6-1.ライバル
これで連続三本目となる雨宮のサーブは、狙ったのかそうでないのか、修のところへすぅっと吸い寄せられていった。
言うまでもなく、レシーブボールはきれいなAパスでセッターの相馬のもとへと返る。そろそろセンター線を使ってくるか、と琉聖はコートの外で身構えたが、相馬が選んだのはレフト攻撃だった。
「ブロック!」
琉聖はオグに言うつもりで声を張る。レフトでトスを待っているのはオポジットの選手で、基本的にはライト側から攻撃を仕掛けてくる選手だが、彼は右利きのため、レフト側からの攻撃が別段不利というわけではない。相馬もそれをわかっていて積極的に打たせているのだ。
高速トスからのレフト攻撃は、オグのブロックを華麗にすり抜け、煌我の待つインナーへ鋭く切り込む強打で攻めてくる。案の定レシーブが安定しない煌我が盛大にコート外へとボールを弾き出し、三対五。そう簡単には同点に追いつかせてもらえない。
雨宮がベンチに戻り、リベロの眞生がコートイン。星工の次のサーバーは唯一の二年生レギュラーであるミドルブロッカーだ。
彼の放ったフローターサーブは威力にこそ欠けるものの、手もとでぐっと伸びてくる、落下点の読みづらい球だった。この手のサーブは厄介で、落下点を前後に揺さぶってくるのが打ち手の作戦であるため、レシーバーはどこでかまえているのが正解なのか判断がつけられない。
「ほっ!」
だが、眞生がうまくからだを逃がし、組んだ両腕でつくったきれいな面で伸びてくるボールを捕まえた。真野のもとへきれいには返らなかったが、アタックラインよりは内側だ。悪くない。
「オッケー!」
真野の声。トスを待つアタッカーは、レフトに右京、センターにオグ、ライト側に煌我、そしてバックセンターに快。レシーブがネットから離れた時点でオグの線は消えた。残るは三ライン。そろそろ右京に打たせるタイミングだなと琉聖は考えたが、真野はどこを選ぶか。
真野は自身のからだの向きそのままに、レフトへやや速度のある平行トスを上げた。
「右京!」
琉聖と真野の思考が一致した。右京は速めのトスに対していつもどおりのマイペースな助走を取り、マイペースにジャンプして、マイペースに左腕を振り抜いた。
同じコートに立っていると気にならないが、外から見ていると、右京の周りだけ時がゆっくり流れているように感じる。真野の速い平行トスからの速い攻撃で相手を翻弄するはずが、速さとは無縁の右京のまったりとした動きは、別の意味で相手ブロッカーのリズムを狂わせることになったようだ。
「そいっ!」
右京の放った強打に対し、相手の二枚ブロックは息の合わない二人三脚のようにバラバラのタイミングで飛んでいた。おかげでスパイクは二人のブロッカーの間をすり抜け、バックセンターの守備位置へと飛んでいく。
ボールはフロアを跳ねなかったが、レシーブは乱れた。ボールは相馬の待つ側ではなく、修の守るバックレフト側へ上がる。
「松永!」
相馬の声。修はそれにこたえるようにボールの落下点へ走り込み、中学時代は琉聖とともに熱心に練習してきた二段トスを丁寧にライトアタッカーへと運ぶ。
「峰先輩!」
ライトで待つのは、琉聖と修の中学時代の先輩。もう一人の先輩であるエースアタッカーの三年生と彼が相馬の両翼、ともに背こそ高くないが、星工のポイントゲッターだ。
派手な音を鳴らし、オポジットの峰はストレート方向に強打を放った。スパイクは煌我の指先に触れて大きく跳ね、実里丘コートのエンドラインを越えていく。
「眞生!」
琉聖が叫ぶ。間に合うか。ボールの勢いは煌我のブロックでは抑えきれず、スパイクの速度をほぼ保ったままコートの外へと出て行こうとしている。
「……余裕っしょ」
眞生がフロアを蹴り、頭上を行くボールを追い始める。普通ならボールから目を離さずに追いかけるところを、眞生はボールを見ることなくコートに背を向け、短距離走の選手のように風を切って駆け抜けていく。
「はや……!」
雨宮が琉聖の隣で目を見開いた。短距離走者どころではない。ボールよりもなお速く走る眞生の姿は、まるで拳銃から放たれた小さな弾丸そのものだ。
誰もが雨宮と同じ感想をいだいた時には、コートに背を向けて走っていた眞生のからだの向きは正面に戻り、しっかりとボールの落下点に入っていた。落ちてくるボールに対し、アンダーハンドで受けるかまえを整えて待つ。
「栗林!」
快がバックセンターの位置から眞生を呼ぶ。眞生はエンドラインから三メートルは後方にいる。あの位置からではとても真野にはつなげられない。
眞生はボールの下で両腕を結び、快に大きくパスを回した。
「快、お願い!」
眞生からのパスはきれいな放物線を描いて快のもとへ飛んでいく。快はボールの落下点を見極めながら、からだをレフト方向へと向けた。
「下がれ、佐藤!」
快が煌我に向かって叫ぶ。煌我は「わかってら!」と弾かれたように助走の体勢を整えた。
