4-2.野生の勘か、知恵の使い手か
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「うわぁあああ最悪最悪最悪!」
バックレフトの守備位置で、リベロの後輩が足を踏み鳴らして悶えていた。
「ちくしょう、わざとやりやがったな、あの野郎! 許せん。マジで許せん!」
鼻の穴を押っ広げて怒り狂う姿はまるで仔牛のようだった。頭で考えるよりも先にからだが動いてしまう、本能にまかせて生きている動物。彼を見ているとそんなことをよく思う。相手のアタッカーがスパイクを打ち込んでくるコンマ数秒前、その一瞬に働かせる勘の鋭さにはどうにも野性的なものを感じてならない。
他の三年生たちがそれぞれの言葉で、苦笑いさえ浮かべながら彼――松永修を励ます中、相馬祐介は一人厳しい表情でコートの中にたたずんでいた。特徴的な切れ長のつり目には修ではなく、修の元チームメイトであり、相馬と同じポジションを務める一年生の姿が映る。
その男の入れ知恵であることは疑いようがなかった。修の言うとおり、相手の一年生エースはわざと修の左肩を狙ってスパイクを打ってきた。
修の前にブロックが一枚も飛ばないことを早々に察し、それがこちらの狙いであることまで悟られたということだ。修に拾わせ、速いトスからのカウンターで点を取る。それが今の星工のバレーなのだと、少なくともあいつにだけはバレていた。こんなにも早く。
バレてしまえば、手を打たれる未来は避けられない。ブロックしか見えていなかったアタッカーに、ブロックは見なくていい、その代わりに修の守備位置だけを確認して打て、そう指示したに違いない。
ブロックを無視し、修との一騎打ちに持ち込まれればアタッカーの側が有利だ。いくら修のレシーブ力に定評があるとはいえ、どうやってもレシーブしにくい位置に打たれたら対処のしようもない。
気に入らねぇ。
口には出さない。だが、相馬の胸の奥にはぐらぐらと煮えたぎるなにかが確実に生まれていた。
一年前にも同じ感情を経験している。この場所で、まだ中学生だったあいつと対戦していた頃。
あいつはいつもそうだった。早い段階でこちらの意図を読み解き、攻撃方法に修正を加えてくる。
ラリーの回数を重ねるほど、あいつのトスは変化していく。こちらの動きに合わせて刻一刻とチームの様相が変わっていく様は、どんな色にでも染まれるカメレオンが束になってかかってきているようで気味が悪かった。
しかし、それはあいつがコートの中にいてこそだと思っていた。それでは甘いか。コートの外にいれば確かに、試合の流れをより客観的にとらえることができる。
相手の監督は、パイプ椅子に腰を落ちつけたまま微動だにしない。コートに立つ選手に指示を出しているのはあいつだけ。
つまり実質、監督はあいつということだ。代わりに入っているセッターは三年で、見覚えがあるなと思ったら、正南学園のキャプテンの元チームメイトだということをついさっき思い出した。中学時代に対戦したことがあり、きれいなトスを上げるヤツだなと思ったことを覚えている。
そんな三年生に対しても、あいつは指示を出しているのか。今日は監督の仕事をやるのだと決めているのならそうだろう。コートに立つ三年生のセッターは、あいつの指示どおりにトスを上げる。そういう約束になっているということだ。
気に入らない。なにからなにまで気にくわない。
どこにいても、どこからでも、あいつはチームを自由自在に操れるのか。
あいつの頭の中で弾き出される勝利への方程式を体現できる仲間に、実里丘のような弱小高校でも出会えたということか。
引き寄せた幸運さえ、あいつの実力だとでも言うのか。
バレーボールの神様は、あいつにいったいどこまで与えるつもりなんだ――。
「松永」
相馬はまだ怒りが収まらない様子の修に、一ミリも笑わずに声をかけた。
「同じミスは一回までだぞ」
あいつが二度も同じ手を使うとは思えない。修の苦手を突くようなやり方をしたのは、今の悪い流れを断ち切るためだけの選択だろう。修が何度も同じ手を食わないことは、あいつが誰よりもよく知っている。
とはいえ、最終的に判断するのはアタッカーだ。打ちたいと思えば、打てると思えば、また修を狙ってくる。その時、こちらは軽く受け流せなければならない。
「ったりめーだ」
修は気合いの入った顔を、自らの両手でパチンとたたいた。
「おかげで目が覚めたってとこっすよ。おれに拾えない球なんてないんだから」
リスのような瞳に滾るオレンジの熱は、猛然と標的を狩りにいく野生のチーターを思わせた。狙った獲物は逃さない。狙われたら、むしろこちらから獲りにいく。
それでいい。自分のところにレシーブが上がってきさえすればこちらのものだ。一年生主体のノロいチームに、星工の攻撃は防げない。
実里丘のキャプテンが、この試合最初のサーブを打ち込んでこようとしている。どうせたいしたことはないだろう。リターンで点を取り、もう一度こちらに流れを戻す。
サーブレシーブのポジションにつきながら、相馬は両手を使って仲間たちに攻撃サインを送った。サイドアタッカーにも速攻並みの速い助走に入らせる。
相手のブロックが完成する前にケリをつける。高さでは敵わなくても、速さでならどこにも負けない。
相手が誰であれ、信じるものは変わらない。
相手に合わせて自分を変える?
そんなのは、オレのバレーじゃない。
相馬がきつくにらんだ先で、久慈琉聖がコートの外から、コート上の仲間たちと話をしている。
そんなところに立って、おまえにいったいなにができる?
相馬が鼻で笑った瞬間、主審がゲーム再開の笛を吹いた。




