5-4.仲間がいれば
○
「ナイススパイク。いい判断だ」
琉聖は快に笑いかけ、親指を立てて彼のスパイクを褒め称えた。
実際に見ていたわけではない。けれど、伊達が教えてくれた話を聞く限り、快が二本目をトスではなく攻撃にしたのは賢い選択だと思った。三本目で返球してくるだろうという相手の予想をいい意味で裏切り、守備陣形が整う前に攻めきれた。テクニックと勇気を要する難しい攻撃だが、さすがは快だ。うまくやってくれた。
「助かるよ、おまえみたいな頭脳プレーのできるヤツが入ってくれて。煌我の相手ばっかしてると、考え方がガキっぽすぎて本っ当にイライラするからさ」
「おい、琉聖!」
煌我が怒り、どこからともなくクスクスと笑い声が上がる。すっかり冷え込んでしまっていたコートの中に、あたたかい空気が戻り始める。
「久慈」
快がなんとも申し訳なさそうな顔を琉聖に向けてくる。せっかく褒めてやったのに、そんな顔をされてはがっかりだ。
三対四。潮目が変わり始めている。
ようやくつかみかけたリズムを自分たちで崩してしまうようではいけない。次のラリーで確実に同点に持ち込み、一気に引き離す。
「さぁ、この一本が大事だぞ」
琉聖は腹に力を入れて声を出した。
「次を取れたら同点だ。ブロックとレシーブ、特にしっかり。サイドの二人は、ミドルが飛び遅れても自分一人で止めにいくつもりで飛べ。いいか、煌我。よく考えて打てよ」
「わかってるって! ちくしょう、なんでおれだけ名指しなんだよ!」
煌我がキレた。琉聖からだけでなく、今日は快からもダメ出しをくらっている。むしゃくしゃする気持ちはわからなくない。
だが。
「決まってんだろ」
憤慨する煌我に、琉聖はどこまでも穏やかに笑いかけた。
「おまえがこのチームのエースだからだ。おまえに点を取ってきてもらわなきゃ困るんだよ、俺たちは」
誰が点を取ってもいい。二十五点を先に取れたら勝ちだ。
でも、それだけではダメだということを今の琉聖は学んでいる。
大事な場面は、エースに頼る。
エースの自覚を持つ者には、ここ一番の大勝負にすべてをかけられる強さがあるから。
同じ失敗は、一度まで。
琉聖がこの試合にセッターとして出場していたなら、次のラリーは、必ず煌我で点を取りにいく。
あの日と同じ過ちは犯さない。
信じられる、信じたいと思えるエースと出会えたから。
「そうか」
まっすぐ交わる視線の先で、煌我が自らの両頬をバシバシッと弾ける音を立ててたたいた。
「よっしゃあ、やっぱりおれだ! 真野さん! こっから先は全部おれにトスをくれ! 次からの得点は全部おれが決めてくるからよ!」
「だからどうしておまえはいつもそう極端なんだよ佐藤」
半ば呆れながらツッコむ雨宮の声にはまるっきり耳を傾けず、煌我はガハハと大きく笑い、大股でネット際に向かって歩き出した。琉聖の背後で、眞生、伊達、左京がボソッとつぶやくのが聞こえてくる。
「チョロいな」
「チョロいね」
「気づいてないだろうなー、こうがは。りゅうせーにノセられてるってことー」
琉聖は笑った。ノセる、か。そんなつもりはなかったが、半分くらいはそうかもな、と今になって思う。
なにかと調子に乗りやすい煌我は、とことんおだてることで勝手に点取り屋になってくれる可能性は確かにあった。波に乗った時の煌我が爆発的な攻撃力を備えることは今やチーム全員の共通認識で、煌我が覚醒していなければ、四月の正南学園戦があそこまでもつれることにはならなかった。
今日はまだ調子が上がりきっていないけれど、このあと煌我はどこかで必ずきっかけをつかんで覚醒する。正南学園戦の第三セットの時のように。
その姿を知らないのは、あの日、同じ会場にいなかった快一人だけ。
だからこそ、彼を置いていくわけにはいかない。
「悪いな、快」
煌我に続いてゲームの中に溶け込んでいく仲間たちの中にたたずむ快に、琉聖は声をかけた。
「おまえが俺に期待してバレー部に入ってくれたのはわかってる。それなのに、肝心の俺はこんな風だし、煌我たちの実力はおまえと比べたらまだまだだ。おまえが絶望する気持ちはよくわかるよ。今のチームで高階に勝とうなんて、そりゃあ想像すらできないよな」
