4-1.ニガテを突け
相馬のサーブは次で四本目になる。琉聖がタイムアウトを要求した理由の一つに、相馬のサーブの勢いを切りたいという願望もあった。
だが、そう簡単に相馬祐介という男は崩れない。彼のジャンプサーブはこれまでと変わらず強烈で、狙いもまた右京だった。
なかなかうまく対応できず、右京の上げたレシーブボールはコートの外へと弾き出され、〇対四。ゲームの流れは依然星工に持っていかれたままだ。
「大丈夫だ、右京!」
煌我が右京の両肩をガシッと掴み、ぐわんぐわんと前後に大きく揺さぶった。
「次は上がる! おまえなら上げられる!」
「むー、こうがにだけは言われたくないんだけどー」
「なんでだよ!」
半分ふざけているような心のあるやりとりが、実里丘コートにあたたかい空気を連れてくる。煌我と右京だけでなく、他のメンバーの声も次第に聞こえるようになってきた。
「一本、とにかく中に残していこう」
真野はチーム全体に、二本目は俺がつなぐと大きく手を広げるように。
「次で切るぞ! しっかり足動かして」
雨宮も、粘り強く戦おうと仲間に発破をかけていく。
上級生二人の声にこたえるように、サーブレシーブに備える一年生四人の顔も上がっていく。次のラリーでこの悪い流れを断ち切る。そんな気持ちが前面に表れ始める。
相馬の容赦ないサーブが放たれる。狙いは変わらず、くどいくらいに右京のもとへと剛速球が飛んできた。
バチン、と激しい音が響き渡る。右京の両手は、相馬の一撃を今度こそまっすぐ受け止めた。
「ナイス、右京!」
真野がレシーブボールの落下点めがけて走り出す。ボールはかろうじてアタックラインよりも前に返っていた。
「1!」
「ライトライト!」
雨宮と煌我がそれぞれトスを呼んでいる。ライトへ振れ、と琉聖は思ったが、真野は雨宮のAクイックを選んだ。
いいトスが上がり、雨宮はしっかりミートして強打を放つ。が、琉聖の思ったどおり、相手の長身ミドルは真野のトスを読んでいた。
雨宮の速攻はブロッカーの手に当たり、ボールは大きく跳ね上がってチャンスボールに変わる。
「オーライ!」
修が安定したAパスを相馬へ供給した。相手のアタッカーは三枚。レフト、ライトは速い平行を待ち、ミドルブロッカーはセンターからまっすぐAクイック、またはBクイックに入ってくる。
どこへ上げる? 琉聖の視線は相馬の動きに集中している。
しかし、トスが上がる直前まで、相馬はその行き先を相手に読ませることはない。彼の手を離れたボールは、レフトで待つエースのもとへ。
「レフト!」
琉聖は叫んだ。雨宮が大股で右京の左隣まで寄り、若干遅れて跳び上がった。
エースアタッカーのスパイクは、二人のブロックの間を狙って放たれる。ボールは遅れてブロックに飛んだ雨宮の手の上を越えていく。
しかし、ボールは落ちなかった。
快が巨体を屈めてフロアを這い、伸ばした両手で強烈なスパイクを拾い上げた。
「ナイス、快!」
琉聖が声を上げる。「フォロー頼む!」と快は叫び、「オッケー!」と真野がレシーブボールの落下点へと急ぐ。
「レフト持ってこい!」
煌我がトスを呼んでいる。真野はレフト方向へとしっかりからだを向け、煌我めがけて気持ち高めのトスを放った。
「佐藤!」
「よっしゃあ!」
煌我の力強い助走の先で、相手のブロッカーが二人並んで飛び上がる。ストレート側をしっかりと締め、修の待つバックレフト方向はやはりわざと空けていた。
「クロスいけるぞ、煌我!」
琉聖が叫ぶ。煌我のからだは修の待つほうへと向いている。
舞台は整った。
煌我のスパイクは、これで三度目となる修の前へと放たれた。
