3-1.VS. 星川工科高校
基本的に練習試合では、時間の許す限りワンセットマッチをくり返し、獲得セット数による勝敗はつけない。もちろん、場合によっては公式戦と同様に二セット先取でゲームの勝者を決めることもある。
琉聖は第一セットのスターティングオーダーを、先日のインターハイ予選とほぼ同じメンバーで固めた。
前衛のレフトから、オポジット(セッター対角)の右京、アウトサイドヒッターの煌我、ミドルブロッカーの雨宮。後衛はライトから琉聖の代役であるセッター真野、煌我の対角に実里丘の新たな戦力・快、そして雨宮の対角にオグが入る。
変更したのは、インハイ予選の時に左京が入っていた煌我の対角に快を入れたことと、オグと雨宮につけるリベロに眞生を使うことだ。左京はリリーフサーバーとして投入予定で、伊達にはひとまず相手のサーブで崩された時のレシーブ補強要員として待機していてもらう。状況次第では真野の代わりにセッターとして試合に出場してもらう可能性もあると本人には伝えたが、さすがに苦笑いを返された。
一方、対戦相手である星川工科高校のスターティングメンバーはほとんど全員が三年生だった。
セッターはキャプテンの相馬祐介。じゃんけんの結果、第一ゲームは星工のサーブから始めることが決まり、彼がサーブの一番手である。ミドルブロッカーの二年生一人を除いて三年生で固められた攻撃陣のうち、エースアタッカーとオポジットの選手は琉聖と同じ星川東中の出身だった。
そして、三年生でも二年生でもない、七人目のスタメンが、もう一人。
「さぁ、声出していきましょー!」
星工コートの後衛で大きく両手を広げ、元気よくチームメイトを鼓舞するのは、胸もとにアルファベットの〝L〟と書かれた蛍光イエローのビブスを着用し、自らがリベロであることを示している、人一倍小柄な一年生。
「修」
琉聖は大いに驚いた。
松永修。琉聖のかつてのチームメイト。
数いる先輩部員を押しのけ、彼は入部からわずか一ヶ月にして、愛知県ナンバーツーの強豪校でリベロとしてスタメン起用されていた。
「なるほどね」
サイドラインの外側から、琉聖は相手コートのバックセンターで堂々とかまえている修に目を向けながらつぶやいた。
「耐久力まで備えちまったってわけか、今の星工は」
修が後ろを守っている。
つまり、こちらの攻撃は容易には通してもらえないということだ。
修が琉聖の視線に気づき、ニッ、と白い歯を見せて笑いかけてくる。相変わらず、たいそうな自信家だ。ああやって笑っているうちは、修に拾えない球はない。
いきなり頭の痛い光景が目に飛び込んできたけれど、本気で勝ちに来いと小山田からは言われている。ひるんでいる時間はない。
このセットはサーブレシーブから始まる実里丘は、セッターの真野と速攻要員の雨宮を除く四人――煌我、快、右京、そしてオグと入れ替わっているリベロの眞生でレシーブの陣を敷く。
「力みすぎるなよ、みんな」
琉聖はベンチからやや離れ、コートの中へと声をかける。
「相馬さんのジャンプサーブは強烈だけど、焦らなくていい。コートの中に残すことだけ考えてくれれば……」
あとは俺がなんとかする。そう言おうとして、琉聖はその言葉を飲み込んだ。
下がった視線の先に、白いサイドラインをとらえる。自分が今、コートの外にいることを思い出す。
まったく、口癖とは恐ろしい。コートの外にいてはなんとかするもなにもない。そもそも、自分一人でなんとかできるほどバレーボールは甘くないと、先月の正南学園戦の時に雨宮から叱られたばかりだ。痛みを伴って学んだことのはずが、からだに染みつくにはまだ至っていないらしい。
「いや、そんなぬるいことは言ってられん」
その雨宮が、珍しく琉聖の指示に逆らった。コートの中でかまえる後輩たちに向かって、雨宮はいつになく真面目くさった顔で言う。
「いいか、今日のセッターは久慈じゃない。真野さんだ。どんなサーブだろうが、しっかりAパスで真野先輩様までお運びするんだぞ」
「雨宮」
真野がすかさず雨宮をにらむ。
「頼むから、頼むから余計なプレッシャーをかけないでくれ」
