3-2.琉聖と快
「好きな球は?」
琉聖が尋ねる。「なんでもいい」と快は答えた。
「指示してくれれば、それに合わせて助走を取る」
琉聖は顔をしかめた。アタッカーの好みにトスを合わせる琉聖のスタイルとは真逆の要求だ。
――なんでもいいよ。久慈くんの理想どおりのトスを上げてくれれば、それで。
中学時代、琉聖に対しそう言ったのは裏エースの白石だけだった。実際に白石は琉聖がどんなトスを上げても点をもぎ取ってこられるだけのスパイクが打てる選手だった。
トスの高さ、相手ブロッカーの手の位置、レシーバーの守備範囲。そのすべてを的確に判断し、確実に得点できる一打を白石は放つ。淡々と。まるでそれが自らに与えられた職務であるかのように。
無表情なところといい、淡泊な口調といい、快はどことなく白石の面影を彷彿とさせる。唯一はっきりと現れている二人の違いは体型だけだ。虚弱体質で食の細かった白石とは違い、快の丸く血色のいいからだは、太ってこそいるものの健康そうではある。
「すまない」
黙ってしまった琉聖に、快が小さく頭を下げた。
「言葉足らずだったか。要するに、このチームで推奨しているトスを上げてくれればいいと、そういうことだ」
脇道に逸れた琉聖の思考にはまるで気づかず、快は真剣な表情でそう言った。
真面目な男だった。同時に器用でもある。
チームの方針を崩さず、その上で己の力を最大限発揮できるよう自主的に動くという。ポジションこそ違うが、快も琉聖と同じ、仲間のプレースタイルに自身のプレーを寄せるタイプの選手だということがその話しぶりからわかる。
あるいは、中学時代のセッターが快をそうしたアタッカーに仕立てた可能性もあった。セッターの上げるトスに、快が合わさざるを得なかった。そんなチームだったのかもしれない。
どう答えたものか、琉聖は首をひねりながら正直に話す。
「推奨もなにも、まだほとんどなにも決まってないんだ。もう少し連係攻撃の数を増やせたらいいなーとは思ってるけど」
「速攻を積極的に使おうという趣旨か」
「いや……」
そうだ、と胸を張れたらいいのだけれど、実際にはそれだけがコンビを増やしたい理由ではなかった。
「実里丘の場合、攻撃の主軸はあくまで煌我だ。煌我が当たっていればチームは勝ちに近づくし、逆に、煌我が相手のブロックに捕まり出すと一気に沈む。脳筋だから、あいつは。ちょっとつまずいただけでブロックがまるで見えなくなる」
「おれがなんだって、琉聖!」
煌我がスパイク練習の列の最後尾から声を張った。面倒なので無視することにし、琉聖は続ける。
「この前の正南戦の時は俺のトスが悪かったってのもあるけど、とにかく、今の目標は煌我へのブロックマークをできるだけ薄くすることだと俺は思ってる。そのためにコンビの数を増やしたいんだ。誰がどこから打ってくるかわからない状況を一つでも多く作りたいから」
アタック位置をセンターからライト寄りへ動かす雨宮の移動攻撃や、オグと右京による時間差攻撃がその一部だ。ブロックには大きく二種類あり、よくある指示は、相手のエースアタッカーに対し、選手個人をマークする〝コミットブロック〟のシフトを敷くことだ。もう一種類の、上がったトスに合わせてブロックに飛ぶシフトの〝リードブロック〟とは違い、コミットブロックの場合、ブロッカーはトスの行方よりも相手アタッカーの動きを優先的に見ているため、たとえば煌我がマークされると、煌我がどこのポジションから打ったとしても確実にブロックが二枚以上ついてしまう。
しかし、トスを煌我に集めることなく、たとえばセンター線の雨宮やオグに煌我と同じくらいトスを上げる回数を増やした場合、相手ブロッカーは次第に雨宮たちの動きを無視できなくなってくる。煌我の動きをうまく封じることができている一方で、マークの甘い雨宮たちに得点され続ければチームは負けてしまうからだ。
実里丘としてはそれを狙いたい、というのが琉聖のもっぱらの考えだった。そのために、相手をどこまでも翻弄し続けられるくらい攻撃にバリエーションを持たせたることがクリア必須の課題であり、煌我の力を最大限引き出してやるための唯一取れる方法だと思っている。
そして、それが実現できなければおそらく、このチームが勝ち続けることはかなり難しい。他のチームと同じことしかできないようでは、頭一つ抜きん出ることはできない。
「なるほどな」
快はうなずき、納得した様子で腕を組む。
「今、どのくらいのコンビが完成している?」