「持ってこい、快!」
煌我の馬鹿デカい声に導かれるように、快は二段トスを煌我の待つレフトへと上げた。
煌我の力強い助走。正面には二人のブロッカーがストレートコースを止めに来ている。
踏み切って、煌我が高らかに飛び上がる。チームのピンチを何度も救ってくれた右腕が、快のトスを強打に変えた。
「ぅらぁッ!」
真上をたたき、真下へ突き刺すように打ち込まれた煌我のスパイクは、星工がつくる二枚の壁の隙間を強引にこじ開け、ライト側でブロックに飛んだ峰の真後ろでフロアを跳ねた。
四対五。点差は再び一点まで縮まった。
実里丘サイドが沸く。コートの中では煌我のもとへと仲間が集まり、外では琉聖たち控えメンバーが笑顔でハイタッチを交わしながら「ナイススパイクー!」「眞生、ナイスレシーブ!」とコートの中へ声をかける。
だが、今回はいつもとコート内の様子が違った。
普段なら誰よりも先にわーわー騒ぐ煌我が、打ち終えて着地してからずっと黙ったままだった。
「煌我……?」
琉聖は思わずつぶやく。ハイタッチを求めに煌我のもとへと集まった仲間たちもなにごとかという驚いた表情を浮かべる中、煌我は珍しく真剣な顔をし、まっすぐ快の前へと進み出た。
コートの中央で、二人のレフトアタッカーが言葉もないままにらみ合う。
数秒間に沈黙ののち、先に口を開いたのは煌我だった。
「ナイストス」
快の前に右手を差し出し、けれどどこか納得できないようなムスッとした表情を浮かべ、煌我は快の二段トスをよかったと言った。快はちらりと煌我の右手に視線を落とし、こちらも不服そうに煌我に言う。
「強引すぎる」
「なに?」
「見てわからないのか。相手の二枚ブロックはストレート側が低いだろう。そっち側ならまだ上を抜ける可能性があると思ったからトスをわざと長めに上げたというのに、なんだ今のコース取りは。なぜブロッカーの間を狙う必要がある? ブロックにかかるリスクを考えたことがないのか」
「それは……」
「ストレート側を狙うメリットはまだある。一つはブロックアウトが取りやすいこと。もう一つは、バックライトを守っているのがセッターだから。セッターが一本目を触れば確実に二段トスになる。相手のリベロはトスもうまいが、それでも……」
「あーもーうるせぇうるせぇ!」
煌我がようやくいつもの大声を上げ、快の説教をぶった切った。
「琉聖ならともかく、なんでおまえにまで叱られなきゃなんねぇんだっての! おれはちゃんとやってる! 実際に点も取れた!」
「偶然だろう、今の打ち方で決まったのは。パワーで押し切ることだけを考えていてはいつか必ずブロックに捕まる。それに、相手は県大会上位チームだ。その辺にゴロゴロいる中堅チームとはワケが違う。おまえの単調な攻撃に対して、同じ失敗を何度もしてくれると思うな。次は絶対に決まらない。絶対に」
「あぁ、そうかい! わかったよ! じゃあおまえはできるってことなんだな? ストレート打ちも、ブロックアウトも。おまえには全部できるんだよな? だったらやって見せてみろよ!」
煌我の堪忍袋の緒がついに切れ、快にケンカをふっかけた。
快は涼しい目をして煌我を見る。対峙する二人の間を割るように、快の足もとをボールがトトトと転がる。
快は静かに拾い上げると、煌我の胸ぐらをつかむ代わりといった風に、片手で持ったそれを煌我の胸にドン、とおもいきり突きつけた。
「いいだろう。それがおまえの望みと言うのなら」
ボールをそのまま煌我に預け、快はスタスタとネット際に向かって歩き去った。次は煌我のサーブからゲームが始まり、快がはじめて前衛に上がる。
しん、とコートの中が鎮まり返る。今日だけでこの光景は何度目だろう。
「大丈夫か、あの二人」
雨宮がそう漏らすのも無理はなかった。煌我も快も、互いにただ勝ちたい一心でプレーしているだけなのだろうが、どうにもうまく噛み合っていない。
煌我が意味もなく大声を上げ、怪獣の足音かと思うくらい踵を強く打ち鳴らしながらエンドラインへ向かう。琉聖は小さく息をつき、雨宮の向こう側に立っている伊達に声をかけた。
「伊達さん、準備してもらえます?」
「え?」
伊達は不意打ちを食らった顔で琉聖を見た。琉聖も冴えない表情を伊達に返す。
「次、煌我と交代で。あんまりこういうことは言いたくないけど、このサーブ、煌我はたぶん外すから」
いいものをたくさん持っている煌我だけれど、それと同じくらい弱点も多いのが悩ましいところだ。特にメンタルに波があるのが厄介で、一度頭に血が上ると途端に視野が狭くなり、プレーが粗雑になってしまう。
悪い予感ほどよく当たる、というのは迷信でもなんでもなく、琉聖の予言したとおり、煌我は今日一本目のサーブをびっくりするくらい大きく吹かしてアウトにした。
四対六。同点に追いつくどころか、結局二点差をつけて逃げられてしまう。