「あれ、珍しい。緊張してんすか」
「うるさいな。さぁ、集中していくぞ」
「うぃす」
真野の一言で、ふざけ半分で笑っていた雨宮の表情が引き締まる。しかし、コートの外から見ている琉聖にも伝わるほど、今日の雨宮からはいくらか余裕が感じられた。
雨宮にとって、真野新平の存在がいかに大きいかということがよくわかる。信頼しきった先輩が同じコートに立っている。それだけでこんなにも顔つきが変わるのだ。普段雨宮がどれだけのものを背負って琉聖たちとバレーをしているか、その苦労は察するに余りある。
相手コートに目を向けた真野の視線の先で、ファーストサ―バーの相馬祐介がバシンと強くボールを床にたたきつけた。
相馬の鳴らすボールの音が、ここで負けたら人生が変わる、そんなひりついた緊張感を連れてくる。
一週間後、インターハイ出場をかけた大会に臨む星工サイドは、正セッターである久慈琉聖を欠いた実里丘に負けるわけにはいかない。
一方で実里丘サイドは、琉聖の力に頼れない自分たちが星工相手にどこまで戦えるのか、あるいはまるで歯が立たないのか、まだ見ぬ未来を半ば楽しみにし、半ば怖れるような雰囲気がただよっている。
琉聖はコートに背を向け、ベンチへと戻る。整然と並べられたパイプ椅子に腰を落ちつけることはなく、顧問の浜園が座る隣に、コートに向き直ってそっとたたずむ。
主審を務める星工の二年生が、試合開始のホイッスルを鳴らした。
けたたましい電子音とともに、相馬は左手でやや回転をかけたトスを放り、勢いよくフロアを蹴って飛び上がった。
力強い助走から振り抜かれた右腕が、バシンと高らかな音を体育館じゅうに響かせる。放たれた相馬の高速ジャンプサーブは、実里丘コートのほぼ中央、眞生の守備範囲めがけて飛んできた。
「くぁっ!」
思ったよりも足の長い球だったらしく、眞生は上体をやや後ろへ反らしながらアンダーハンドでレシーブした。ほぼ真上に上がってしまったレシーブボールはアタックラインにすら届かず、セッターの真野はネットから離れ、落下点を目指して走る。
「ライトいいよ、真野さん!」
トスを上げようとしている真野を煌我が呼ぶ。真野はネットに背を向けた状態から、ライト側でトスを待つ煌我にバックトスで攻撃を託した。
「佐藤!」
「きたァッ!」
煌我は嬉しそうに口角を上げて助走に入り、勢いよく床を蹴る。実里丘はライト側にベンチがあり、琉聖の目の前で煌我は飛んだ。
琉聖はボールを目で追うことなく、迷わず相手ブロッカーのジャンプ位置を確認した。
二枚。クロス方向を抑えにいくような位置取りで、ストレートコースがガラ空きだ。
煌我にもそれが見えていたらしい。大きく高く飛び上がった煌我のからだの向きは、コートに対し垂直、まさにストレートコースへ強打をたたき込もうという意思がはっきりと表されている。
だが。
「ダメだ、煌我!」
琉聖の声と、煌我が強烈なスパイクを放った音が重なった。ストレート方向へ、ボールはブロッカーの手を少しもかすめずに飛んでいく。
普通なら当たり前のように決まる、真下にたたきつけるような鋭角なスパイクだった。
しかし、ボールは床を跳ねなかった。
「えっ……?」
着地した煌我が目を丸くし、動きを止めた。
星工サイドのバックレフトで、リベロの修が煌我のスパイクを受け止めていた。ボールの勢いを怖がりもせず、あまりにもあっさりと、教科書どおりの正しいレシーブフォームで。
修の上げたレシーブは、予定されている相馬のセットアップポジションにほぼ正確に運ばれた。相馬は守っていたライトバックの位置から素早くネット際まで駆け、ジャンプトスのモーションに入る。
一方、煌我のスパイクが決まると思っていた実里丘サイドは守備の体勢を整えるのにもたついていた。さぁ、一本目の攻撃はどこから。そんな一言が琉聖の頭を過った瞬間。
ビュンッ! バチーン!
実里丘の全員が、音のしたほうを振り返る。
気がついた時には、コートでボールが跳ねていた。主審がホイッスルを鳴らす。
〇対一。
ゲームは星工の先制ではじまった。




