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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の瓦解~  作者: 貴堂水樹
第2セット 勝ちの目指し方

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3-2.超高速バレー

「速ぇ……!」


 つぶやいた煌我だけではない。星工のゲームスタイルを知る琉聖以外の全員が、星工の圧倒的な速さに呆然としていた。

 ライトからの攻撃だった。アタッカーは琉聖の中学時代の先輩であるオポジットの選手。速度のあるライトへの平行トスを、煌我がかろうじて飛んだブロックをうまく避けて打ち込んできた。


 さすがだな、と琉聖は心の中でひとりごちる。

 変わらない。

 中学時代、この速さに嫌と言うほど苦しんだ。


 星川工科高校、伝家の宝刀――〝超高速バレー〟。

 高さを活かして戦う正南学園の方針とはまるで違う、セッターを中心に、一にも二にもスピードを重視したコンビバレーを展開するのが星工の伝統的な攻め口だ。

 この方針を採用している理由は単純。速い攻撃であればあるほど、相手ブロッカーの対応を鈍らせることができるためだ。

 上背のある選手の揃ったチームが有利なバレーボールというスポーツで、身長的に不利なチームが勝ち上がるための方法の一つがこのスピードバレーである。星工のように背の高い選手が多くないチームは、緻密に組み上げられた連係攻撃コンビネーションによって自発的に相手の動きを鈍らせ、その効果で生み出された隙を狙って勝ち筋を通していく。


 背が低くても、アタッカーに相手の守りの穴を突くスパイク技術があるなら、穴を空けてやればいい。

 その役目を担うのは、キャプテンでセッターの相馬祐介だ。不利対面で優勢に立ち回るためには、相馬のトスでどれだけ相手ブロッカーを翻弄できるかにかかっている。

 つまり星工は、その日の相馬の出来次第で勝利への距離が決定する。星工の勝利条件は、相馬の采配がぴったりとハマること。


 語るまでもなく、セッターが中心のチーム。

 それが星川工科高校男子バレーボール部だった。


「切り替えよう」


 琉聖はサイドラインのすぐ手前まで近寄り、コートの外から手を叩いて仲間たちを鼓舞する。


「相手のトスに惑わされちゃダメだ。ブロックはそれぞれ正面のアタッカーにマンツーマンでついて。まずは練習でやってきたことをきっちりやろう」


 それぞれうなずいたり返事をしたりするメンバーたちだったが、今の星工の超高速攻撃を引きずっていることは明白だった。


 星工は相馬の二本目のサーブ。

 容赦なく攻め込んでくる相馬のジャンプサーブは、次のターゲットを右京に定めた。真正面に打ち込まれ、どうにかその勢いを殺そうと右京は顔をしかめながらアンダーハンドでレシーブする。

 が、ボールは必要以上に大きく跳ね上がり、今にもネットの向こう側へと越えていきそうだ。


「近い!」


 琉聖は思わず声を出す。真野にその声が届いていたかは定かではないが、真野はネットすれすれの位置でジャンプした。ブロックに飛ぶような形で、相手コートにボールを押し込んでやろうと考えたようだ。

 しかし、相手のミドルブロッカーは一九〇センチ近い長身の二年生。彼との空中戦で真野に勝てというほうが酷だった。

 押し合いの末、真野がボールを吸い込んでしまう。真野はその後もワンハンドで拾おうともがいたが、結局ボールは実里丘コートに虚しく転がる。

 〇対二。あっという間に二点差がついた。


 相馬の三本目のサーブは再び右京が狙われた。レシーブボールはかろうじてコートの中に残ったが、かなりライト側に寄ったところへ上がっている。

 真野はボールの落下点を目指して走り、自分のほぼ真上にトスを放ってコートの外へとからだを逃がした。ライトでトスを待っているのは煌我だ。


「おっしゃあ、今度こそっ」


 煌我の前に立ちはだかる二枚ブロックは、前回同様クロス方向を消すように飛んでいる。煌我は迷わずストレート方向へ強打をたたき込むつもりでいるようだ。


「まっすぐはダメだ、煌我!」


 琉聖が指示を飛ばした時には、すでにスパイクが相手のストレートコースに打ち込まれたあとだった。ボールはノータッチで相手コートへ飛んでいくが、その先には案の定、修が待ち構えていた。

