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人は知らぬ間に

 「何だよこれ・・・・!」

 何が起こったんだ。確か僕はみんなと花見をしていて・・・

 楽しい時間だった。また明日って言ってみんなと別れたはず・・・

 その後、志田たちと片付けをして解散した。そのはずだった。

 だが今、守道の目に映っていたのは今にもその手に持った斧のような物を振り下ろし守道を殺そうとしている『化物』の姿だった。

 帰り道、いつもの川沿いを歩いている時だった。後ろから誰かが呼ぶ声を聞き振り返ったが誰もおらず前を向いた瞬間、違和感を感じた。

 「人が・・・いない・・・」

 まるで神隠しにでもあったかのようにさっきまで帰路を急ぐ人の姿は消えその場には守道ただ一人がポツリと残されていた。

 「一体どうなってるんだ。もしかしてこれは夢で目が覚めたら今日から新学期なのでは、だとするとまたみんなに花見の誘いをしなければ、また春日さんに話しかけなければ、そんなことを思っていた瞬間。

 「なんだ、たったこれっぽっちか。まぁ腹の足しにはなるだろう」

 後ろからした声に反応し振り向くとそこにはまるで昔、誰かに読んでもらったお話に出てくる鬼そのものだった。

 「うわぁぁぁ」

 思わず叫び声を上げる。

 「うるさいガキだ。黙って食われろ」

 食われろってどういうことだ。ここは一体、夢なら冷めてくれ。振り下ろされた斧がきっと現実への目覚まし時計だと信じながら自分自身に早く目を覚ませと呼びかける。

 だがその斧は守道を起こすことも殺すこともせず目の前で止まる。いや誰かが止めた。

 黒く長い髪を垂らした彼女が止めたのだ。

 手には刀が握りしめられ。昼間とは違う力強い声で彼女は言う。

 「そこで見学されるとまとめて切るぞ」

 ハッと我に返った守道はすぐにその場を離れる。足に力が入らず。まるでおじいさんのようにその場から離れ建物の影から先ほどの化物と少女を確認する。

 「人の食事の邪魔をしたんだ。お前も食べられても文句はないよな?」

 化物の問いに彼女は静かに答える。

 「安心しろ。死ねば腹は減らん」

 その言葉とともに化物の持つ斧が切れた。

 折れるのではなく・・・切れたのだ。

 「どういうことだ。何なんだあの鬼みたいな化物は。それに何で春日さんがあんな物騒な物振り回しているんだ」

 離れているせいか聞き取りづらいが二人のと、呼んでいいのかは分からないが会話が聞こえてくる。

 「お前だったのか。最近、仲間が減っているとは思っていたがこんな小娘にやられていたとは。聞いているぞお前たちのこと。俺たち鬼を狩る集団がいることを」

 「なら話が早いわね。さっさと切られてちょうだい」

 「そうはいくか。俺はまだ食べ足りない。もっともっと人を喰らいお前たちも喰らい。神鬼になるんだ・・・だからっ!」

 聞き耳を立てることに集中していたせいかそれとも彼女があの化物を倒してくれると気が緩んだからか目の前に躍り出た化物にまたもや驚かされ殺されかける。

 「お前だけでも喰ってやる!」

 死んだ・・・そう思った瞬間、化物の顔が二つにズレた。

 「ちくしょう・・・もう少しで悪鬼に・・・」

 黒い炎に包まれ化物が消失する。その場には残りカスすら残らない。まるで何もなかったかのように消えた。

 「ありがとう・・・春日さん・・・だよね?」

 小さく頷くのを見てホッと胸をなでおろしたときだった。

 「いたっ!」

 最初は何なのかわからなかったがすぐに彼女に強烈なヘッドバットをされたことに気がつく。

 強烈な一撃に目を白黒させていると

 「谷口くん自殺志願者?もうちょっとであいつに喰われてたよ」

 「どうなってるの一体これは、確か僕も春日さんもクラスメイトと花見をしてそのあと別れたはずじゃ・・・それにさっきのは何?」

 さっき切られて消えた化物、彼女の持つ刀、消えた人、それらの答え全てを目の前の少女は知っている。そう思った守道は質問を次々にぶつけていく。

 「答えてあげるのは構わないけれど場所、変えましょうか?そろそろ時間切れみたいだし」

 「時間切れ・・・?」

 「そう・・・あいつが作ったこの時間がもうすぐ消える」

 よくわからないそんな顔をしているとさっきまでしなかった声が聞こえてくる。右から子供の声、左から主婦の声、前からは散歩中の犬の鳴き声、さっきまでパタリと消えていた音、だけではない人、動物が目の前にいる。そして人々は何も無かったかのように日常を普段の夕方を過ごしている。