琉聖自身、無謀な挑戦をしているという自覚はある。今のメンバーで全国制覇を目指そうと思うと、チャンスは次の春高しかなく、準備期間はたったの半年だ。
一方で、挑戦する価値がないとは考えたことがなかった。快が仲間に加わってくれたおかげで、未来はずいぶん明るくなったと思っている。
快の兄がキャプテンを務めるという東堂大附高階高校は、愛知県ナンバーワンの座を譲ったことこそないけれど、全国制覇を成し遂げたのは九年前の一度しかない。当時の優勝メンバーの一人は、現在の日本代表チームでキャプテンを務めるエースアタッカー。彼の活躍によって、東堂大高階の名は全国により深く浸透するようになった。
一見強そうに思える相手だ。しかし、全国規模で見てみると、彼らが常勝軍団ではないことがわかる。
勝てるのだ、高階には。
突き破れない壁じゃないなら、突き破ってみせればいい。
「もう少し」
琉聖は快に願い出る。
「もう少しだけ、俺に時間をくれないか。今の俺にできることは限られてるけど、復帰したら絶対、おまえの期待にこたえるから。高階を超えるチームをつくるから」
待っていてほしい。できることなら、快にはこのチームのレベルの底上げに力を貸してもらいたい。
このチームは変われる。まだまだ、もっともっと強くなれる。
焦っても結果は出ない。与えられた時間は少なくても、一歩ずつ、確実にステップアップするのが結局は近道だったりする。
快が怒る気持ちは痛いほどわかる。琉聖も四月まではそうだった。
でも、今は違う。
イライラする日もあるけれど、このチームの秘めた可能性を実感できているから、大丈夫。
「わからない」
快はただ琉聖だけを見つめ、問う。
「おまえには、なにが見えている」
その一言で、快がかかえているものの多くが琉聖には理解できた。
不安。矛盾。葛藤。
期待していたものに手が届かず、形をうまくとらえられない不安ばかりが募っていく。
このままでいいのか。なにも見えないまま走り続けて、その先には本当に、望む未来があるのか。
わかる。琉聖も同じ苦悩を味わっている。
引くか、進むか。およそ五〇〇年前の戦国時代、とある武将は引く道を選び、また別の武将は迷わず進む選択をした。
ただ一人だけが天下を取れる戦いが長く続けば、日々追い詰められ、心をすり減らし、正しい選択ができる者は徐々に少なくなっていく。
だが、間違っているかもしれないと思っても、臆せず進まなければならない場面は絶対にある。
運命を分ける岐路に立たされた時、迷いの中、想いを強く持ち続けていられるために必要なものは、一つしかない。
琉聖はついこの間、それを手に入れたばかりだ。
「どうだろう」
琉聖は困ったように肩をすくめた。
「まだなにも、ってのが正直なところかな。でも」
未来は見えない。
だが、見えているものもある。
「おまえが俺たちの、このチームの本当の仲間になるってことだけはわかってるよ」
一人じゃないとわかった時、これまで感じられなかったパワーがどこからともなく湧いてくる。
仲間がいれば、たとえ間違った道を選んだとしても、いつか必ず正しい道へと戻ることができる。
仲間が助けてくれるから。
間違っていると教えてくれる。軌道修正できるようサポートしてくれる。
四月の終わり、琉聖は仲間たちに助けてもらった。
だから今度は琉聖が快を、大切な仲間を助ける番だ。
「声出していけ、快!」
琉聖は見本を見せるかのように腹から声を張り上げた。
「守りに回るな。おまえと煌我で、ガンガン攻めろ!」
目を丸くして立ち尽くしていた快の瞳に、熱い光が戻るのが見えた。琉聖の言葉が届いていることの証だ。
もう大丈夫だろう。不安が完全に消えることはなくても、気持ちが上向いてさえいれば、いくらでも前に進んでいける。
真野が快の背中をたたき、「呼んでよ、バックアタック」と言った。
快の返事は、これまでで一番大きな声で紡がれた。




