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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の瓦解~  作者: 貴堂水樹
第2セット 勝ちの目指し方

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7-3.新しい武器を手に

 眞生の言うとおり、次にサーブ権が実里丘に回ってくると、快がサーブへ下がり、伊達が前衛に上がるローテーションになる。眞生と違い、伊達にはアタッカーの役割を果たすことができるけれど、煌我がいるなら煌我が打ったほうがいい。伊達はそう考えていて、眞生にベンチの様子を見てきてほしいと頼んだようだ。

 すぐに戻らなければならなくなった眞生を送り出し、サーブをミスして落ち込むオグに「大丈夫、大丈夫」と前向きな声をかけてやりながら迎え入れる。雨宮に出したブロック指示をオグにも伝えようと思ったけれど、もう少し時間を置いてからでも遅くはない。


 美砂都がオグにドリンクを手渡す姿から、琉聖はいまだに立ち尽くしている煌我へと視線を移す。いつの間にか、煌我はその顔を上げていた。

 ふらふら歩き回ってはダメだと雨宮に言われたが、琉聖はパイプ椅子を離れ、煌我の隣に歩み寄った。


「いけるか」


 次のローテで煌我をコートへ戻すことは既定路線だった。いい加減頭も冷えただろう。

 煌我は小さく息を吐き出し、コートの中を見据えたまま言った。


「点を取る」


 琉聖の教えを、自分に言い聞かせるように口にする。


「今日は、ブロックアウトを狙って打つ」


 今度は、雨宮からのアドバイスを。

 琉聖は微笑み、煌我の背中を軽くたたいた。


「もう一つ、ブロッカーの背中のすぐ後ろに落とすフェイントも狙ってみろ。これはすでにできるようになってる攻撃なんだから、あとはタイミングを計るだけだ。ブロックアウトよりも簡単だろ?」

「ちくしょう、やることが一個増えた」

「ぬるいこと言ってんじゃねぇよ。全国行ったら、何種類も打ち分けてくるアタッカーがゴロゴロいるんだぞ」


 発破をかけたら、煌我の顔色が変わった。「全国」というワードほど、煌我を燃え上がらせる言葉はない。

 煌我は大きく息を吸い込み、ハッ、と力強く吐き出す。一歩前に踏み出すと、コートの中へ、馬鹿デカい声をかけた。


「このサーブ、一本で切るぞ! おれが戻ったら一気に逆転だ!」


 コートの中が驚いた目を煌我に向けたのは一瞬のことで、すぐに元気な呼応の声が聞こえてきた。取り戻した煌我の笑みを映したような仲間たちのいい表情は劣勢を忘れさせてくれる。

 琉聖の顔にも笑みが浮かぶ。

 本当に煌我のことがうらやましい。切り替えが早くて、自分の力でどんどん前へ進んでいける。

 思わず腰に手を添えてしまう。

 こんなところで足止めを食らっていたら、いつかみんなから置いてけぼりにされそうだ。一歩ずつ、確実に成長しているこのチームの中で、俺はどれだけ高い場所へ行けるだろう。


「腰、痛いのか」


 気がつけば、煌我が琉聖を心配そうに見やっていた。「全然」と琉聖は首を振る。


「俺も早く試合に出たいなと思ってさ」


 あれほど立つのが怖かったはずのコートが、夜空の星を映したようにきらきらと輝いて見えていた。

 失敗を怖れる気持ちよりも、バレーボールがやりたいという思いのほうが断然大きい。仲間たちが、修や相馬が必死にボールを追いかける姿を、ベンチでただ見ているだけでは飽き足らない。

