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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の瓦解~  作者: 貴堂水樹
第2セット 勝ちの目指し方

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19/37

5-2.快の目に映る世界

   ○


 ぬるすぎる。

 試合が始まって十数分、快は心の中で何度もこの言葉をつぶやいた。

 星川工科高校が愛知県ナンバーツーのチームということはわかっている。だが、超高校級のエースアタッカーがいるような、圧倒的な脅威を感じるチームではないと思った。


 相手セッターのジャンプサーブは確かに強烈だ。しかし、何度も外へ弾いてしまうほどだろうか。一度目は仕方ないとして、二度目以降、なぜ同じミスをくり返す?


 それに、佐藤煌我というこのチームのエースアタッカー。

 なにを考えているのかまるで理解できなかった。ブロッカーがいないからといって、わざわざリベロの待つコースを選んで打つ必要がどこにあるのか。

 挙げ句の果てに、久慈琉聖に「ブロッカーがいるから打てない」などと弱音を吐く始末だ。意味がわからない。ブロッカーとの勝負の仕方を知らないのか。琉聖が一から十まで教えなければまともに点も取れない男がこのチームのエースだと? 笑わせるな。


 信じられなかった。

 誰もがあのトスで打ちたいと願う、どんな時でも最高のセットをしてくれる天才セッターがなぜ、実里丘のようなどこにでもある平凡なチームでプレーをしているのか。

 宝の持ち腐れもいいところだ。星工と同じく、名北地区で長年強豪チームとして名を馳せてきた正南学園高校と互角の試合をしたのだと宏太――中学時代のチームメイトから聞かされたが、チームの現状を見る限り、とても信じられる話ではなかった。


 快は琉聖に目を向ける。サイドラインを挟み、煌我と真野の二人に新たな指示を与えているようだ。

 一つ、わかったことがあった。

 琉聖の最大の強みはトスの正確さではなく、相手の動きに合わせて自分たちの攻撃スタイルを的確に変えられることだ。


 星工が偏った守備陣形を敷いていることには快もうすうす気づいていた。セッターになにがなんでも二本目を触らせるという意図が透けて見える守りだが、極端な作戦である分、練習量は相当なものであるはずで、そう簡単には破られないと相手は自負して動いていることが見て取れる。

 そんな相手に対し、琉聖は流れ作業のごとく状況を打破する策を講じた。

 短い強打が二本続いたから、今度は足の長いスパイクを打ってみろ。そんな生ぬるい、誰でも思いつくようなアドバイスはしない。誰の目にもピカイチのレシーブ力を持っているあの一年生リベロとの一騎打ちで、確実に勝利を収められる一打。それが相手の肩口を狙うスパイクしかないとわかった上で、煌我に打たせた。意図的に。


 指示どおりに打ち込むことができた煌我の力ももちろんある。だが、琉聖があの指示を出さなければ、間違いなく星工に五点目が入っていた。

 それだけではない。聞こえてきた話では、今度は煌我にブロックの上からスパイクを打たせるつもりらしい。そのために平行トスをやめ、オープンに切り替えてほしいと真野に頼み込んでいる。琉聖自身がセッターとしてコートに立っていたならそうするから、ということだ。


「……なるほどな」


 思わず声が漏れてしまう。

 久慈琉聖が天才だと評される理由を、ようやく正しく理解できた気がした。

 あまりにも順応性が高すぎる。相手の出方を窺い、それ次第で自分の立ち振る舞いを当たり前のように変えられる。


 たとえばブロックマークのきつい味方のアタッカーがいるとしたら、相手のブロッカーが他のアタッカーを無視できなくなるまで徹底的に攪乱する。たとえば相手のブロッカーがやたらとデカくて鬱陶しいなら、サイドアタッカーにはブロックアウトを、センター線にはブロックを避けたコース打ちを狙えるトスを意図して上げる。

 そうしたことが、琉聖には当然のようにできるのだ。アタッカーの打ちやすいトスを上げるのが自分の仕事だと彼は快にも言ったけれど、それは単純に高さや速さ、軌道の問題だけではない。

 相手次第で、味方にとって打ちやすいトスは変わるはずだ。琉聖の頭の中には、その考えが大前提として存在している。頭にあるだけではなく、それを体現できる実力も備えている。


 実力、なんて言葉では足りない。

 才能だ。変化を怖れず、自分自身を常に刷新し続けられる力を、才能と呼ばずしてなんとしよう。


 快の口から、小さなため息がこぼれ落ちた。

 つくづく、あり得ないことだと感じる。

 これほどまでに高いレベルでプレーできる選手が、どうしてこんな、県大会にすらおよそ出られそうにないチームにいる?