 またしても、煌我の強打はあっさりレシーブされてしまう。修の顔にはまるで「ようこそ」と言いたげな涼しい笑みが浮かんでいる。


「くそ!」

「煌我、ブロック!」


 決めきれないことを悔やむ煌我に琉聖はすぐさま次の指示を出す。


「ライト来るぞ!」

「あぁ、もう!」


 相手コートでは、修のレシーブボールが当たり前のように相馬のもとへと返っている。先ほどと同じ高速連係攻撃(コンビネーション)が展開される未来は確定だった。

 相馬の手からボールが離れる。目が追いつかないほど速い平行トスは、レフトで待つエースアタッカーの三年生に上げられた。

 トスが速すぎて、雨宮のブロックは完全に飛び遅れていた。琉聖の中学時代の先輩でもある相手のエースは右京と雨宮の間にできた隙間を縫うように強打を放ち、ボールはバックセンターを守る快の前にたたきつけられた。レシーブ力のある快でさえ一歩も動けないほど強烈な一打だった。

 〇対三。星工が実里丘の追随を許さず、スコアは一方的に開いていく。


「恐ろしいな」


 雨宮が顎を滴る汗を拭いながら言った。


「これが県大会トップレベルのバレーか」


 コートの中の空気は次第に悪くなっていった。勝ち目などあるのだろうかと、誰もが形のない不安に襲われ始めている。 


「すごいね、あのリベロ」


 渋い顔をする琉聖の隣に、いつの間にか伊達が歩み寄っていた。


「わざとけているんでしょう、あの子の前だけブロックを」


 琉聖が伊達を見る目を大きくする。気づいているのは琉聖だけではなく、伊達も同じだった。


 煌我のライト攻撃が二度に渡って修に拾われた理由。

 それは、星工のブロックシフトが修の守るバックレフトのコースをわざと空けるように組まれていたからだ。


 勇気のある作戦だった。相手のアタッカーに修の守備範囲へわざとスパイクを打たせるよう誘導するかのような飛び方。修ならどんなに鋭角なスパイクを打たれても拾ってくれる、修の待つコースにボールが落ちることはないという算段のもと、ブロッカーのジャンプ位置を調整しているのだ。まだ一年生、チームに合流したばかりの修に絶対的な信頼を寄せることができなければとても採用できるブロックシフトではない。


 琉聖はコートの外、自分と同じラインに立つ星工の小山田監督に目を向ける。

 あの人ならやりかねない作戦だと思った。修も琉聖と同じ星川東中バレー部の正リベロだ。そのレシーブ力は中学時代からピカイチで、小山田はそれを知っている。

 そして、琉聖も知っている。昔から小山田にはそうした傾向があることを。

 気に入ったプレイヤーを見つけると、小山田はその選手を中心にチーム編成を考える。今の星工で言うならば、セッターの相馬とリベロの修、この二人が小山田の作るチームの軸だ。この二人のプレーが百パーセント発揮できるような作戦を立て、実行できるメンバーをレギュラーに選ぶ。それが小山田のやり方だった。

 だとするならば。


「小山田先生」


 琉聖は小山田のもとへ歩み寄る。


「タイムって、取っても大丈夫ですか」


 一セットマッチをくり返す練習試合では、公式試合と違い、三十秒間のタイムアウトという時間をきちんと取らないことが多い。

 だが琉聖はあえてタイムアウトを要求した。このゲームを本気で取りに行くならば、今みんなに話しておかなければならないことがあった。

 小山田は「かまわんよ」と笑顔で了承し、副審を務める星工の部員に「三十秒計ってやれ」と指示を出した。

 両チームの選手がそれぞれベンチへ戻る。琉聖はいの一番に煌我と目を合わせた。


「どうして二本ともストレートに打った?」

「うん?」

「同じコースに二本連続でスパイクを打っただろ。その理由はなぜかって訊いてる」

「なぜって……そりゃあ、ブロッカーがいなかったから」


 琉聖は大きくうなずいた。煌我の対応はおおむね正解で、今回はたまたま例外に当たってしまっただけだ。

 今度は全体に向かって、琉聖は手短に話をする。


「気づいてる人もいるかもしれないけど、相手のブロッカーはわざとバックレフトのコースを空けるように飛んでる。バックレフトで待ってるリベロに、こっちのスパイクを全部拾わせるつもりなんだ」

