1-1.練習試合
術後の経過は良好で、予定どおり、琉聖は入院五日目で手術を受けた大学病院を退院した。歩行や日常動作もかなりスムーズにおこなえるようになってきて、腰部にコルセットさえ巻いておけば連休明けには通常どおり学校で授業を受けることも可能だと医師に言われ、ホッとした。
自分の足で立ってみるとよくわかる。これまで腰の周りにぼんやりとまとわりついていた鈍い痛みが消えている。爽快で、気分だけなら今すぐにでも走り出せそうだが、ジョギングさえ許可が出ていないというのが現状だった。
これからおよそ二ヶ月、琉聖にはバレーボール復帰に向けた苦しいリハビリの日々が待ち受けている。明るい未来を信じて乗り越えるしかない。
退院翌日の午後、琉聖は一週間ぶりに実里丘高校の体育館を訪れた。暦は五月へと移り、世間はゴールデンウィークに突入している。高校はカレンダーどおりの四連休中だが、体育館もグラウンドも各運動部の部員たちの姿で賑わっていた。校舎からは吹奏楽部の演奏も聞こえてくる。
男子バレー部が部室として使っているクラブハウスの一室は、プレハブのような建物の二階にあった。以前と同じように歩けているとはいえ、階段の上り下りはまだ少し慎重になってしまってぎこちない。
一歩ずつ踏みしめるように階段を上がり、琉聖は軽く乱れた呼吸を整えてからねずみ色の扉をスライドさせた。
パンパンパンッ!
扉を開けた瞬間、けたたましい破裂音に迎えられた。蛍光灯のぼやけた光がイマイチ行き届かない薄暗い部室の中に、色鮮やかな紙吹雪が舞う。
「おかえり、琉聖!」
なにが起きたのかと目をまんまるにした琉聖に、煌我、眞生、オグ、左京、右京の五人――実里丘高校男子バレーボール部の一年生が部室の中から満面の笑みを傾けた。彼らの手にはパーティー用のクラッカー。部室の奥の壁には『琉聖おかえり』という手作りのパネルがかけられている。
「おまえら」
唐突すぎる催しに、琉聖は言葉を失うほど驚いた。俺はここへなにしに来たんだっけ、と軽く混乱してさえいる。
「どうだ、すごいだろ琉聖」
煌我が代表して言った。
「突貫工事感が出ちまってるけど、おれたちからの退院祝いだ」
煌我は白い歯を見せて笑っている。なるほど、発案者はこの男らしい。いかにも、という感想が胸に宿ったのは、琉聖が佐藤煌我というチームメイトのことを知り始めたおかげだ。
「……バカ」
猛烈に恥ずかしい。たかだか一週間休んでいただけなのに、この歓迎ぶりは大袈裟すぎる。
だけど、嬉しかった。入院中に見舞いに来てくれた時も嬉しかった。
彼らが心から、琉聖のことを仲間だと思ってくれていることが伝わってくる。嬉しくて、嬉しくて、琉聖の伏せた顔にも笑みが浮かんだ。
「おかえり、久慈」
開けた扉のところで立ち止まったままでいると、背後から雨宮の声が聞こえてきた。仲よく三人で現れたのは二年生たちだった。
「無事に戻ってこられてよかったね、琉聖くん」
「具合はどう? この間お見舞いに行った時には顔色悪かったけど」
美砂都、伊達と次々に声をかけられ、彼らも煌我たちの企みに一枚噛んでいたことを琉聖は悟った。
まったく、揃いも揃ってなにをやっているんだか。琉聖は照れたように笑い、「ご心配をおかけしました」と二年生たちに頭を下げた。
美砂都の号令で小さな歓迎会の後片づけを手早く済ませ、一同は練習着に着替えて体育館へと移動する。今日の練習開始は午後一時の予定で、十二時半には午前中に体育館を使っていた女子バレー部が撤収し、練習の準備に取りかかることができる。
先般のインターハイ予選が終わって一週間、ずっと病院にいてチームの練習には参加していなかった琉聖だが、ただ漫然とベッドの上で過ごしていたわけではもちろんなかった。
キャプテンの雨宮とは毎日のように連絡を取り、練習メニューをどうするか、練習の成果はどうだったかなど、チームの状況を逐一把握し続けた。美砂都が練習風景を動画に収めてくれて、それが送られてきた日もあった。
琉聖が――監督がいないからゆるゆる練習しよう、なんていう雰囲気はなく、メンバー全員が一週間前の敗戦をバネに前進しようと意気込んでいる様子だった。チームとして、とてもいい傾向だ。
彼らがこうして琉聖の不在中にも前向きにバレーに取り組めているのには、実は一つ、大きな理由があった。
今週末の土曜日に、はじめての練習試合の予定が組まれているのだ。