「らぁッ!」
剛速球であることは先ほどまでと変わらない。修は煌我が鋭角な強打を打ってくると読み、レシーブ位置をかなり前へと詰めている。
だが、
「げ」
星工コートで、修がはじめて顔色を変えた。
煌我の打ち込んだスパイクは、修の左肩に向かってまっすぐ飛んでいった。修はとっさにからだを左へ開きアンダーハンドでボールをとらえようとしたが、ボールは修のななめ後方へ向かって勢いよく弾き飛ばされた。バックセンターを守っていた三年生がカバーに走ることをすぐにあきらめてしまうくらい、ボールははるか彼方へと消えていく。
「っしゃあ! 勝ったァ!」
修がレシーブを失敗した瞬間、煌我の歓喜の声が星工の体育館じゅうに轟いた。
一対四。悲願の一点目がようやく実里丘に入った。
「よし」
コートの中で仲間たちが笑顔でハイタッチを交わす姿を見ながら、琉聖も小さく拳を握った。
煌我はさっそく琉聖の授けた知恵を実行に移し、悪い流れも断ち切ってくれた。ここまであっさりうまくいくとは思わなかったけれど、結果オーライだ。
「いいぞ、煌我!」
琉聖が声をかけると、煌我は嬉しそうにサイドラインまで駆けてきて、二人でハイタッチした。
「ナイスコース。完璧だよ」
「おうよ! マジであのリベロの左肩しか見てなかったからな」
「うん、それでいい」
作戦どおりだ。修も煌我も、琉聖の思惑どおりに動いてくれた。
遡ること、数分前。
『よく聞け。修には一つだけ、弱点がある』
琉聖は煌我にこう耳打ちした。
『左肩だ。あいつは左肩に向かって飛んでくる球を受けるのだけはあんまりうまくない』
『左肩?』
『そう。まずは一本、そこだけ狙って打ってみろ。詳しい話はあとだ』
ふぅん、と煌我は少しだけ考えるような表情を浮かべ、やがて『よっしゃ』と握った右の拳を自らの左手でパシンと叩いた。
『なんだかよくわからんけど、やってみる』
「そうかぁ。コースを狙うだけじゃねぇんだなぁ」
煌我が相手コートの修に目をやりながらつぶやいた。
「レシーバーが嫌がることをやってもいいんだ」
修は「うわぁあああ最悪最悪最悪!」とひどく悔しがりながらジタバタしていて、コート上の三年生たちを苦笑させながら「次、次」と励まされている。変わんねぇな、と琉聖は口もとに笑みを浮かべ、改めて煌我にアドバイスを贈った。
「修だけじゃない。俺たちも含めて、レシーバーにとって一番困るのは喉もとや肩口にボールが飛んできた時の処理だ。もちろんそういうのが得意な人もいると思うし、特にサーブで狙いたい箇所ではあるんだけど、同じことをスパイクでやっちゃいけないってルールはない。打ちたいコースが見つからないなって思った時、これが頭に入ってると迷わず打ち抜けるようになるはずだから、覚えておいて損はないと思う」
琉聖が煌我にやらせたのは要するに、レシーバーにとって一番ボールを受けにくい箇所を狙ってスパイクを打たせたということだ。
今回の場合、修の待つコースにブロッカーが一人もいないという極端なブロックシフトを敷いていることがわかっていた。つまり煌我は、対面するレシーバーである修の守備位置だけを確認し、スパイクを打てばいいという状況だった。
だとしたら話は早い。
修がどこにかまえていうようと、修の左肩、その一点だけを狙って打てばいいのだ。
レシーバーにとって肩口に打たれる球の処理が難しい理由は、オーバーハンドでレシーブするには低すぎ、アンダーハンドで上げるには高すぎて、どうしても腕を振ってしまい、ボールを後ろへ弾き飛ばすことになるからだ。それでもうまく拾ってくるのが修だけれど、今回はうまく弾いてくれた。
