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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の瓦解~  作者: 貴堂水樹
第2セット 勝ちの目指し方

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1.かつての仲間

 琉聖の自宅からでは、中学校よりもここのほうがずっと近い。もしも入学する高校をここに決めていたら、朝は今よりも三十分以上遅く起きられただろう。

 愛知県立星川工科高校。琉聖が立つ校門の向こう側に体育館が見え、今日の練習試合の相手チームがすでに練習を始めていることがわかる声と音が聞こえてくる。

 午前八時二十分。地下鉄を乗り継いでやってくる仲間たちよりも一足早く、琉聖は母親の送迎で星工を訪れた。中学時代に何度も足を運んだことのある場所だ。生徒ではないが、勝手はそれなりにわきまえている。


 顔を上げ、改めて体育館に目を向ける。

 星工が近隣の工業高校と合併してその規模を大きくしたのは、琉聖が中学二年になる春のことだった。校舎などの施設もそれぞれ新しくなり、体育館は二階建ての立派なものに生まれ変わった。


 公立高校とは思えない壮大な建物を前に、琉聖は静かに目を閉じる。

 なんで俺は、またこの場所に来てしまったのか。バレーをやめ、別のなにかに打ち込む道を選んでいれば、今頃こうして力の入らない膝で必死に立っていなくちゃならないなんてことはなかったはずなのに。

 からっとした風が吹いているにもかかわらず、琉聖の額にはうっすらと汗がにじんでいた。ゆっくりと息を吸い、静かに吐き出す。


「……大丈夫」


 目を閉じたままつぶやいた。

 誰にでもない。自分に対して。


「大丈夫」


 這ってでも来ると雨宮に宣言してきた。そして今、苦しいけれど、倒れることなく自分の足で立てている。

 だから、大丈夫。

 この場所で、新しい仲間とともに、今度はいい思い出を作る。試合に勝ち、昔の記憶を上書きする。


 バレーボールは楽しい。おもしろい。

 だから俺はここにいる。心からそう思えるような試合を今日はする。絶対に。


「おーい、琉聖ー!」


 どこからか、耳に覚えのある明るい声と軽快に駆けてくる足音が聞こえてきた。

 今の仲間たちではない。中学時代、毎日のように聞いていた声。

 目を開け、顔を上げると、ひとりの星工生が笑顔で琉聖に手を振りながら近づいてきた。目の前で走る足を止めたその男の名を、琉聖は絞り出すように口にした。


しゅう

「久しぶり。元気?」


 松永まつなが修。かつてのチームメイトだった。

 琉聖と同じ星川東中のバレー部に在籍し、現在は星川工科高校でバレーを続けている一年生の彼は、ニコニコと人好きのする笑みを琉聖に向ける。琉聖よりもさらに小さい一六六センチの細身なからだに、リスのようなくるりと丸い瞳は、高校生になっても彼の童顔を強調していた。

 修の笑顔に合わせ、琉聖も無理やり微笑み返した。


「元気だよ」


 そう答えたが、修は「嘘だぁ」と半ば笑いながら言った。


「その割には顔色悪くね?」

「気のせいだろ」

「んなわけあるか。おまえとは付き合い長いんだから、声聞きゃわかるよ。よくないんだろ、体調。手術のせい?」


 まったく、この男は侮れない。理由こそ的をはずしたが、体調が思わしくないことは見抜かれた。

 昔からそうだ。修にはいつも心の内を見透かされる。

 懐かしいな、と琉聖は今度こそ自然に微笑む。見せつけられた「読む」力こそ修の持ち味であり、バレーボールがうまい理由でもあった。


 ポジションが守備専門のリベロである修は、星川東中時代のチームメイトの中で唯一琉聖の味方になってくれた男だった。

 必死になって勝利にしがみついていた中学時代、アタッカー陣に言いたい放題言われて苦しんでいた琉聖のことを、チームメイトのほとんど全員が見て見ぬ振りを貫いていた。誰もが自分のことに精いっぱいで、他人を気づかっている余裕がなかった、そんなチーム運営だったことも事実だった。