 「どうなってるんだこれ・・・」

 まるで狐につままれたようこんな言葉を使う時が来るとは守道自身思ってもみなかった。

 「こっち、来て」

 春日に誘われるままについて行く。案内されたのは一軒の古びたアパートだった。

 「ここは?」

 「私の家」

 それを聞いて思わず身構える。まさか怪物に襲われたらクラスメートの家に招待されたなどと志田にでも言おうものならそのまま彼の父の病院へ連れて行かれるだろう。

 「親御さんは?」

 正直に言うと無駄な質問だと思った。彼女からはそんな雰囲気が漂っていた。だがあえてベタな質問をぶつける。

 「私一人よ。親、いないから・・・」

 「そうなんだ・・・僕と一緒だね」

 「あなたには家族がいるじゃない・・・」

 「えっ?」

 「宮田先生、家族なんでしょ?」

 「あ・・・あぁ・・・家族だよ・・・大事な・・・」

 「入って」

 案内され中に入ると綺麗に整っているというよりはあまり物がない殺風景な部屋だった。

 「片付いてるね」

 「物が無いだけよ。それよりそっち座って」

 安易な言葉を見透かされたような気がしたが気にせず座る。目の前にはダンボールがいくつか積まれており引っ越してきたばかりだということが見て取れる。

 「コーヒーでいいかな?」

 「お構い無く」

 目の前に二つ、一つはマグカップ、一つは湯のみで出てくる。

 「来客用のカップが無くて、誰も家に誘うつもりも無かったし」

 マグカップを手に取り一口飲む。普段なら飲まないような濃い目のコーヒーだが正直、味がしない。

 「それで何から知りたい?」

 「まず君はいったい何者なんだ」

 「そこから来たか」

 コーヒーを一口飲んだ後、守道にとっては先程の光景を見ていなければ到底信じられないような話を始める。

 「まず私たちはゴッドリジェクターと呼ばれているわ。さっきあなたが見た化物を私たちは鬼と呼び彼らが人間に危害を加えないように監視する役目を負っているの」

 「鬼・・・なのに神の拒絶者なのは・・・?」

 「さぁ?私が入ったときはすでにその名だったし。元は神を狩る集団だったとか鬼の中にはそれに近い力を持った者もいるからとかどれが本当なのかはわからないけれど」

 「集団ってことは春日さん以外にも沢山いるってことだよね?」

 「春日、呼び捨てでいいよ。私も守道って呼ぶから。もちろんこの街にも何人かいるわ」

 いきなり女の子に下の名前で呼ばれ驚きと照れを感じたもののすぐに話しを元に戻す。

 「春日みたいなのが他にもこの街にまだいるのか・・・でさっきの奴の目的はいったいなんなんだ?君に切られたとき『もう少しで悪鬼に』とか言ってたけど」

 「基本的に鬼には三種類いて邪鬼、悪鬼、神鬼の順に賢く強くなっていく。殆どの鬼は邪鬼でそれも力も弱いし臆病だから人に危害を加えることは無いわ。ただ中にはさっきのみたいに人を喰らってより強力な鬼になろうとする者がいるの。さっきのは邪鬼っていう一番弱い鬼だけどほとんど悪鬼になりかけていたから何人かは喰っているでしょうね」

 「そんな・・・」

 「ただ鬼が堕ちる・・・鬼が強くなることを私たちは堕ちるって言ってるんだけど方法は色々あるから単純に人を喰らってばかりいたとは限らないけど」

 頭では話は理解出来ているつもりだ。簡単な話だ。彼女とその仲間が鬼と呼ばれる化物を退治している。そしてその化物は人を喰う。それでもまだ信じられないというより信じたくないという気持ちが守道の心を揺らす。

 「ちなみに鬼に喰われた人はどうなるの?」

 「当然、死ぬわ」

 冷たく放たれる『死』という言葉。テレビや雑誌などでよく目にする単語だ。だが今の自分にその言葉は近すぎる。

 「ほかに聞きたいことは?」

 「あの化物が出たとき周りに人が誰もいなくなったのは?それに時間切れって言ってたよね。すぐその後まるで何も無かったかのように人が戻って来たのはどういうことなんだい」

 「戻って来たのは周りじゃなくてあなた。あれは鬼が捕食をするときに作り出す空間。私たちは『神隠し』って呼んでる。鬼なのにって思ったでしょ?」

 「いや・・・それは・・・」

 「これももしかすると私たちの名前の由来に関係しているのかもね」

 少し笑みを浮かべる春日を見て動揺を落ち着かせる。彼女もこれを狙ったのかもしれないなと思いながら話を続ける。

 「その『神隠し』ってのはどうやって起こすのかな?」

 「あの空間を起こせるのは基本的にある程度の力のある鬼と私たちゴッドリジェクターだけね。中には我々に参加していない人たちが作り出すこともあるわ」

 「あの世界は君たちと鬼だけの空間ってことか・・・」

 「あとは餌のね・・・普段はただの人間には感知できないわ。あそこに入れるのは力に目覚めた者か食べられる対象。あとは意図的に私たちが連れてきたときぐらいね。最後のはまずありえないわ」

 聞きたいことはまだまだあった。だがこれだけは聞いておかなければ、本当は聞くべきでは無いのかもしれない。

 「何でここまで僕に話してくれるんだ?君みたいなのが何人もいるなら僕みたいに助けられた人だって何人もいるはずだ。なのにどうして誰も気が付かない。誰もあの鬼の存在を知らない」

 「言わなくてもわかってるでしょ。私たちは助けた後その人の記憶から鬼と私たちの記憶を消す術を持ってるの。元々、存在しない世界、存在しない私たちだから記憶から消すのはそれほど難しいことじゃない。もっともその術が作られる前は苦労したみたいね。あなたも昔話ぐらい読んだことあるでしょ?昔は全ての記憶を消そうとしてたみたいだけど少し前に私たちと鬼の存在の不安定さに注目した術士がいて私たちだけの存在を無かったことにすることに成功したのよ。ほんとどこの世界も技術の発展ってすごいわよね」

 「つまり僕も他の人と同じように全て忘れるってわけだ・・・残念だな・・・せっかく春日と仲良くなれたと思ったのに・・・」

 「さらっと恥ずかしいこと言ってくれるわね。ただ少し検討違いをしているわ・・・だってもう助けた人の記憶は消してあるもの」

 「どういうことだ。僕は君のこともあの鬼のことも覚えている。消されてなんかないぞ」

 「いいえ、消したわ。だってあの時、鬼に襲われていたのは・・・」

 そこで春日は一呼吸置く。僕も釣られて息を吸い込む。次に発せられる音が自分の運命を変えるとも知らず。

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