ノーブロックだったから打ちやすかったことは窺えるものの、とはいえ煌我もよく狙って打ってくれた。どんな形であれ、修のようなレシーブのいい選手を相手に打ち勝てたという事実は煌我の自信につながるはずだ。
「うーん」
琉聖の解説に聞き入っていたかのように見えた煌我だったが、しゃべり終えた琉聖に向けたのはパリッとしない表情だった。
「なんだよ」
琉聖が睨むと、煌我は「いや」と言葉を濁して頭をかいた。
「言いたいことはわかるよ。実際うまくいったし。けどおれ、そういう細かいことをごちゃごちゃ考えて打つの、あんまり好きじゃない」
なんだ、そんなことか。琉聖は思わず笑ってしまった。
知っている。煌我はとにかく豪快な、見る者すべてを圧倒するような強打を打ちたいアタッカーだ。フェイント攻撃一つ打つのに散々ごねて、試合中に琉聖とケンカになったことはすでに懐かしいけれど、それだけ自分のプレースタイルに自信を持てるというのは決して悪いことではなくて、わがままになりすぎず、チームを勝利に導けるプレーになるならなおのこといい。
「あぁ、わかってる」
佐藤煌我という頼れるエースに対する理解は深まってきた。それに、今の作戦はこの悪い流れを断ち切るための苦肉の策で、二度目があるとは最初から考えていない。
修は必ず、今の失敗を修正してくる。ならばこちらも、別の攻め方をしなければならない。
「真野さん」
琉聖は真野に声をかける。今日はサーブレシーブが乱され続け、誰よりも走らされている真野だが、彼の頬を滴る汗はなぜだか清涼感を覚えてならない。
二人のもとへ駆けてきた真野に、琉聖は一つ頼みごとをした。
「すいません、こいつへのトスなんですけど、平行じゃなくてオープンに変えてやってくれませんか。こいつには、ブロックの上から打たせてやりたくて」
四月の正南学園戦の時、高層ビル群のような鉄壁の三枚ブロックを相手に、煌我はその上を抜くスパイクを何度も決めた。あの日の高さに比べれば、今日の星工のブロックなど高いうちに入らない。
オープンバレーを選択すれば攻撃スピードは下がるけれど、煌我にはそれを凌ぐだけの高さがある。星工の意図にわざわざ乗ってやることはない。修との勝負が難しければ、別の突破口を切り開くまでだ。
「オーケイ。引き受けた」
真野はどこまでもさわやかに、琉聖の頼みを承諾した。
「俺に遠慮することはないよ、久慈くん。今日の俺は、きみの目指すバレーを代わりに体現するのが役目だ。要望があればなんでも言って。なるべく実現できるようにがんばるから」
「はい、ありがとうございます」
選んだ言葉も、まっすぐな立ち姿も、元キャプテンの名に恥じない頼もしさだった。琉聖は後輩だけれど、今日に限っては琉聖の代役という立場をきちんとわきまえてくれている真野に、琉聖は丁寧に礼を伝えた。
煌我に「頼むぞ」と伝えながら背中をたたき、コートの中へと送り出す。「っしゃあ!」と煌我は俄然気合いの入った顔をして、コート中央へと戻っていった。
「さぁ、こっからだぞ!」
サーブに下がった雨宮の気合いの入った号令に、コート内から呼応する声が上がる。ローテーションは一つ回り、リベロの眞生に代わってオグがコートへ入った。
ゲームは実里丘の三点ビハインド。三点なら、このラリーから一気に巻き返せる点差だ。
声も出ている。状況は悲観するほど悪くない。
フロアでボールを突いてリズムを作っている雨宮から、琉聖の視線は星工サイドへと映る。
この試合、はじめてのサーブレシーブを迎える星工コートの中央で、修が気合いの入った顔をして堂々とかまえている姿が真っ先に目に飛び込んできた。