「全部って」


 雨宮が目を丸くした。


「そんなことができるのか」

「できる」


 琉聖は即答した。


「修には見えるんです。相手のアタッカーがどこへ、どんな球を打とうとしているか。あいつにはそれが感覚的にわかる。アタッカーがどれだけ嘘をつこうとしても、修にだけは、その嘘は一切通じない」


 それが修の、レシーバーとしての才能を覚醒させるに至った天性の「読み」の力だった。

 経験だけではカバーできない、本能と言い換えてもいいほどの勘の良さ。対面する相手の思考を、まるで自分のものであるかのように感じ取れる能力。

 たとえばアタッカーが、右を向きながら左へスパイクを打とうとしたとする。右に打つと見せかけようとしたわけだ。

 しかし、修にはその意図がわかってしまう。左だ。なぜかそう思えるのだけれど、自分でもなんで左へ打たれると思ったのか、言葉では説明できないらしい。


 琉聖はそんな修の力を「野生の勘」と評していた。チームに危機が迫った時、修の動物的本能は覚醒し、窮地からチームを救ってくれる。ゲーム展開が苦しければ苦しいほど修の力は研ぎ澄まされ、ボールを落とす回数は減る。味方であれば、これほどまでに頼もしいレシーバーは他にいない。

 そんな野生動物的才能を持ち合わせた上で、修は背の低いプレイヤーでもバレーボールを楽しめるレシーバーというポジションを選んだ。

 コートの一番後ろから、相手の攻撃プランをとにかく先読みし、防ぐ。ボールさえ落ちなければチームは負けない。


 バレーボールは、ボールを落とさないチームが勝つスポーツ。

 それが修の理想とするバレーだった。


「だからあえて、星工むこうは修の前にブロックを飛ばせていないんです。ブロックにボールが当たると、せっかく修が予測したスパイクコースが変わっちまうから。チームとして、それだけ修のレシーブ力を信頼してるってことです」

「なるほどな。トスも速くて、レシーブもいい、か。正南と違ってあんまりデカくないところだけが救いだな」


 雨宮はすっかりお手上げといった風に苦笑いを浮かべている。高さはなくても、その分速さでカバーされては結局点差を埋めることは難しい。

 が、どれだけ勝ち筋が細くても、その細い筋を通さなければならないのが格下のチームに課せられた課題だ。なるべく早い段階で修正をかけ、大量リードされる展開だけは避けたい。


「おまえは間違ってないよ、煌我」


 琉聖は改めて煌我に言う。


「おまえにはちゃんとブロックが見えてる。それでいい。ちゃんと練習の成果が出てるってことだ」

「でも、それじゃダメなんだろ」


 煌我が珍しく後ろ向きな言葉を口にした。


「ブロックがいるほうへ打つなっておまえが言うからストレートを狙ったのに、まっすぐ打ったら打ったで、あのリベロに拾われる。そんなの、どこへ打てって言うんだよ」


 煌我の嘆きはもっともだった。そもそも右利きの煌我にとってライトからの攻撃は不利であり、ライト攻撃に対しクロス方向を止めるようなブロックの飛び方をされてはブロックアウトを狙うことも難しい。ストレートコースには修が待ち構えていて、まさに八方塞がり状態だった。

 それでも、煌我で点を取りに行かなければならない。圧倒的劣勢に淀み始めた空気を切り裂く役目を担ってこそのエースだ。


「大丈夫。次でこの悪い流れは断ち切れる」


 琉聖は煌我の不安な気持ちを払拭してやるべく、ある作戦を煌我に授けた。

 煌我にはあえて、レシーバーと勝負させる。


「よく聞け。修には一つだけ、弱点がある」

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