 そんな中ただひとり、修だけが琉聖の孤独に心を寄せてくれた。修は黒矢たちが自分の失敗をすべて琉聖のせいにする姿勢に異議を唱え、琉聖を守ってくれた。


 はっきりと言える。修がいてくれたから、琉聖は暗黒の中学時代を乗り切ることができた。今もこうして、修と話しているうちに苦しい気持ちが少しずつ落ちついてきた。

 星工には先輩も含め、かつて同じ星川東中でバレーをしていた部員が山ほどいる。会いたくない顔ばかりがある中で、修は唯一会いたいと思える元チームメイトだった。


「まぁ、そんなとこ」


 過去に押し戻されて体調を崩したとは言わず、琉聖は顔色の悪さを腰のせいにし、今日も医者の指示どおりに装着しているコルセットに手を当てた。


「痛みはもうないんだけどな。動きにくくてたまんねぇんだ」

「そっか。大変だったな。入院中に見舞いも行けたらよかったんだけど。いつもの大学病院だろ?」

「いいよ、見舞いなんて。気持ちだけで十分だ。ありがとう」


 修はうなずき、「しっかし」と言って琉聖の肩をポンとたたいた。


「ほんっと、よく戻ってきてくれたよ、琉聖。おまえがバレーをやめるって言い出した時はどうしようかと思ったもんな。マジでもったいなすぎるからさ、あんだけうまいのに」

「そう言ってくれるのはおまえくらいだよ。この前も憲翔に『どのツラ提げてバレーやるつもりだ』って言われたし」

「はぁ?」


 修の顔が一瞬にして怒りの色を帯びた。


「ったく……言わせとけって、そんなの。あいつらのことは気にすんな。誰かをけなさなきゃいられないようなヤツらなんて、相手にするだけ無駄だよ」


 まったくだ。特にチビに対して高圧的な態度を取りがちな憲翔とは、修も琉聖と同様に相性が悪い。


「あー、くそ」


 修はムスッとした顔でぐしゃぐしゃと頭を掻いた。


「思い出すだけで胸くそ悪いな。高校に入ってからなおさら思うけど、星川東ってマジで最悪なチームだよ。あんなに仲悪かったのに、なんでおれらが全国二位になれたんだろうな。マジで意味わかんねぇ」


 この発言には琉聖も苦笑せずにはいられなかった。

 確かに仲は絶望的に悪かった。けれど、少なくとも当時のレギュラーメンバーに関しては、言葉を必要としないところまで互いのことを知り尽くした上でプレーしていた。

 コートの中で交わされる主な会話は相手のブロックシフトについて。見極めた者から上がってくる情報を共有し、自分たちの攻撃に活かす。たったそれだけの事務的なやりとりで、あとはいわゆる「阿吽あうんの呼吸」で得点を重ねる。そういうチームだった。「がんばろう」「声出していこう」「楽しんでいこう」。そんな言葉が聞こえてくるのはコートの外からだけだった。


 誰もが淡々と、自らに与えられた仕事をきっちりとこなす。それができれば試合に勝てた。負ける未来をうっかり想像してしまっても、心を閉ざし、目の前のタスクをこなすことに集中すれば勝ちが転がり込んできた。

 勝利に対するこだわりが、琉聖たち一人ひとりを勝手に一流選手へと押し上げた。誰もがやるべきことをやれば勝てるのだと、あの頃の琉聖たちは全員がそう思っていた。


 だからこそ、勝つしかなかったのだ。どれだけ仲が悪くても、いや、仲が悪かったからこそ、勝つしかなかった。

 勝つこと以外に、得るものがなにもなかったから。勝てなければすべてが無意味に終わってしまうことを誰もが理解し、それを怖れていたから。

 事実、全国大会準優勝という輝かしい成績も、琉聖たちにとっては決勝戦で喫した黒星のおかげで記憶の片隅に追いやられている。

 勝ち続けなければ意味をさなかったチームが、最後の最後で負けた。立派でもなんでもない。準優勝という結果はいらない。優勝しなければならなかった。なんとしてでも。


 最悪の結末を象徴するように、全中を終えて引退した琉聖たちレギュラーメンバーは、ものの見事に全員が進学先を異にした。また同じチームでプレーしよう――そんな言葉を交わした者は誰ひとりいない。

 交わそうとも思わない。今でも。


「なぁ、琉聖」


 修は真剣な顔で琉聖に問う。


「実里丘は実績のないチームじゃん。けど、おまえが腰の手術を受けたってことは、本気で勝ちにいくことにしたってことなんだよな?」


 琉聖は両眉を上げた。修の表情はどこまでも嬉しそうに見える。

 中三の頃、複数あったバレー強豪校への進学の機会をすべて捨て去った琉聖に対し、修は言った。


 ――どこの高校に行ったっていい。でも、絶対にバレーはやめるな。後悔するぞ。


 そう声をかけられた当時は、誰になにを言われようともバレーとは金輪際かかわらないと決めていた。修にもそう答えたし、煌我から誘われた当初はどうやって逃げ切ろうかと、そんなことばかり考えていた。