 鈍色のガラクタを無理やり箱に詰めたようなこのチームで、おまえはいったいなにを成し遂げようとしている?

 おまえが磨けば、どんなガラクタも宝石に生まれ変われるとでも言うのか――?


「さぁ、こっからだぞ!」


 雨宮の気合いの入った声が聞こえてきた。思考を一時中断し、目の前のゲームに集中する。

 一対四。三点のビハインド。調子よく巻き返すためにも、次の一点は絶対に落とせない。


 主審がブザーの音を響かせる。

 雨宮のフローターサーブはエンドラインのほぼ中央から打ち出され、外へ切れていくような足の長いサーブになる。受ける側にとって、この手のサーブは処理が難しい。腕だけでなく、からだ全体で迎えに行かなければボールはサーブの軌道のとおりコートの外へと弾かれてしまう。

 雨宮によって打ち込まれたボールは、レシーブをするつもりはほとんどないというような位置にかまえていたオポジットの選手の正面に飛んでいった。アウトジャッジはせず、彼はオーバーハンドでレシーブするものの、セッターのもとへきれいには返らない。


 レシーブボールがネットから離れる。ライト側からセッターが走り込み、ファーストレシーブから即座に助走体制に入ったオポジットの選手へトスは上がった。

 レフトからの攻撃。乱れながらもトスの低さは保たれている。

 だが、センターからの速攻がないとわかっている以上、右京とオグによる二枚ブロックはアタッカーの前にきっちりと壁を作った。

 スパイクの音と、ブロッカーの手にボールが当たる音が立て続けに鳴り響く。


「高木!」


 雨宮の声。オグの左手が止めきれなかったボールは大きく宙を舞い、実里丘コート中央、快の守るバックセンターへと落ちてくる。

 快のレシーブ。バックライトからセットアップポジションへ走った真野はライトで待つ右京へとやや速いトスを振った。


「右京!」

「そいっ!」


 右京はブロックアウトを取るつもりで、向かって右側のブロッカーの左手にわざと強打を当てた。ボールが自コートへ跳ね返ってきてサイドラインを割ればそのまま見送ってフロアへ落ち、こちらの得点になるところが、ボールは相手コートのサイドラインを割るように飛んでいく。


 落ちるか。

 願うように、快はボールの行方を見守る。


 祈りは届かず、相手コートのバックレフトを守っていたリベロが猛然と走り込み、落ちゆくボールに飛びついた。


「上がった!」


 フロアとボールの間に握った左手をすべり込ませ、リベロの一年生は自らのからだを投げ出しながら拾い上げたボールを強引にコートの中へと戻した。響き渡る甲高い声に、オポジットの選手が呼応する。


「ナイス、松永!」


 高くは上がらなかったボールを、彼は膝を深く曲げてアンダーハンドでトスに変える。ほとんど自分の真上に上がったそのトスを、一緒にブロックに飛んでいたミドルブロッカーの選手がろくな助走も取らないまま飛び上がり、実里丘コートに打ち込んだ。


「くっ!」


 強くはないが、鋭角にたたき込まれたボールは快の前に飛んでくる。からだを屈め、腕をめいっぱい前方に伸ばし、腹ばいになってどうにかつなぐ。


「いいぞ、高木!」


 右隣でフォローに入っていた真野が声をかける。快は真野がトスを上げる邪魔にならないよう、丸くてデカい図体を最大限の速度で転がし、スペースをつくる。


「二段頼む!」

「オッケー!」

「レフトいいよ、真野さん!」


 煌我の呼び声にこたえ、真野はレフトへ高らかにトスを放った。「っしゃあ!」と煌我は勢いよく助走を取り、大空へと駆け上がっていくような跳躍から力強い一打をたたき込んだ。