「とりあえず、ミドルブロッカーの二人にはAと、雨宮さんはDが打てる。あとは煌我のバックアタックと、右京にはオグとのコンビでライト側からセンターへ回ってセミを打ってもらってる。時間差で」
「時間差か。さすがだな。たった一ヵ月でそこまでとは」
「レシーブが上がってくればなんとか、って感じだけどな。欲を言うならセンター線にはBを打ってもらいたいんだけど、それはまたそのうち、ってことにしてる。AもDも、煌我のレフト平行もまだまだ精度を上げられるから、今はそっちを優先しようかなって」
Aクイックがセッターの目の前でセンタープレイヤーがトスをたたく攻撃であるのに対し、BクイックはセンタープレイヤーがAと同じタイミングで助走に入り、しかしセッターの目の前ではなく、セットアップ位置から二メートルほど前方に上がった速いトスを打つ速攻だ。
Aと違い、Bはセッターから離れたところから打たなければならないため、セッターにもアタッカーにも高いレベルの技術が要求され、調整に時間がかかる。今のオグにはとても打てたものではなく、けれど雨宮にはできるだけ早く打てるようになってもらいたいと琉聖は考えていた。自身の復帰と同時に練習を始め、なんとか春高予選に間に合わせたい。まだ雨宮には話してすらいないけれど。
「サイドアタッカーへのトスはオープンではなく、平行か」
快は未来の自分に上がるトスを琉聖に確認した。琉聖は迷わずうなずく。
「基本的には。煌我はまだ練習中だけど、おまえはどう?」
「どちらでもかまわない。平行でも、オープンでも」
「打てるか、平行」
「あぁ。中学の時に打っていた。今は太ってしまったからなおのことだが、オレはもともと高さでは勝負できない。オレの点の取り方は、その時の相手の動きに応じて打ち方を変えることだ。強打か、軟打か。プッシュで押し込むか、ブロックアウトを狙うか。だから正直、オレにとってトスの高さはそれほど大きな問題ではない。おまえの理想とするトスを上げてくれればいいとさっき言ったのはそういうことだ。セッターはいろいろと考えているだろう、相手ブロックの散らし方や、一つ前のラリーの結果を踏まえた次の一手を。オレはそれを邪魔しない。おまえが絶望的に打ちにくいトスを上げるとはとうてい思えないが、そんなトスでない限り、オレはどんな球でも打ち、点を取る。それだけだ」
この場の誰もが、今の快の話に聞き入っているような顔をしていた。なんと言えばいいのか、快の話しぶりにはたっぷりの余裕と安心感を覚えさせられる。
高さが出せないという自身の弱点を知っていること。それこそが快の一番の武器なのかもしれないと感じた。できないことを素直にできないと認め、その上で別の攻略法を模索でき、実現させようと努力する。周りに流されない芯の強さが、快の言葉の端々にはしっかりと現れていた。
「そこまで言うなら、お手並み拝見といかせてもらおうかな」
琉聖は美砂都からボールを受け取り、フロアで一度弾ませた。
「俺のトスはレフト平行、確定でおまえに上げざるを得ない状況だ。相手は鉄壁の三枚ブロック。さぁ、おまえならどうやって点を取る?」
琉聖のやろうとしていることを察し、雨宮、オグ、そして煌我が相手コートでブロックを飛ぶ体勢を整える。自コートの中央では、眞生がわくわく顔で琉聖から球を出される時を待っている。
快はなにを言うでもなく、無言で助走位置まで下がった。寡黙で謙虚な彼の目には、表の静けさとは真反対の、漲る闘志の色がはっきりと浮かび上がっている。
「行くぞ、快」
琉聖が右手に持ったボールを快のほうへと突き出した。
「悪いけど、ジャンプはできないんでスタンディングで上げさせてもらうから、速さは求めないでもらえると助かる」
「もちろんだ。そんな痛々しい格好をしているセッターにトスの精度を求めるほうが失礼だろう」
快の視線が琉聖の腰のあたりに注がれる。琉聖は今、医者の指示で医療用のコルセットを装着しているのだが、スポーツ用のそれとは違って金属の骨が入っており、胸の下あたりまで幅広く覆うつくりになっていた。
背中が曲がらないように、そして腰を不用意に捻ってしまわないようにする医療用補助具であるため、とにかく身動きが取りづらい。そんな状況でトスを上げるなんていう動作がうまくいくはずもなく、けれど琉聖はどうしても快にトスを上げてみたくて、うまくいかないことを覚悟の上でコートに立った。快もそれを察してくれているものの、できることなら少しでもまともなトスを上げたかった。
「悪いな。じゃ、始めるぞ」
「あぁ。くれぐれも無理はしないでくれ」
快からの返事にうなずき返し、琉聖は眞生へと合図を送った。