 腰が痛いとか、思い出せば息もできないくらいの残酷な過去とか、そんなことはどうでもいい。

 一日でも、いや、一秒でも早く、あの場所へ戻りたい。

 大好きなバレーボールができる、大切な仲間とともに立つコートの上へ。


「そうだな」


 煌我が琉聖のからだに右腕を回し、琉聖の肩をガシッとつかんだ。


「おれも早く、おまえのトスでスパイクを打ちたい」

ってぇよこの馬鹿力」


 煌我が白い歯を見せて笑う。握りつぶされるかと思った右肩は本当に痛くて、けれど琉聖も我知らず微笑んだ。


 星工のサーブはミドルブロッカーの三年生・木下へ回り、眞生が大きな声を出して積極的にレシーブを上げにいった。

 強い気持ちが実り、ボールはしっかりと真野の待つセットアップポジションへ返る。快がライト側でトスを呼んでいるが、真野はもう一人、コートへ戻ったばかりの雨宮へAクイックのトスを上げた。

 真野の手からボールが離れると同時に、雨宮はトンとフロアを蹴って飛び上がった。コンマ数秒の〝ため〟をつくるため、空中でトスが落ちてくるのを待ってから、長い腕をおもいきり振り抜き、難しい左方向、バックライトとバックセンターのちょうど中間へ打ち込むスパイクを放った。

 快音。ブロッカーの腕にかすりもしなかったボールは一瞬のうちに星工コートを跳ねた。

 九対十一。雨宮の渾身のガッツポーズが、丘高サイドに笑顔と勝機を連れてくる。


「頼むぞ、煌我」


 盛り上がる丘高コートを見つめたまま、琉聖は煌我の背中に手を添えた。


「俺はすぐには動けない。けどおまえは、今この瞬間から次のステップへ進めるんだ」


 点を取るためのスパイクを打つこと。多種多様な打ち方を身につけ、適切なタイミングで打ち分けること。

 課題は明確だ。あとは、実現させられるようにとことん練習を重ねるだけ。


 交替の時間がやってくる。琉聖は煌我と目を合わせた。


「先に行け。俺もすぐに追いつくから」


 琉聖にも、乗り越えなければならない壁がいくつもある。だが、琉聖がそれと戦えるのは腰のリハビリを終えた二ヵ月後だ。

 だから今は、煌我の成長のために動く。

 煌我だけじゃない。チーム全体の力を底上げできるよう尽力する。

 復帰した時、これまでよりもいい景色が見られるように。

 なにを憂えることもなく、心からバレーボールを楽しめるように。


「よっしゃあ」


 煌我はしっかりと顔を上げ、両手で自らの頬を二度たたいた。


「快にだけは絶対に負けんッ!」

「そこかよ」


 琉聖だけでなく、ベンチにいる全員とハイタッチをし、煌我はベンチに下げられた時とはまったく違う足音で副審のもとへと駆けていく。

 その背中はどこまでも大きい。心が上向いて、つまらない意地にいつまでも囚われていないことを雄弁に物語る立ち姿だ。


 大丈夫。煌我ならできる。

 彼は四月、正南学園戦の第三セットで証明した。

 プライドを捨て、柔軟なプレーができることを。不本意だろうと、チームのために変わることを選べるのだと。

 だから今日も、煌我は変われる。

 昨日までの煌我とは違う。この半日のうちに必ず、二歩も三歩も先へ行ける。


 伊達と交替し、コートに戻った煌我を迎え入れる五人の仲間たち。快はどんな顔をするかと思ったが、特にどうということはなく、淡々と、無表情で、煌我と両手でハイタッチを交わした。

 ……かと思ったが。


「向こう見ずなプレーは許さんぞ」


 言うべきことはしっかりと伝える快である。煌我はムッとしたものの、すぐに「うるせぇ」と吠え返した。


「見てろよ! おれだってやればできんだから!」


 じゃあ最初からやれよ、と琉聖の心でツッコんだ先で、足音高くネット際へ上がっていく煌我の背に快がささやかな笑みを向けていた。雨宮と真野を中心に、コートの中が明るい声であふれていく。

