6-3.努力の結晶
主審がラリー開始のブザーを鳴らした。琉聖は作戦盤から目を離し、試合の行方を見守る。
星工のサーブはエースアタッカーの三年生に回っている。彼の強烈なジャンプサーブは煌我と交替して入ったばかりの伊達を目がけて打ち込まれた。
伊達はしっかりと落下点に入り、ボールをからだの正面で受け止める。レシーブはおおむね正確に真野のもとへ返り、オグが型どおりにAクイックの助走へ入った。
トスは飛び上がったオグの頭の上を越え、レフトで待つ快のもとへ直線的に飛んでいく。
「高木!」
真野から回ってきたパスを、快は基本に忠実な正しい助走から飛び上がり、まるで教科書から飛び出してきたかのような美しいスパイクフォームで打ち抜いた。
バチーン、とボールが人間の肌をたたく音が広い体育館じゅうに響き渡る。快の放った強打は相手ブロッカーの腕に弾かれ、しかし実里丘コートのサイドラインよりも外側でフロアを跳ねた。
宣言どおり、快は狙い澄ましたブロックアウトで得点を挙げた。バレーボールの世界に技の見本市があるとすれば、今のプレーは間違いなく出品されていただろう。それくらい、完璧なブロックアウトだった。
五対六。煌我のミスを快がすぐさま取り返す。
一つローテーションが回り、真野が前衛に上がってくる。かつてこのローテはオグと左京の二枚のアタッカーに、特急でこしらえた煌我のバックアタックをプラスしてどうにかこうにか乗り越えるというギリギリの危うさがあったが、今回からは前衛に快がいてくれる。煌我のバックアタックがなくても、快なら。今日の快のプレーには、そう思わせてくれる頼もしさが十分にあった。
右京のサーブ。左手からくり出されるクセ球に、さっきのラリーから後衛に下がったエースアタッカーを見事なまでに翻弄した。腕を振ってしまい、レシーブは大きく乱れる。
修がフォローに走った。エンドラインよりもなお後方へ飛んでいくボールをダッシュで追いかけ、フロアを跳ねる前に飛び込んでからだをねじり、右腕をまるでテニスラケットを振るようにおもいきり振り回してボールをコートの中へと戻した。
「誰かお願い!」
そう叫びながら床へ倒れ込んだ修は、勢い余って背中から壁に激突した。「うっ」と一瞬顔をしかめたけれど、すぐに立ち上がり、猛ダッシュでコートへと戻っていく。
その間に、修のつないだボールはさらにつながり、実里丘コートへチャンスボールが返ってくる。わざと高らかに上げられたボールを、眞生は慣れないながらもきっちりと真野の待つセットアップポジションまで運んだ。
「真野先輩!」
眞生のパスから、真野がジャンプトスのモーションに入る。煌我はベンチに下がっているので、トスはオグのAクイックと、快のレフト平行の二択。
真野の手からボールが離れる。選ばれたのはオグではなく、快だった。
「高木!」
美しい流線型を描いて上がったトスに対し、快は斜めに切り込むような助走を取った。
クロス方向へ向けられたまま飛び上がり、空中でからだをやや左へひねりながら右腕をスイング。太い腕で力いっぱいたたかれたボールは相手のミドルブロッカーの右手をかすめ、バックセンターを守るエースアタッカーの頭上を越えてエンドライン後方へと大きく弾き飛ばされた。
ボールがフロアを跳ね、六対六。この試合、はじめての同点に追いついた。
「うまいねぇ」
琉聖の右隣に立つ煌我を挟んだ向こう側で、雨宮がコートの中で快を囲んで喜ぶ仲間たちをしみじみ見つめてつぶやいた。
「普通はあんな簡単に決まらんぞ、ブロックアウトなんて」
「わかるー」
今度は左側から左京の同意する声が上がる。
「おれもりゅうせーに『ブロックアウトを狙え』ってよく言われるけどー、三回に一回くらいしか決まんないー」
おい、と琉聖はツッコもうとしたけれど、すんでのところで踏みとどまる。
実際はそんなところなのかもしれないなと思い直す。中学時代、白石がよくブロックアウトを取っていて、彼があまりにも鮮やかに決めてくるものだから、ついつい今の仲間たちにも「ブロックアウトを狙え」なんて軽く言ってしまうけれど。
きっと世間的には、左京や雨宮の反応がスタンダードで、できすぎる白石がイレギュラーなのだ。普通はできない。それが当たり前。
そして快は血のにじむような努力を重ね、白石と同じラインで戦えるまでの力をつけた。今の快のブロックアウトは白石のそれと遜色ない。
白石とは違い、快はおそらくはじめから今のプレーができたわけではない。
努力して、努力して、どうしても手に入れたくてもがき続けた結果、快はあのレベルのプレーができるまで上り詰めた。
努力は人を変え、新たな価値を創造できる。快はその身をもってそれを証明していた。
「いいぞ、快」
琉聖はベンチを離れてコートへと歩み寄り、快にねぎらいの声をかけた。
「ナイススパイク! だけど、ちょっとトスが短くないか?」
外から見ていて、真野が快に上げた平行トスは二本ともやや短めだったと感じた。
快がブロックアウトを取りにいくつもりでいるなら、トスはコートの外へ流れるように上げてやったほうがいい。もしかしたら短く上げるのは真野のクセなのかもしれないが、快に対してはもう少し調整してやる必要がある。
「短い?」
快が答えるよりも早く、真野が動いた。琉聖の指摘を聞いていたらしい。
「もう少し外へ上げようか」
「いえ、オレはどちらでも」
「言って。俺に遠慮しなくていいから」
真野が快の背中を押す。それでもためらっている快に、琉聖も言った。
「ちゃんと要求しろ、快。俺は勝手に調整するからいいけど、そんなセッターばっかりじゃないから。自分がどんなスパイクを打ちたいのか。そのためにどんなトスがほしいのか。ちゃんと伝えて、確実に点が取れる体勢を整えろ。なるべく早く」
ヘンなことを言ったつもりはないのに、快も真野もなぜか目を丸くして琉聖を見ていた。意味がわからず、琉聖はムッとして二人をにらんだ。
「なんだよ」
「いや」
快は口ごもり、真野はきれいな微笑をこぼした。
「おまえには、自分がとんでもないことを言っているという自覚はないのか」
「え?」
「あるわけないよ」
真野が快の肩に手を置き、言う。
「だから天才なんだろ、久慈くんは。俺みたいな凡人とは感覚が違うんだよ」
トス、長めに変えるねと真野は快に約束し、次のラリーの準備に入った。快も真野に返事をし、ネット際へ上がっていく。
結局二人がなにを言いたかったのかわからず、琉聖は腑に落ちないままベンチへ戻った。
顔を上げると、煌我とまっすぐ目が合った。




