尋ねてくれる。その目にはもう、不安の色は映っていない。


「ううん、なんでもない」


 美砂都は首を横に振り、二人の待つ場所まで駆け出した。

 大丈夫。わたしの気のせいだ。

 しっかり者の公恭くんだもん。だから、大丈夫。きっと――。


 そうして自分に言い聞かせると、美砂都の顔にも笑みが浮かんだ。

 前を行く一年生たちの何人かが、地下鉄の改札の中へと吸い込まれていく。

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