 一方ベンチでは、役目を終えて戻ってきた伊達に、琉聖たち控えメンバーが順にねぎらいの声をかけた。

 琉聖は伊達とハイタッチを交わすと、真っ先に礼を言った。


「ありがとう、伊達さん。助かりました」

「どう、佐藤は。大丈夫そう?」

「なんとかね。あと、これ」


 パイプ椅子の上から作戦盤を拾い上げる。これからもきっと、この小さな指揮官の暗躍によってチームが救われる場面があるだろう。


「ありがとうございます。めちゃくちゃ役に立ちました」


 伊達は目を丸くしながらボードを受け取る。


「……ただのラクガキなのに、こんなの」

「そんなことない。データバレーは今じゃ世界標準だから」

「データバレーって」


 伊達は苦笑いするけれど、琉聖は真剣に首を横に振った。


「馬鹿にはできないですよ。たった一試合じゃ正確な数字は出せないけど、傾向だけでも掴めればシフトチェンジできるし、二セット目以降の戦い方は絶対に変わってくる。バレーは駆け引きのスポーツなんだ。勝ちにいくには、相手の出方を相手より早く見抜かないと。そのために、こいつは絶対必要です」


 伊達の両手の中にある作戦盤を、琉聖は指でコツコツとたたいてやる。伊達はまだ少し信じられないといった風で、自分の書いた文字や数字で真っ黒に埋まった小さなホワイトボードに目を落とした。


 相手アタッカーが何本も打ってくる得意コースはどこか。相手セッターのトスが誰に集まっているか。

 相手の意図する攻撃が先読みできれば、防ぐことができる可能性はぐっと高まる。逆もまたしかりで、相手の穴が見つかれば、そこを重点的につついてやることで得点を重ねていける。


 どこまで具体的に数字を追いかけるかは一旦脇に置いておくとして、エースにブロックを集中させよう、というような指示はどこのチームでも当たり前のように監督が出している。そうした大まかな指示を受ければ全国大会に出られるような選手層の厚いチームならともかく、こと実里丘においてはそれだけでは足りない。指示に具体性を持たせることでようやく勝ち筋が見えてきて、それを逃さず追うためには自分の頭の中でなんとかしなければと琉聖は考えていたのだが、このチームには伊達がいた。難関進学校と言われる県立実里丘高校で、学年三本指に入る秀才。彼にかかれば、確率や期待値の計算など赤子の手をひねるようものに違いない。


 バレーボールは、駆け引きのスポーツ。今日の星工戦はまさに、実力派セッター・相馬祐介との駆け引きに勝てるかどうかが勝敗を分けることになるだろう。

 データとは、そうした相手チームとの駆け引きに勝ちにいくためにかかせないツールなのだ。実力も経験値も乏しい丘高バレー部が、愛知を制し、全国大会出場を果たすには、フィジカルの強化はもちろん、知力にも大いに頼っていかなければならない。

 これまで琉聖の頭一つで考えてきたことを、伊達が具体的な数値にし、可視化する。伊達が試合に出る時には、琉聖が代わりに数値を弾き出せばいい。


 伊達の個人的な趣味が与えてくれたきっかけで、また一つ、琉聖たちは大きな武器を手に入れることができた。目に見える数字は、立てた作戦に自信と勇気を与えてくれる。


「そう」


 伊達は受け取った作戦盤を右の指先で静かに撫でた。


「きみがそう言うなら、意味はあったのかもな」

「ないわけないでしょ。ちょっと間があいちゃったけど、続き、お願いします」


 わかった、と伊達はうなずいて返してくれた。琉聖はさっきのサーブミスを引きずってしゅんとしているオグを呼びつけ、伊達の弾き出してくれた数字をもとに、雨宮にも伝えたブロックシフトを話して聞かせた。


 快が技アリのショートサーブを打ち込み、星工のサーブレシーブが乱れた。

 勝負の行方はまだわからない。星工の攻め筋にどれだけブロックとレシーブをコミットできるか。

 さぁ、ここからが本番だ。

 琉聖の見つめる先で、実里丘サイドに星工コートからラッキーなチャンスボールが返ってきた。

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