 それが今では、実里丘の選手兼プレイング監督マネージャーだ。

 縁とは本当に不思議なもので、巡ってくるところにはイヤでも巡ってくるらしい。


「あぁ、そうだよ」


 琉聖は気持ち背筋を伸ばして答えた。


「俺を実里丘のバレー部に誘ってくれたヤツが、全国制覇するって言って聞かなくてさ。俺としても、あの日負けたままで終わってるから。どうせなら、リベンジしたい」


 あの日。去年の全中決勝戦。

 決して負けられない戦いの末、琉聖たちは惜敗を喫した。煌我と出会うまで、琉聖の時間はあの日から止まったままだった。

 けれど今、ようやく針が動き出した。

 それならば、目指すべき場所は一つしかない。


「よかった」


 修は白い歯を見せて笑った。


「バレーで味わった悔しさは、バレーでしか晴らせないからな」


 そのとおりだ。修も琉聖と同じように、全国制覇の夢をもう一度掴むために星工のバレー部に入った。戦うコートは違うけれど、目指す場所は同じだ。


「勝負だ、琉聖」


 修が拳を差し出してくる。


「どっちが先に夢を叶えるか」


 春高バレーの全国大会に出られるのは、愛知県で一チームのみ。ついこの間まで同じコートでボールを追いかけていた修とも、今度はたった一枚の切符をかけて戦わなくてはならない。

 琉聖は静かに修と拳を重ねる。答えはあえて口にしない。言わずとも、互いに同じことを考えているのは明白だ。


 道は分かれた。修とも、他の元チームメイトとも。

 だが、いつかどこかで全員と戦うことになるだろう。目指す場所が同じである限り、彼らと縁が切れることはない。

 上等だ。中学時代に作った借りを、コートの上で返してやる。

 絶対に負けない。

 敵チームにも。自分にも。


「あれー!」


 唐突に、明るく元気な声が校門のほうから聞こえてきた。


「もういるじゃん、琉聖」


 眞生だった。その後ろにはゾロゾロと丘高バレー部の面々が続いていて、臨時セッターの三年生、真野新平の姿もあった。

 一年生も二年生の三人と同じ、昨日届いたばかりである『Minorigaoka V.B.C』の文字とそれぞれの名前が印字された揃いのウィンドブレーカーに身を包んでいる。もちろん、琉聖もだ。


「おーっす、琉聖」


 煌我がブンブンと派手に手を振った。琉聖も片手を挙げてそれに応える。

 家から直接来た琉聖とは違い、他のみんなは地下鉄の最寄り駅で一度集合してから歩いてここまでやってきた。駅からの距離は徒歩約十五分。準備運動にはちょうどいい。


「あぁ!」


 琉聖の隣に修の姿を見つけた煌我が、お決まりの大声を上げながら修を指さした。


「バカみたいにうまいリベロだ、琉聖と同じ中学の」

「わお、初対面でいきなりバカって言われたぞ、琉聖」

「ごめん、修。悪気があって言ったわけじゃないから。そもそもバカだなんて思ってないって。『バカみたいにうまい』って言ったろ。ちゃんと最後まで聞けよ」

「そうか。つまりおれは褒められたってことだな。うん、さすがおれ」


 修は自慢げに胸を張る。彼のいいところの一つに、自分のプレーに迷いがなく、絶対の自信を持てることが挙げられるが、その点で言うと修は煌我によく似ていた。二人ともたいそうな自信家だ。


「ていうか、煌我」


 いよいよ琉聖たちのすぐ目の前までやってきた煌我を軽く見上げ、琉聖は言う。


「よく覚えてたな、修のこと」

「まぁな。こう見えておれ、人の顔と名前を覚えるの得意なんだ」


 そういえばそうだなぁ、と琉聖は入学式の日の一幕を思い出す。

 あの時煌我が琉聖の存在に気づかなければ、こうして再びバレーボールをやることにはならなかっただろう。中学でバレーをやっていたことは徹底して伏せるつもりだった。


 話に一段落ついたところで、修が琉聖たち丘高バレー部を体育館へ案内してくれた。星工バレー部の練習は主に体育館二階のメインアリーナで行われる。

 控え室に荷物を置かせてもらったのち、体育館の入り口で整列する。


「お願いしまぁーす!」


 相手校である星川工科高校の選手たちと挨拶を交わせば、いよいよ練習試合の幕開けだ。

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