「らぁッ!」


 リベロの肩口ではなく、今度は正面に飛んだブロッカーの手の上を狙った。が、完全に抜ききることはできず、オポジットの選手の左の指がスパイクの勢いを殺し、ボールはバックセンターのさらに後方へと大きく弾き飛ばされていく。


 今度こそ落ちるか。……いや、まだだ。

 快の期待も虚しく、案の定リベロの一年生がしっかりとカバーに入っていた。まさかとは思うが、煌我のスパイクがブロッカーの手に当たって大きく後方へ飛ぶかもしれないと読んでいたのか。


「いっくよー、相馬せんぱーい!」


 リベロの一年生は、がっちりと組んだ両腕をぶん回し、ネット際のセットアップポジションめがけてボールを思いきりぶち上げた。さすがにきっちりとは届かなかったものの、彼のレシーブはアタックラインよりも前に戻される。


「レフト警戒!」


 真野が後ろからブロッカー陣へ指示を飛ばす。彼の読みは当たり、相手のセッターはレフトで待つエースアタッカーへ低い弾道の速い平行トスを振った。


 来る。


 なんとなくそう思った。根拠はない。ただ相手が自分のところへスパイクを打ってくる気がしているだけ。

 すぐにでも前に飛び込めるように、体重を足の親指の付け根にかける。足幅を広く取り、膝を深くまげ、アタッカーの視線とからだの向きに意識を集中させた。


 レフトアタッカーが飛び上がる。嫌な予感ほどよく当たり、相手の狙ったコースは快の守るバックセンターだった。

 強打をたたき込む轟音。だが、ボールは飛んでこなかった。

 誰が見てもブロックに飛び遅れていたオグの右手が、奇跡的にスパイクコースの正面に入っていた。背の高いオグの長い腕に当たったボールは、直滑降で星工コートに落ちて弾んだ。


「うぉおおおナイス大二郎だいじろうぉおおお!」


 煌我が誰よりも先にオグに抱きつき、景気よく頭をなで回した。オグは今のブロックポイントがほんの偶然に過ぎないことを理解しているようで、「ごめん、ブロック遅かったよね」と一言目に謝罪の言葉を口にした。

 長いラリーを制し、スコアは二対四。いい流れが舞い込み始めている。


 仲間たちが次々とオグのプレーを讃える流れに乗り、快もオグとハイタッチをした。


「ナイスブロック」

「ありがとう。快くんこそ、さっきのレシーブ、すごかったよ」


 さっきの。どのプレーのことを言っているのかと直前のラリーを振り返る快の隣で、雨宮が「そうだよな」と快の肩に手を載せた。


「さすがだよ、高木。おまえじゃなかったら、あの速い攻撃は拾えなかったんじゃないか」


 速い攻撃。リベロのブロックフォローからつないでバタバタとセンターから打たれたあのスパイクのことか。

 他のチームメイトたちからも次々と称賛の声をかけられる。煌我に至っては「おれの目に狂いはなかった」と意味不明な言葉を添えて背中をおもいきりたたかれた。


 快は表情一つ変えず、ただ求められるまま、コートに立つ全員とハイタッチをした。ここまで熱烈な称賛を受けるほどのことをした覚えはなかった。

 あのセンター攻撃がしっかりミートされて打たれていれば拾えなかったかもしれないが、ひとまず返球することを目的になんとなく打ったというレベルのスパイクだった。拾わなければ監督から叱責されていただろう。

 それを、快にしか拾えなかったのではないかと彼らは言う。その程度か。レシーブに難ありのチームということはわかっていたが、まさか、ここまでとは。


 雨宮が転がってきたボールを拾い上げる。一本目のサーブがよかった雨宮は、連続得点のいい雰囲気をさらに声で波に乗せる。


「よし、このまま一気に……」


 攻めるぞ、と言おうとした雨宮が、自分たちのベンチに向けた目を大きくし、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 快を含め、残る五人も一斉にベンチを見やる。伊達、左京、顧問の浜園がこちらに背を向け、一つのパイプ椅子を囲うように立っている。


 彼らが不安げに見下ろす先で、琉聖がからだを縮こまらせて荒い呼吸をくり返していた。

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